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久しぶりの孤独

「頑張ってくるね。結季ちゃん」


 麻依は寂しそうに笑うと、そう言って手を小さく振ってくれた。


「ええ、待ってるわ」


 手を振り返して答える。


 テスト返しの時の麻依はかなり落ち込んでいたけれど、補習までに何とか気を立て直すことができたみたい。

 乗り気とまではいかないけれど、あの日のミスを引き摺る様子も無く教室に戻っていった。


 それで、麻依が居ない間の時間を潰す場所だけど、いつも昼食をとっている空き教室にした。


 暇を潰す場所を考えると、真っ先に図書室や外のベンチが思い浮かぶけれど、図書室は受験生でごった返しているし、一月に校庭のベンチを使うのは自殺行為。

 空き教室なら静かで、室外よりは温かい。


 麻依が教室の壁に隠れてしまうまで見届けてから、私は一人、暇を潰しに向かう。


 一人で行動するなんていつ振りだろう。

 麻依と出会ってからはずっと行動を共にしていたし、数少ない例外の時も麻依とは連絡を取り続けていたから、どうにも落ち着かない。

 それに、麻依が隣に居ないせいか、いつもより寒さが身に染みて感じる。


 誕生日に貰ったあの赤いマフラーを、麻依が『わたしの身代わり』なんて言って巻いてくれたけれど、麻依が抜けた隙間を埋めるには遠く及ばなかったみたい。


 そんなことを考えながら、階段を上って、空き教室に入る。


「この時間に来るのは初めて──」


 麻依は居ないのだった。

 言いかけて、口をつぐむ。


 離れてから、恐らく一分すら掛かっていない間に。……それも麻依が隣に居ないことを実感していたその上で、麻依に話し掛けようとしてしまうなんて。

 麻依が隣に居るのが日常で、何かある度に麻依に話し掛けるのが癖になってしまっているから、少しぐらい仕方ない。とは思うけれど。


 ……こんな調子で一時間耐えきれるのかしら。

 既に色々だめになってしまっているような。


 とりあえず空き教室に入り、ほこりっぽい床を手ではたいて、壁に背もたれにして座る。


 それから暇を潰すために……。


 ………何をすればいいの? 一人の時に何をして時間を潰していたのか、全く思い出せない。


 とりあえずスマホを取り出してみる。

 ゲームは何もインストールされていない。麻依が居るのに一人でゲーム、なんてことできる訳が無いし。インストールしてあるのは、確かネット通販のアプリぐらい。


 その場合ネットサーフィンとかで時間を潰すのだろうけれど……麻依が居ないとつまらないし、左上に表示される時刻に気をとられて集中すらできそうにない。


 スマホで暇を潰すのは無理そう。となると他の暇つぶしを考える必要があるのだけど……麻依と一緒に過ごしすぎたせいかスマホと読書以外の方法は思い浮かばない。そして、本は持ってきていない。


 ……どうしよう。


 本意では無かったとはいえ『高々一時間程度』なんて口走ってしまったけれど、全然程度じゃなかった。

 私が思っていた一時間の辛さと、今体験している一分の辛さがイコールで結ばれている。

 ……単純に考えて六十倍の辛さ。


 補習が終わるまで、残り五十八分。

 終わりが全く見えない。麻依が居るときの一時間なんて、あっという間に過ぎていくのに。


 そういえば、麻依は大丈夫なのかしら。

 と思ったけれど、麻依の方はテストがあるから、普段の授業とあまり変わっていなさそう。

 こんなことになるのなら、私も悪い点を取って麻依と一緒に補習を受けたかった。


 いくら考えても時間が戻るわけも無いし、勢い良く時間が進み始めることも無ければ、隣に麻依が現れることも無い。

 けれど今できることは、考えることのみ。


 向かいのカーテンを眺めながら、ぼーっと、思うままに考えをめぐらせる。


 そういえばもうすぐバレンタインだけど、今年はどんなチョコにしよう。麻依と相談しないと。


 あと二ヶ月で麻依の誕生日だから、プレゼントもそろそろ作り始めておこう。


 その麻依はいつ帰ってくるのだろう。


 補習はいつ終わるのだろう。


 いつこの時間が終わるの……?


 ……最初の二つ以降、余計に辛くなる考えしか浮かばなくなった。


 それで、時間は何分進んだのだろう。

 そう思ってスマホを確認してみると、二分しか経っていない。


 実際のところあまり考えられていないのだから当然と言えば当然ではあるのだけど、どうして、と言いたくなる。


 後五十六分も耐えて居られる気がしない。


 麻依と出会う前はこんなことにならなかったはずだから、極端な幸せに浸りすぎると抜け出せなくなってしまうと言うことなのだろうか。

 辛くて、寒くて、心細くて。今にも麻依が居る教室に駆け出したくなってしまう。


 麻依に迷惑が掛かってしまうから、そんなことはやれないのだけど。心を無にして、ここでどうにか耐えるしか道は無い。




 ……時間を確認すると、残り四十分。

 まだ折り返しにも満たないけれど、正直なところもう限界だった。


 何もやれることは無いし、考えられることは『麻依はいつ戻ってくるのだろう』と言うことだけ。時間が経てば経つほど、加速度的に心がひび割れていくようだった。

 あと少ししたら砕けてしまいそう。


 抱き締めやすい小さな体に、暖かな体温、優しい声、包んでくれるような柔らかな匂い。その全て──つまりは麻依を、心が早急に求めている。


 麻依と私は一心同体で、離れることなんてできない。麻依はいつも私の隣に……居てくれて。そう。


 いつも……私の……隣に。


「もしかして、居るの? 麻依」


『ここに居るよ。結季ちゃん』


 姿は見えないけれど、声がハッキリと聞こえた。やっぱり! そうよ、麻依はずっと隣に居てくれるんだから。


「よかった。私一人なのかと思ってたわ」


『結季ちゃんを一人にするわけないでしょ?』


「ええ、そうよね」


 麻依が居てくれるのなら四十分なんて一瞬。

 むしろ物足りないぐらいかも知れなかった。




「バレンタインのチョコ、今年はどうしようかしら」


『トリュフとかいいんじゃない? 意外と簡単に作れるらしいよ』


「それいいわね」


 話している内に四十分は経ったと思う。やっぱり二人なら簡単に時間を潰すことができる……どうして待たなければならなかったのかしら。


 思い出そうとしていると、空き教室のドアが勢い良く開け放たれた。入ってきたのはもちろん……麻依?


「結季ちゃん終わったよ!」


「麻依が二人……?」


「えっ何言ってるの。結季ちゃん大丈夫?」


 怪訝な顔をする麻依を見て、思い出す。

 麻依は補習に行っていて、私は一人待つことにしたのだった。ということは、さっきまで聞こえていたのはもしかしなくても幻聴。あり得ない、と言いたいけれど、事実何かと会話していたし。

 流石に大丈夫とは答えられそうになかった。


 ……待って。目の前にいる麻依も幻かも。

 幻聴を聞いていたのだから、幻覚を見てもおかしくは無い。


 立ち上がって、目の前の麻依に抱き付く。


「……本当に大丈夫?」


 ちゃんと触れた。暖かいし、匂いもする。

 紛れもなく、本物の麻依。

 孤独でひび割れた心がゆっくりと治っていく。


「どうしよう。とりあえず保健室に……」


「いいえ。行かなくていいわ。その代わり一日麻依を好きにさせて? 一時間も私を一人にしたのだからいいでしょ」


「うん、全然いいよ。一人にしちゃって本当にごめんね」


「次からはしっかりすること」


「分かってる」


 聞きたい返事も聞けたから、抱き付くのをやめて、マフラーを一度解く。それから麻依も入るようにマフラーを結び直して。


「帰りましょうか」


 麻依が頷いたのを見て、歩き出す。


 暖かいし、心地良いし、空き教室に来たときは大違い。


 二度と長時間一人になることがありませんように。空き教室を見返しながら、そう願った。

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