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過充電(失敗)

「明日から学校ね」


 日が陰り始めた窓の外を見て、こたつから頭だけ出した結季ちゃんがぼやくように言った。


 起きあがって、こたつの上のスマホを手に取る。正確な時刻を確認してみると、今は午後四時ちょっと過ぎらしい。


 これから明日までにやらなきゃいけないことはというと、夕ご飯を作って食べて、お風呂に入って、歯を磨いて、寝る。たったそれだけしか残ってない。やりきってしまえば、二週間の連休はそれでもう終わり。


 後は、せわしない朝を迎えて学校に……。


「いやだー行きたくない!」


 結季ちゃんと二人だけで過ごす生活も、べったべたに密着しながら過ごすことも。全部あと少ししか続けていられないと思うと、叫ばずにはいられなかった。


 しかも明日は小テストもあるみたいだし。


 誕生日翌日の結季ちゃんも、今とおんなじ気持ちだったんだろうなあ。


 その結季ちゃんは隣で大きな溜め息を吐いて「私も」と、力なく俯いた。

 短い一言だけど、とても強い負のエネルギーが籠もっている。


「二週間って短すぎるよ……」


「本当に。いっそのこと一年中休みにならないかしら」


「そうだったらいいのに」


 体から力を抜いて倒れ、再び横になる。


 一年中今みたいに、結季ちゃんと二人だけでごろごろと……。うん。考えなくても分かる、最高。もしもユートピアがあるのならそんな世界なんだと思う。


 それで現実の方は、明日から人が行き交う学校に通わないといけない上に、くっ付いてもいられない。同じ教室ではあるけど席遠いし……。さらにテストもやらなきゃいけない。

 地獄とまでは行かないけど、その一歩手前と同じぐらい辛い。


 なんで席の位置が勝手に決められてるんだろう。結季ちゃんが隣にいてくれたら大分マシなのに。自由席でいいと思うんだけどなあ……。授業もちゃんと受けると思うし。


 考えてたら余計に行きたくなくなってきた。


「嫌だなあ」


「サボる?」


「らない。一日休んだとしても、その次の日が余計に辛くなるだけだもん」


 実際、保健室でサボった次の日の授業中も保健室で休みたくて仕方なかったし。やるべきことはきっちりこなしておかないと。


 逆にその欲望のまま、次の日もまた次の日も、なんて感じに休んでいったら、それこそ悲惨な末路が待っている。留年とか最悪の場合退学処分とか。初めが肝心ってよく言ったものだと思う。


「そうよね……。分かってる」


 冬休み明けの学校に行く覚悟はちゃんと決めているけど、それはそれとして、覚悟だけでどうにかなるほど行きたくない気持ちも軽くない。


 私も結季ちゃんのように溜め息を吐いて、結季ちゃんと目が合うぐらいこたつに深く入る。


 こんな状況、結季ちゃんの顔を見てないとやってられない。

 長いまつげに、気だるそうな半開きの瞳。そして張りの無い、力尽きたような表情。何だか仕事帰りのOLみたい、なんて。


 ……美人だなあとは、いつも通り思うんだけど。あんまり……具体的に言うといつもの三割ぐらいしか力が湧いてこない。


 むしろ、今にも再起不能になってしまいそうな結季ちゃんがとても心配というか。


「……大丈夫?」


 聞くと、結季ちゃんの気だるそうな半目が、じとーっとした半目に変わって。


「……それを麻依が言う?」


 どうやら、わたしの方も大分酷い表情をしているらしい。とは言っても、わたしより結季ちゃんの方が大事。だから別にそんなことはどうでもよくて。


「わたしは別にいいよ」


「……良いも悪いも無いでしょ。私一人だけ楽になったところでなんの意味も無いじゃない。しんどそうな麻依を見て元気になれると思う?」


「……それもそっか」


 わたしが結季ちゃんからやる気を貰ってるみたいに、結季ちゃんもわたしから何かを貰っている……のかな。正直なところ、何かしてあげられてるような気はしないんだけど……。


 少しは自信を付けたほうがいいのかな。どう自信を付けるのかは、まあ置いておくとして。


「じゃあ、二人で一緒に気分を盛り上げる方法を考えないとだね」


「明日以降も冬休みが続いていかない限り、何をやっても盛り上がらないと思うのだけど」


 結季ちゃん諦めきってる……。けど、気分転換しないとより気分が沈み込んでいくだけ。


「そうかも知れないけど、何も考えないよりはいいんじゃないかな。嫌なことから目を逸らす……みたいな」


 そこまで言ったところで、結季ちゃんの表情にほんの少しだけ明るさが戻ってきて。


「分かったわ。麻依がそう言うのなら、考えてみましょうか」


 わたしは昔から現実逃避をよくしていたけど、結季ちゃんにも有効なんだなあ。


「ありがとね。結季ちゃん」


「それで、何かいい案があったりするの?」


 提案しておいてだけど、別に何かしらの妙案が浮かんでいるわけではない。提案の方もさっきぱっと出したやつだから……。


「うーん、それはないけど」


 楽しかった記憶だけを思い返してみて、咄嗟にアイデアを考える。膝枕にマフラー、添い寝。共通点と言えば、結季ちゃんとくっ付いていること。


 これだ! って一瞬思ったけどこれはいつもと同じなのか。でも他にすぐ思いつくものも無いし。


「……抱き合うとか」


 言ってから気付いたけど、ハグにはストレスを和らげる効果があるとか聞いたことあるしちょうどいいのかも。


「抱き合う?」


「うん」


「それだと明日がより辛くならない? 大丈夫?」


 結季ちゃんの言うことももっともだ。そもそも離れるのが嫌だからこうなっているわけで。


 だけど、わたしは逆転の発想でこう考えました! ……これも後付けの考えだけど。

「今の内にくっ付いておけばいいんだよ! 密着できなくなる明日以降の分まで!」


 結季ちゃん分欠乏症になってしまうのなら、今の内に結季ちゃん分を飽和しちゃうぐらいに溜め込んでおく。


 そして結季ちゃんにもわたし成分を存分に補給してもらっておけば、二人とも欠乏症にならないで、幸せな気分のまま授業を受けられる。って寸法だ。


「確かに……一理はあるんじゃないかしら」


 は、ってなんだろう。は、って。

 それになんか察したみたいな顔してるし。

 まあいいけど。


「それで、どうかな」


「……分かった。いいわ、来て?」


 結季ちゃんは両手を広げて招いてくれた。ずりずりと結季ちゃんの方へにじり寄って、その両手の中にぴったりと収まる。それで、わたしの方からも結季ちゃんを抱きしめて、完璧。


 春の陽気にも似た、結季ちゃんの柔らかく広がるような温かさを感じる。こたつなんか要らないぐらいに、とてもぬくぬくして気持ちいい。一言で言ってしまえば、すごく幸せ。


 できればマフラーも巻いて密着度合いを上げたかったんだけど、室内だから仕方ないか。


 結季ちゃんも幸せそうな顔をしてくれてるのかな。身長に差があるせいで、結季ちゃんの胸に顔を埋めちゃってるから何も見えないんだけど。


「どう? 気持ちいい?」


「ええ、幸せ」


 声が大分とろけている。これで幸せを感じてなかったらおかしいってぐらいに。

 きっと、さっきまでのどんよりした表情も吹き飛んでいるに違いない。


 これは作戦成功だと勝手に思う。頭が結季ちゃんの感覚でいっぱいになってて、学校のことなんか考えられない。不安も絶望も、全部幸せに塗り替えられていく。


 後はできる限り密着し続けて、明日の学校にこの感覚を持っていくだけ。




 ──だと思ってたんだけどなあ……。


 結局、感覚は持っていけなかった。


 テストのプリントが配られたけど、問題文が頭に全く入ってこない。


 あるのは寂しさと、早く授業が終わって欲しいという思いと、手のの中から大切なものがこぼれ落ちていったみたいな空しさだけ。


 実際結季ちゃんは手の届かないところに座って授業を受けているんだから、みたいじゃなくて、正しいのかもしれないけど。


 結季ちゃん成分を飽和するぐらい溜め込めば、と思ってたんだけど、どうやらわたし達の欲は大分深かったみたいで。飽和するどころか、一晩たってもまだ全然足りなかった。

 結季ちゃんは、なんとなくこうなることが分かってたらしいけど。


 今すぐ二人で教室を抜け出したいし、隣に居たいし、抱き付きたい。けど、震える手に力を込めて我慢する。


 家に帰ったらまた昨日みたいに密着するって結季ちゃんと約束したから。


 そしたら明日こそは大丈夫になる……はず。

 今日のテストはちょっと残念な結果に終わるかもしれないけど。

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