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ダブル盗聴 その2

「もう少し話していたいけれど、そろそろ寝ないと……」


『……そうだね。それじゃあ、おやすみ、結季ちゃん』


「ええ、おやすみ」


 それから、まだ話を続けていたい気持ちをどうにか抑え込んで、通話を切った。


 そうして、寝る前の電話はいつも通り終わってしまった。


 二週間前までは、麻依と離ればなれになってしまった寂しさで枕を濡らしていたのだけど、今は違う。


 麻依のスマホにこっそりとインストールした盗聴のアプリのおかげで、今は麻依の生活音を聞いて安心して眠れるようになった。


 代わりに少しだけ夜更かしするようになったけれど、成果と比べたらほんの些細なこと。


 早速アプリを素早く操作して盗聴機能をオンにする。


 盗聴を始めて最初の三日間は、物音が聞こえた途端体中を高揚感が駆けめぐるようだった。


 けれど今ではその高揚感は鳴りを潜め、いつも麻依に感じている安心感と少しの物足りなさだけが私の中に浮き出ている。


 いつも麻依と一緒に行動していて、離れたとしてもさっきみたいに電話しているから、私が盗聴を活かせる環境に居ないこともこの物足りなさの一因かも知れない。


 微かで、しかも時々にしか聞こえてこない音を待つだけじゃなく、さっきの電話のように話しながら。

 欲張るのならいつものように一緒に横になって、向かい合うようにして眠りたい。


 盗聴に慣れてきたせいもあって次第にそんなことを思うようになった。


 とは言っても通話しながらだと、朝までお互いに話し続けて結局眠れなかったのだけど。

 少し前に一度やってみたことがある。


 魅力的な考えではあるだけに、そこが少し勿体ない。


 ずっと起きていられたらよかったのに。

 というより、今日も麻依と寝られたら良かったのに……。麻依がすぐ傍に居てくれるなら、むしろ安心してすんなり眠れるし。


 なんてことを考えていると。


『……あれ~?』

 と、突然スマホから素っ頓狂な声が放たれた。


 声の主はもちろん麻依だ。


 何が『あれ~?』なのかとても気になるけれど、音声が一方通行で届くだけの盗聴では推測することすら難しい。 


 盗聴で知るのも少しおかしな話なのだけど、電話の便利さというものを改めて感じている。

 



 それから五分程度経った頃、ぼふぼふと布団を叩いたような音が聞こえてきた。


 またいきなりで、それに予想外な音だったから、少したじろぐ。


 ……やっぱり、今日の麻依は様子がおかしい。


 今日、麻依は私の家に居たけれどそのときだって、ずっと何かを気にして落ち着かない、例えるのならクリスマスプレゼントを待ちわびた小学生みたいな様子をしていた。


 そして特におかしかったのが、私が飲み物を持って麻依の待つ居間に戻った時。


 私が戸を開けると、麻依がソファーにちょこんと座っていた。『ちょっと世界救ってきましたー』なんて言われても信じられる位の、とても満足げな表情で。


 さすがに気味が悪かったから、麻依にどうしたのか聞いてみたのだけど、「なんのこと?」と繰り返すばかり。仕舞い忘れていたにやけ顔も指摘したけれど、それでも最後まで教えてくれなかった。


 反応からして、何かしら嬉しいことがあった

のは間違いない。けれど、ただ嬉しいことがあっただけなら、私に隠す必要は無い。


 ああまで意固地に拒まれてしまうと、余計な勘ぐりをしてしまう。私以外に頼れる人が出来たとか、私以外に友達ができたとか、私以外のやつに話しかけられたとか……ああ、考えるだけで吐き気がしてきた。


 麻依には私さえいればそれで充分なのに。


『はぁ……』


 いきなり飛び込んできたその溜め息に、意味が無いと分かっているのに、おもわずスマートフォンの方へと身を乗り出してしまう。


 私も溜め息を吐きたいような心境だったけれど、それとこれとではまるで訳が違う。


 麻依がその溜め息の理由をこぼしてくれることを期待して、スマートフォンから聞こえてくる音に意識を傾ける。


 息を殺して、音をたてないよう身動ぎ一つしないで。


 そうしてしばらく待ったけれど、衣擦れの音が聞こえるばかりで、麻依の口から溜め息の理由がこぼれ落ちることはなかった。


 ……聞こうとした私がいうのもなんだけれど、何もないところに向かって理由を話している麻依を想像したら絵面がかなりホラーだった。


 満面の笑みを浮かべながらちょこんとソファーに座っていたのは、ちょっとホラー風味ではあったけれど。


 まあそれはそれとして、嬉しそうにしていた理由と、今の溜め息の理由が気になって仕方が無い。


 けれど、麻依が一人で理由を語り始める様子もないし、想像するにしても情報が全くない。


 つまるところ手詰まりだった。


 電話掛けようかな。麻依はまだ起きているみたいだから。


 そう思ってスマートフォンを覗くと、液晶には二時三十三分と浮かんでいる。

 もうそんな時間かと意識し始めた途端に今まで忘れていた眠気が襲いかかってきた。


 電話を掛けるのはやめて、明日会って直接聞くことにしよう。

 そう決めると、私の口から小さく欠伸が漏れた。


『……かわいい』


 それが心の底から絞り出した言葉に思えて、再び心が揺れ動く。


 かわいいって何が? 動物の画像でも見ているの? そうなのだとしたら全然構わない。

 けれど、もし見ているものが私以外の人だったら……。


 返事が帰ってくることは無いと分かっているのに、それでも聞かずにはいられなかった。


「……何が?」


『何って、今のあくびが──えっ?』


「……えっ?」


 ……帰ってきた。返事が。


 思いがけないそれに、心と思考が硬直する。


『……もしかして、結季ちゃんも盗聴してる?』


「……はい」


 えっ? 今『も』って言った?


「結季ちゃんも、ってことは麻依も?」


『うん、聞いてたよ』


 麻依が私を盗聴していたなんて。それも変なところで真面目な麻依が。


 けれどそれは、麻依が私のことを心から必要としてくれている、ということに他ならない。


 麻依の様子がおかしかったのも、きっとこれが原因。……私が盗聴を始めたばかりの時も大分浮かれていたし。


 それにしても、杞憂に駆られて一人相撲していたなんて、ほんと馬鹿みたい。何があったとしても麻依が私から離れていく、なんてそんなことあるはずが無いのに。


 麻依の言葉でここ一時間ずっと動きっぱなしだった心が、ようやく元の場所に落ち着いた。


「お互いに盗聴し合ってたなんて、なにかのコントみたいね」


『誰にも見せないけどね』


「当たり前でしょ?」


 コントなんて他人に見せる前提のもので例えてしまったけれど、麻依さえ居てくれたら他には何もいらない。

 観客が居なくたって、スタッフが居なくたって。麻依が居てくれるなら、それだけで。


『ねえ……折角だから、しばらくこのままで話してようよ』

 

「ええ、もちろん」


 麻依はしばらくなんて言ったけれど、多分朝になってもそのまま話し続けているのだろう。


 そう思うと、ただ盗聴していたときなんかとは比べものにならないほどの高揚感が、私の体を駆けめぐるようだった。

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