未来は不確定
オレンジの小さなライトだけが灯っている部屋の、そのベッドの中。結季ちゃんが、わたしのことをじっと見ている。
眠りとは縁遠そうな両目は、きっとわたしが寝付くまで閉じられないんだろう。なんて、そんな風に思った。
わたしも眠気を忘れて結季ちゃんを見つめ返す。
結季ちゃんの視線は、熱くて、それでいて湿っているみたいな感じだった。わたしのことを考えているっぽいことはわかるけど、それ以上に心配とか不安とか余計なものが混じっている。
好きって、どうして簡単におかしくなっちゃうんだろう。わたしもそうなんだけど。もっと言えば迷惑掛けてる数はわたしの方が多いし。気持ちに振り回されっぱなしだなあ。なんて。
「寝ないの?」
いやいやいや。
「そんなに見られてたら無理だって」
色んな意味でリラックスとは程遠い。至近距離で見つめ合っていることも、結季ちゃんの様子がおかしいことも。
こんな状況でまったりと睡眠をとれるほど、さすがのわたしも鈍くない。
「結季ちゃんこそなんでわたしのこと見てるの? いつもは小さい明かりなんて付けないじゃん」
「麻依の顔を見ていたかったの。それじゃだめ?」
「だめではない、けど」
結季ちゃんの言葉の陰に後ろ向きな理由が見え隠れしていて、素直に受け入れられない。
「けど?」
「怖がらなくったって、わたしはずっと結季ちゃんの隣にいるよ?」
布団の中から微かにジャラっと固い音がして、わたしの左手首に生温い感じがした。体温で暖まった手錠の感覚だ。
邪魔、って断言できない自分が憎い。
布団の中で、結季ちゃんに両手を掴まれる。
「本当に、ずっと?」
そう言われちゃったら、もう次の言葉が出てこない。どんなに考えたって、やっぱり未来を確定させる手段なんか見つからない。
「……信じてよ」
できるのは手を握り返してこう言うぐらい。
結季ちゃんのことを信じ切れずに不安になっちゃうようなわたしがこんなことを言うのもおかしいんだけど。
「信じてるわ。ええ、信じてるの」
結季ちゃんは自分に言い聞かせるみたいに、繰り返して。
「けれど……ごめんなさい」
結季ちゃんは目を逸らして、より強くわたしの手を握る。正反対みたいな行動に、今の結季ちゃんの思いが表れているような気がした。
自分がおかしいのはわかってるんだけど、そのおかしさを捨てきれない。正しさとおかしさに板挟みにされて、押し潰されるみたいに苦しくなっているんだと思う。
そういうこと、わたしもよくあるし。
わたしがこうなったとき、結季ちゃんはいつもどう接してくれてたっけ。前にわたしが不安になっちゃったときは、確か──。
「結季ちゃん、なんでそんなに不安になってるの? わたしに全部教えて欲しいな」
「全部?」
「うん。前に約束したでしょ。不安になった時は相談するって」
バレンタインが終わって、少し後。結季ちゃんは不安でおかしくなったわたしを落ち着かせるためにそう言ってくれた。
「……そうだったわね」
ちょっと間を開けてそう返ってくる。
「もしかして自分が言ったこと忘れてた?」
「麻依がいなくなる想像で頭がいっぱいで……ごめんなさい」
「いいよ。その話は後でしよっか」
約束を忘れられてたのは悲しいけど。
「とりあえず、どうして不安になっちゃったの?」
結季ちゃんは懺悔するみたいに目線を下に落とした。
「麻依が私の傍から離れていく気がしたの」
無意識に言い返しそうになったのに気付いて、口を閉じる。そんなことあり得ないけど、わたしも結季ちゃんがいなくなる夢はよく見ちゃうし、不安にもなるし。お互い様だもん。
「麻依は最初、どうして私のことを好きになったの?」
「結季ちゃんが助けてくれたから、かな」
今はそれ以外にも好きなところはたくさんあるけど。
「ええ、そうね。けれど、今はどう? 私が守る必要があるのかしら」
「あるよ。この前も結季ちゃんがわたしを守ってくれたじゃん」
「あれは私と麻依でいたから。私がいなかったら変な関わり方されることもないはずよ」
「そんなこと言わないでよ……結季ちゃんがいない想像なんてしたくない」
「とにかく、守る必要がなくなって、私が必要でなくなって。将来的に、麻依がひとり立ちしてしまうんじゃないかって思ってしまうの」
ふと、周りからの攻撃を受け止めきって疲れ果てた結季ちゃんのことを思いだした。結季ちゃん、だからあんなに無理して守ってくれてたんだ。だけど、それは。
「それは違うよ。わたしは結季ちゃんに守って欲しいんじゃなくて、結季ちゃんが欲しいの」
わたしは結季ちゃんが好き。おかしくなるぐらいに、結季ちゃんの全部が好き。
「結季ちゃんがいると嬉しいし、結季ちゃんがいないと苦しくなる。どんな時にもわたしの頭の中心には結季ちゃんがいて、結季ちゃんのことだけで頭がいっぱいで、だから守るとか守らないとか関係ない。結季ちゃんはわたしの全部だから」
「麻依……」
本当はもっと言いたいことあるんだけど、それを言い出したらいつまでたっても本題に辿り着かないから仕方なくここでやめておく。
「だからね結季ちゃん、やっぱり手錠外そ?」
「どうして?」
「将来的にどうなるか不安ってことは、今この瞬間は不安じゃないんでしょ」
結季ちゃんが言っていたのは、あくまで未来の話で、今のわたしの気持ちはちゃんと伝わっている。
「わたしは結季ちゃんが好きだから一緒にいるのに、手錠があったら無理矢理一緒にいさせられてるみたいじゃん」
やっぱり、手錠の感覚は嫌い。自分の気持ちを疑われているような気がするし。
わたしが不安になってたときの結季ちゃんもおんなじこと思ってたりしたのかな。もう結季ちゃんに迷惑掛けないようにしなきゃなあ。
「その代わり、もし万が一、わたしの気持ちが離れたって思ったら、その時に手錠着けてよ」
そんな日、絶対に来ないと思うけど。
「わたしのほうも結季ちゃんが浮気とかしたら手錠繋いで部屋に閉じ込めるから」
それだけで満足するかといったら、ちょっとしない気がした。そのときにならないとわからないし、きっとそのときは来ないんだろうけど。
「ね、それでいいでしょ?」
「ええ、わかった。そうするわ」
結季ちゃんの表情が心なしか柔らかくなった。
「麻依に迷惑かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「わたしはいつまでもずっと結季ちゃんのところにいるからね。絶対だよ」
……守ってくれるから結季ちゃんが好きなわけじゃないの、本当にわかってくれたのかな。
表情の変化が心なしか程度なのがちょっと怖い。
こういうところ不安になっちゃうのはあんまりよくないんだろうけど……。結季ちゃんの可愛いところとか好きなところとかちゃんと伝えておこう。
今からだと……多分寝る時間が無くなっちゃうから、明日かな。
とりあえず部屋の電気を付けて、さっさと手錠を外す。
うん。やっぱり手錠なんてなくていいよ。
手錠着けてから一回も鎖が張ったことなんてなかったし。それに、手を繫いでた方が手錠と同じ効果で何千倍も幸せだもん。
手錠を押し入れにしまって、結季ちゃんが言った。
「もう一度この手錠を使う日は来るのかしら」
「来ないんじゃないかな。少なくとも、今日と同じ使い方をする日は」




