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未来に向けての自制

「結季ちゃん、やっと終わったね。長かったあ」


 ホームルームが終わって、ガヤガヤとうるさくなり始めた教室。わたしの席まで来てくれた結季ちゃんにそう話し掛ける。


 土曜日、日曜日、そこから二日間休んだから、今日は実に四日振りの学校だ。

 そのせいで授業中、体がいつにも増してだる重かった。微熱とか頭が回っていないような感じは完全に無くなってるはずなんだけど。


 そうなるのも当然と言えば当然なのかな。

 だって小さな夏休みを過ごしていたようなものだし。


「本当にそうね」


 相槌を打ちながら、両手を掲げて伸びをする結季ちゃん。いつもはそんなことしないから、結季ちゃんのほうも久し振りの授業で疲れているみたいだった。


 久し振りだとどうしても色んな感覚が狂ってしまう。授業に身が入らなかったり、朝学校に行きたくなくなったり。

 ……そうならないためにも、体調には気を遣わなきゃ。『いつも平気だから大丈夫』は何か起こる前振りでしかないし。というか、今回がそれだったから反省しないと。


 元から人の多い場所に行く心理的なハードルが高めなのに、それをさらに高めてしまうと、跳び越えること自体が難しくなってしまう。

 行きたくないなあ、って今朝二人でブルーになっちゃってたし。


 ……二度寝しようとした結季ちゃんを起こすの、大変だったなあ。主にわたし自身の休みたい気持ちに対抗するのが。


「それで、帰りにどこか寄っていったりする? 昨日は動きたそうにしていたけれど」


「……どうしよう」


 動きたい気持ちは昨日と同じで有り余っているんだけど、人が大勢いるようなところにはちょっと行きたくない。この教室だけでもう十分味わったし。


 人が少ないところだとカフェとか……うーん、いいんだけど、室内で落ち着くような空間だから、全体的に望んでるものとは正反対な感じ。それだったら、ほとんど何もないけど公園がいいかな。喋ってるだけでも開放感あるだろうし。


 問題は結季ちゃんが寒くないかだけど、マフラーもあるし、結季ちゃん厚着してるし、最近暖かくなってきたし、多分だけど大丈夫なはず。


「ちょっと公園に行きたいかな」


「いつものとこよね? わかったわ」


「もし寒かったら言ってね。すぐに帰るから」


「そんなに気を遣わなくていいのに」


 結季ちゃんは普通の笑顔と苦笑いの中間みたいな、何とも言えない微妙な笑顔を浮かべた。


 過保護なのは結季ちゃんもだったでしょ。って言い返したくなる。……まあ、病気に罹ってるか罹ってないかが違ってるんだけど。


 とはいえ、体を冷やしたら風邪を引きやすくなる、っていうのは当たり前のことだし、気遣うのも当然なような……?


 考えてみるけど……わかんない。甘やかしたり甘やかされたりし過ぎて、普通がどのラインにあるのか若干見失ってきた。

 それでもいっか。普通がわかってても守るつもりはサラサラないんだし。


「それでも言って? 結季ちゃんまで風邪を引いちゃったら大変でしょ?」


「ありがとう麻依。耐えられなくなったら言うわ」


「うん。そうして欲しいな」


 鞄を持って教室を出て、そして玄関で靴を履いてから、いつもの二人用マフラーを巻く。

 結季ちゃんの誕生日に贈ってからずっと使い続けているけど、やっぱりいいなあ。


 自然に結季ちゃんと密着できるし、暖かい。この暖かさはわたしと結季ちゃんの体温が混ざり合ってできている、ということを意識すると、心の芯の方までじんわりと暖まれた。


 強いて難点を挙げるとするなら……春になると使いづらくなることかな。

 春の陽気の下でずっと使い続けていたら、一足早く熱中症で倒れてしまうことになるだろうし。それはさすがに勘弁したい。


 だから、まだ寒い今のうちにとことん使っておかなきゃ。


「巻けたよ、結季ちゃん」


「いつもありがとう。それじゃ、行きましょうか」


 まばらにいる帰り際の人たちをすり抜けて、校門から抜け出す。歩く度に当たる冷たい風が、いつにも増して気持ちいい。朝もそうだったけど、たった二日ぶりなのになんだか新鮮な感じがする。


 一ヶ月ぶりとかになったらどうなっちゃうんだろう。気になるような気にならないような。


 結季ちゃんと昨日観た映画の話をしながら、人通りの多い道から少ない道に、そこからさらに少ない道へと進んでいって。


「到着!」


「本当に誰もいないわね、ここ」


 木の葉が掠れる音の他にはわたしたちの音だけしか聞こえてこない、三角形の敷地の小さな公園。取り囲むように配置されている植え込みの荒れ具合で、整備すらあまりされていないことが分かる。


 ……もっと作るべき場所があったんじゃないだろうか、と思えてしょうが無い。


 まあここに作られてなかったら、それはそれでわたしたちが困るんだけど。

 二人で時間を潰したり、クリスマスに指輪を着け合ったり、わたしたちとしては大分助かっているし。


 使われたことがあるのかすら怪しい滑り台と砂場を通り抜けて、ベンチに座る。


「やっぱり外はいいね、結季ちゃん」


 空気が軽くて、爽やかで。それにマフラーだって着けられるし。


 結季ちゃんと家に引き籠もってるのも好きなんけど、たまにはこうやって外に出るのもいいよね。

 もちろんわたしたち以外に誰もいない、っていう前提の上での話なんだけど。


 うーん。インドア派なのかアウトドア派なのか、わたしはどっちなんだろう。

 考えてみて、結季ちゃんさえいればどこでもいいなあ、ということに気付いた。結季ちゃんのいるところがわたしのテリトリーだ。


「そうね……。二日間ずっとベッドの上にいたから、余計に」


「うん、自由って感じがするよ」


 寝込んでいたわたしだってそんな風に感じるんだから、結季ちゃんはもっと清々しい感じなんじゃないかな。結季ちゃんは元気なのに、ずっと添い寝し続けてくれてたし。

 ……元気なのにずっとベッドの上にいるって、かなりつらいと思うんだけど。土曜日か日曜日にしっかりとしたお礼をさせてもらおう。


 お礼は何がいいかな。わたしに任せっきりにしてもらうのは、お正月にやったし。

 どんなことをしようか迷っていると、結季ちゃんが不意に、手元を見ながら。


「……クリスマスからそろそろ二ヶ月よね」


 そっか、もうそんな前になるんだ。まだ一ヶ月前ぐらいの気でいたんだけど。


「確かに、そうなるね」


 結季ちゃんに続いて、わたしも左手の薬指を見る。そこにあるのは、クリスマスに二人で買った、ピンクゴールドとシルバーの、ツートンカラーのペアリング。


 二ヶ月も経ったのに、二色の輝きには全く見飽きそうにない。

 違う二つの金属が固くくっ付いているのを見ると、わたしたちももう離れられないんだなあ、ってなんだか変な気分になってくる。


 悪い気分なんかじゃない。ただ、熱があるときみたいに頭がふわふわして、結季ちゃんのことしか考えられなくなって、結季ちゃんに抱き付きたくなってくるような……。


 自分の気持ちに逆らわないで、素直に結季ちゃんに抱き付く。


「どうしたの、急に」


「結季ちゃん、大好き」


 本当にどうしてなんだろう。朝起きてすぐでも、学校でも、寝る前でも。指輪を見るだけでこれだけしか考えられなくなっちゃう。

 指輪に保存されているクリスマスの高揚感を、そのままインストールしているみたいだった。


「私も。麻依のことが大好き」


 結季ちゃんも腕を伸ばしてきてくれた。腕ががわたしの背中に回された後、結季ちゃんのほうにぎゅっと引き寄せられる。


 あったかい。あったかすぎて、溶けて物理的にくっ付いてしまうんじゃないだろうか。


 体のほうはそんな比喩止まりだけど、心の方は本当にくっ付いてしまっている。

 腕を放すなんて考えたくないし、何時間でも何日でも抱き合っていたい。


 ……でも、現実はそうはいかない。もう夕方だから、どう頑張ったってすぐに日は沈むし、寒くもなってくる。

 寒い外に居続けたら風邪をひくことになるだろうけど、だからといって家に帰ってから抱き合うのは、なんだか違う。


「結季ちゃん、暖かくなってきたらお花見とかピクニックやろうよ。この続きもその時にしよう?」


 少し考えて、そう言うことにした。名残惜しいけど、今の内に離れないと本当に離れられなくなっちゃう。


「……そうね、わかった」


 なんだか不服そうな感じではあったけど、結季ちゃんもわたしから腕を離す。


「これなら今してもいいでしょ?」


 そしてすぐに、体をわたしのほうに傾けてきた。ドミノ倒しにならないように、わたしも結季ちゃんのほうに傾いて『人』の時みたいな形で落ち着く。


「これだったら、うん、大丈夫なはず」


 離れられなくなることも無さそうだし、抱き付いたときよりは感じにくいけど、良い感じに暖かいし。


 今日のところはそれ以上をすることも、それ以下になることもない。

 控え目に、誰も来ない公園で肩を寄せ合うだけに留めておくことにした。

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