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ダブル盗聴 その1

『もう少し話していたいけれど、そろそろ寝ないと……』


「……そうだね。それじゃおやすみ、結季ちゃん」


『ええ、おやすみ。麻依』


 結季ちゃんがそう言った後、一拍置いて電話が切れた。


 寝る前の電話を九時から始めて、本当は十二時に終わるつもりだったけど、もうちょっと、もうちょっとって何回も終わりを引き延ばして、結局二時まで話していた。

 ……はずなんだけど、それでもまだ物足りないし、いつも隣に居るはずの結季ちゃんが居ないから落ち着かない。


 毎日泊まるって訳にも行かないし、週に五回は泊まるか泊めるかしてるんだから、ちょっとは我慢するべきなんだろうけど。


 ……今日も一緒に寝たかったなあ。


 そんな風にいつもなら、そばに居てくれるはずの結季ちゃんが居ない寂しさで、胸を一杯にしながら眠るところなんだけど、今日は違う。


 今日結季ちゃんの家に行ったときに、結季ちゃんのスマホに盗聴アプリを仕込んでおいたのだ!


 これで、一晩中結季ちゃんを傍に感じていられる……!


 よし、さっそく……。と、逸る気持ちをそのままに、スマホに勢いよく手を伸ばして盗聴機能をオンにする。

 どんな音も聞き逃さないように、イヤホンも付けて万全の態勢だ。


 さあ、ばっちこい! 


「……あれ?」


 と、身構えたけど……おかしい。何も聞こえてこない。


 イヤホンの接続が不安定なのかな。と、接続を確認してみる……けど大丈夫そう。


 じゃあなんで……? 


 ……あそっか、寝てるんだから静かで当たり前なのか。

 盗聴すれば結季ちゃんの声を聞けるんだって、勝手に思い込んじゃってた。


 だって、ドラマとかだと人の話を盗み聞いてるシーンしか無かったし……。

 なんて、言い訳したところで結季ちゃんの声が聞こえてくるわけでもないんだけど。


 どうしようかな……。


 ……しょうがない、何か聞こえるまで待とう。結季ちゃんの寝息ぐらいは聞こえるだろうし、もしかしたら寝言も聞けるかも知れないし。




 それから五分経って、ざっ、と布の擦れる音が聞こえてきた。


 わたしは動いてないから……あっ、イヤホン付けてるからわたしが動いても布の擦れる音は聞こえないか。

 ……ということは! この音は結季ちゃんが出してるんだ!


 それだけで、高揚感で胸がはち切れそうになって、夜の二時だというのに無性にはしゃぎたくなってしまう。

 が、流石にこの時間に騒ぐのはまずいので、少しだけ残っていた理性で高揚感をぐっと抑え込んで、足をばたつかせるだけに留める。


 どうにか高揚感を抑えきると、次に好奇心が湧いてきた。


 音だけだと、そこに居ることは分かっても、何をしているのかが全然分からない。

 つまり、結季ちゃんが今何をしているのか、それが知りたくなったのだ。


 一人で居ると中々寝付けないって言ってたし、まだ布団で横になってるだけかな? 


 なんて、とりあえず好奇心の赴くままに推理してみたけど、推理はどこまで行ってもただの推理止まり。

 ハッキリとした答えを出せなくて、それが少しもどかしい。


 電話だったら、今なにしてるの、ってすぐに聞けるんだけど……今聞いても虚空に向かって喋りかけているやばい人になるだけだ。


 ……あれ? 盗聴をしてる時点で、もう十分やばい人なのでは……?


 結季ちゃんのことしか考えてなかったけど、そういえば、盗聴って……犯罪……。


 今まで目を背けてきた現実がいきなりのしかかって、おのずと頭が垂れ下がってしまう。

 そもそも、なんで盗聴しようと思ったんだっけ……。


 最初はただ、一緒に寝られないときも、結季ちゃんをずっと傍に感じていたい。なんてことを考えていただけだったはず。

 それから、そのために何をすれば良いのか考えていたら、思考が過激な方へどんどん傾いていって。


 それで、最終的に行き着いた答えが盗聴だったっていう……。


 ……最初の目標は達成してるし、べつに後悔もしてないんだけど。

 どうして盗聴にしちゃったかなぁ……。穏便に済ませられる手段も多分あるのに。


「はぁ……」と、盛大に溜め息をついた直後。

 再び、ざっ、と布の擦れる音が聞こえた。


 ほんの微かで、ただ布が擦れただけの音に、のしかかっていた筈の現実は軽く吹き飛んで、高揚感が再びわたしの体を駆け巡る。


 その高揚感の赴くまま、俯いていた顔を出来る限りの速さで持ち上げて自分のスマホを視界に捉え。そして。


 ……べつにスマホ見る必要なくない?


 冷静さを少しだけ取り戻して、わたしはそう思ったのだった。


 盗聴してるだけだから、スマホの画面は当然変わらないし、イヤホン使ってるから聞こえ方も変わらない。


 ……そして、無理に動かした首が痛くなってきた。


 今の一連の流れ、意味がないどころか、首が痛いから合計したらマイナスだこれ。 


 何やってるんだろう、わたし。


 盗聴してしまった理由が、なんとなくだけど分かった気がする。

 結季ちゃんのこととなると、好奇心旺盛な犬みたいに、何かある度飛びつかずには居られなくなってしまうからだ。


 恋は盲目ってこういうことを言うんだろうな~。なんて。


 いつもだったらもう少しまとも……いや、今は四六時中結季ちゃんのこと考えてるからこれがいつもなのか。

 なら、結季ちゃんと出会う前だったら……。


 ……そんなこと考える必要ないか。結季ちゃんが居ない時のことを思い出す意味なんてないし。


 ただ、これ以上罪を重ねないようにだけは気を付けないと……。


 やることがエスカレートした結果捕まって、刑務所に入れられて、結季ちゃんとたまにしか会えない、なんてことにはなりたくない。

 普通に生きてれば刑務所に入れられるなんて

ことまず起きないんだけど……もう盗聴しちゃってるから……自分に信頼が全くおけない。


 わたしのことながら、欲望にもう少し健全さがあって欲しかった。

 もしそうだったら、頭の中を空っぽにして、結季ちゃんのことだけを考えて生きていても問題なかったのに。


 考えるだけじゃ何も変わらないから、わたしの不健全な欲望を少しでも律するために、こんど平静を保つ練習でもしとこうかな。


 結季ちゃんもわたしと似たようなところあるから、二人揃ってやらかしましたー。なんてことになりかねないし。




 なんてことを考えている内に、時刻は二時半を少し回っていた。


 そろそろ結季ちゃんも寝付けたかな。なんてことを思った途端、まだ起きていると示すようにあくびがタイミングよく聞こえてきた。


 ……やっぱり、今のわたしには平静を保つのは無理そうだ、あくびが可愛くて思わず声がもれてしまう。


「……かわいい」


『……何が?』


「何って、今のあくびが──えっ?」


 ──あれ?

 なんか会話が成立してない? 気のせい?


『……えっ?』


 一拍遅れてイヤホンから不思議そうな声が聞こえた。結季ちゃんも、この状況のおかしさに気付いたらしい。

 ということは、会話が成立してるのはわたしの気のせいじゃないみたいだ。


 盗聴してるはずなのにどうして会話出来るんだろう。……とは言っても心当たりなんて一つしか無い。

 その心当たりを、おそるおそる言葉にする。


「……もしかして、結季ちゃんも盗聴してる?」


『……はい』


 やっぱり結季ちゃんも盗聴してた!


 それだけわたしのこと好きってことだよねうれしい。

 

 けど、お互いに盗聴し合ってるってことは、法に触れてるわりに、やってることが電話と何も変わっていない。

 傍からみたら、コントでもやっているみたいに見えているんだろうなあ。なんて。


 ……そのコントをやってる片割れが言うのもなんだけど。


 けど、周りからどう見られているかなんてどうでもいい。というより、今は結季ちゃんのことだけで精一杯で、周りの目なんか気にしていられない。


 多分、それは結季ちゃんも一緒。わたしを盗聴していることがその証だ。

 お互いに見つめ合う、それだけでわたし達は精一杯なのだ。


『結季ちゃんも、ってことは麻依も?』


「うん、聞いてたよ」


『お互いに盗聴し合ってたなんて、なにかのコントみたいね』


 結季ちゃんは軽く笑って、そう言った。


 わたしと全く同じ例えを使っていたから、なんだか嬉しい。


「誰にも見せないけどね」


『当たり前でしょ?』


「ねえ──」


 電話にしよう。って言いかけて、やめた。


 電話なら、わざわざ盗聴なんてしなくても済むし、声だけじゃなくて顔を見て話せるし。普通に考えれば良いこと尽くめなはずだけど。


 盗聴し合って話していると、電話で話していたときよりもなぜだか心地良かった。


 それは、悪いことをしている自分に酔っているからなのか。


 それとも、いつもなら寝ているはずの時間に起きて話している、という非日常感から来るものなのか。


 あるいは誰にも言えない、結季ちゃんとわたし、二人だけの秘密の思い出が増えたことに高揚しているからなのか。


 多分その全部が正解で、今感じている心地良さは、それらが混ざり合って形作られたものだ。


 混ざりきってしまって、それらがどんな比率で混ざったのかもう分からないけど。どうせなら、二人だけの秘密の思い出が増えたから、というのが一番多くあって欲しい。


 だって、それが結季ちゃんとじゃないと成り立たない、唯一の候補だから。


「──折角だから、しばらくこのままで話してようよ」


 今に限ったことじゃないけど、思い出を作るのなら、とびっきり楽しいものにしたい。


 いつかふと思い出したとき、そんなこともあったねって二人で笑い合えるような、そんな思い出に。


『ええ、もちろん』


 その軽やかに弾んだ声を聞いて、映像は無いけど結季ちゃんの笑顔が目に浮かんできた。


 しばらく、なんて言ったけど、この感じだと朝になってもこのまま話し続けてるんだろうなあ。

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