プレゼント決め その1
寒い室内とは対照的な、首筋に吹き抜けるドライヤーの温い風に、私の後ろ髪をサラサラとほぐす指先。
あれから私たちは、いつもの五割増し程の時間を掛けて私の家に帰宅し、すぐさまお湯を張って、二人で湯船に浸かって。
そして、今はお風呂上がり。
他の部屋より比較的暖かいリビングで、麻依に髪の毛を乾かしてもらっている。
いつも二人で湯船に浸かるのだけど、ドライヤーは一つしかないから、髪を乾かすのは必然的に一人ずつ。
……ドライヤーをもう一つ買ってしまえば解決ではある。あるけれど、髪の毛を乾かし合えなくなるから、それは無し。
乾かす順番は、髪が短くて早く乾かせる麻依が先で、時間がかかる私が後。濡らしたままで長いこと放置していると、髪が痛むし、今の時期だと冷えてもしまうし。
「仕上げやるね」
麻依はそう言って、頭頂部、前髪、左側面……と、最初にしていった順にもう一度軽く乾かしていく。
麻依はいつも念入りに髪を乾かしてくれるから、思いの強さを実感できる。
もちろん私も、麻依の髪をこれ以上無いほどに丁寧に乾かしてはいるのだけど。
そして最後に麻依は後ろ髪を軽く触って。
「終わり~」
「いつもありがとう」
「どういたしまして」
それから、横にあるこたつへと潜り込んで、顔だけを外に出す。
「前から思ってたんだけど、こたつを持ち上げたら結季ちゃんもそのまま引っ付いて持ち上がりそうだね。カタツムリみたいな感じで」
「そうかも」
もはやこたつは、私の殻とでも言うべき存在なのかも知れない。
私のここ最近の行動を振り返ってみても、大半がこたつに埋もれて過ごしていたし。
いえ、それでも大半止まりなのだからヤドカリの方が近いのかも。麻依に呼ばれたらこたつからすぐに出ていくし、やっぱり殻と言うには少し足りない。
私の殻と呼べるのはむしろ麻依だろうか。絶対に離れられないし。
なんてことを考えていると、その麻依が。
「それじゃ、早速だけどクリスマスプレゼントをどうするか考えよう」
「ええ、どうしましょうか」
帰るときにも言ったけれど、私は誕生日に麻依から貰ったマフラーで十分満足していて、特に欲しい物は浮かばない。
……麻依には悪いことをしてしまった。勝手にマフラーに込められた思いの強さを勘違いして、その思いを踏みにじるような言葉を言って。
今度、何か埋め合わせをしないと。
とはいえ、今はそれを考える時じゃない。後ですぐ思い出せるように比較的浅いところに押しやる。
プレゼントにするものをただ思い浮かべようとしても埒が明かないから、取っ掛かりとして麻依が欲しそうなものから考えてみる。
麻依が欲しそうなもの……麻依が欲しそうなもの?
と、頭の中で二度繰り返す。私の欲しい物は見当たらないけれど、かと言って麻依の欲しい物を考えるのが簡単な訳じゃない。
むしろ難しいかも。
麻依は私とのスキンシップを求めることが多い代わりに、何かを欲しがることをほとんどしない。
たまにあったそれも、本だったりDVDのレンタルだったりと、あまり特筆するような物はなかったし。
それならせめて……料理道具? 少しはプレゼント向きだろうし、それに麻依の趣味だから……。
「欲しい調理器具とかあったりする?」
私がそう聞くと、麻依は眉をひそめて。
「……なんというか、結季ちゃんにはロマンチックさが足りないよね」
「えっ」
「デジタルスケールとか電動泡立て器とか、欲しい物はあるにはあるけど……クリスマスに調理器具はないよ」
「ごめんなさい……。それしか思いつかなくて」
「あっ……ごめんね。わたしもまた言い過ぎちゃった」
面と向かって扱き下ろされると結構辛い。なまじ自分でも自覚があったから余計に。
二人でクリスマスプレゼントを選ぶのに、麻依が欲しい物、という考え方も明らかにおかしかったし。けれど、何も欲しくない状態で考える、というのも中々に難しいし……。
私が「それなら、麻依はどんなものが相応しいと思ってるの?」と聞くと。
「えっと、お揃いのアクセサリー、とか」
……どうして自分はアクセサリーなんて王道な物を忘れてしまっていたのだろう。
去年のクリスマスプレゼントもアクセサリーだったのに。
身に付ける物はマフラーで十分だから、無意識の内に候補から除外していました。なんてあれだろうか。
「去年のブレスレットみたいな」
「そうだけど、壊れにくい物がいいかな。ブレスレット、ずっと着けてたせいで両方ともすぐに切れちゃったでしょ?」
「そうね」
そうなると、ネックレスとアンクレットとかの切れやすい物は無し。他に思いつく物は……。
「じゃあピアスとかイヤリング。チョーカー……はマフラーで隠れてしまうから無し。それ以外にするのだったらなるべく頑丈な物、ってことよね」
「うん。そんな感じかな」
「麻依はその中に欲しい物ある?」
「ううん、特別気になるって物は……」
麻依はそんな煮え切らない様子だったけれど、途中で何かを思いついたみたいだった。
あっ、と小さく声を出して。
「指輪ってどうかな」
無邪気な顔で、そう言い放った。
──聞いた途端、私の血液が沸騰したみたいに熱を帯びて、ドクドクと音をたてながら全身に流れ込んでいく。
もしかしたらこたつより私の方が……なんて思うぐらいに、体全体が真っ赤な熱を帯びる。
だって、指輪なんて言われたら……。
麻依が、クリスマスに、しかもペアの。
そんなの、けっ……結婚指輪に決まってるじゃない!
胸の中でそう叫びながら、出来損ないのロボットのようなぎこちなさでこたつの外にある、私の左手の薬指に目線を向ける。
薬指の輪郭は一本の滑らかな曲線で成り立っていて、何も付いてはいない。はずなのだけど、私には薬指の付け根の部分が既に輝いているように見えた。金色に銀色の光沢。あるいは宝石のものだろうか。
とはいえ、宝石付きの指輪なんて、そんな高価な物にはまだ手が届かないのだけど。
それでもいつか。いつかきっと、麻依に……。
……けれど、指輪を変えるというのも少し抵抗感があるし……。その時になったら麻依と相談して──。
「結季ちゃん顔真っ赤だけど大丈夫?」
麻依のその声で「ふえっ!?」と、私らしくない声を出しながら我に返る。
いけないいけない……落ち着かないと。興奮しすぎて、変に深く考え込んでしまっていた。
「えっええ、大丈夫。えっと指輪よね、良いんじゃないかしら」
「じゃあ指輪にしよっか。そうと決まれば、次はどんなデザインにするかだけど」
「ちょうど休みだし明日見に行きましょうか」
「うん」と、麻依は頷いて答える。
特に何も変わったことのない、いつも通りの調子で。
──あれ、もしかして。
……少し冷静になって気付いたのだけど、私が早とちりしていただけで、結婚指輪ではないかも知れない。
だって、本当にそうだったら、麻依こんなに落ち着いて居られないだろうし。
「……質問なのだけど、指輪はどの指にはめるつもり?」
「どの指って……」
そこで麻依の声が止まった。
情報に溺れているのか、口は空気を求める魚みたいにかぷかぷと動いていて、顔もゆっくりと赤らんでいく。
そして、しばらくの静寂の後。
麻依がたどたどしく喋り始めた。
「……えーっと、結季ちゃんは、いいの?」
私も上手く言葉を話せそうに無かったから、首を縦に振って答える。
「じゃあ、そうしよ、っか」
──本当に、そういうことになっちゃった。
一人で勝手に舞い上がって妄想していたときとはまるで違う。
いざ約束という形で目にすると、より強い高揚感と緊張が湧き出てきて、指輪以外の余計なことは何も考えられない。
心臓の鼓動に合わせて、身体中が波打っている。
体を駆け巡る熱さも勢いを増して、こたつの中にはもう居られなかった。




