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13 シエルさん、馴染む


「いらっしゃいませ! はい、お釣りですわ! またお越しくださいませ!」


 甲高いシエルさんの声が店内に響き渡る。

 その声を間近で聞くお客さんからは、笑顔しかこぼれて来ない。


 それはいいことだし、悪いことでも無いはずなのに、どうしてだろう。

 ここでの時間をいつまで堪能するつもりがあるのだろうか。


「…………うーん」

「ケンセイさん? どうかなさって?」

「いや、あの……馴染み過ぎと言いますか、いつまでここにいるつもりがあるのかなと……」


 シエルさんとは当初、俺が住んでいた町――つまり、人間が暮らす町に来て買い物をするという話をしていた。


 それこそ、バスや電車を何度も乗り継いでようやく到着したりして。

 

 ところが彼女は、たまたま目にしたファミレスの看板に一目惚れをしたことにより、そこのパートを希望してしまった。

 その結果、見事に採用されてついでに俺も働くことに。


 気付けば、あっという間の三か月。


 彼女曰く、人間の細かな動きに関心を持った――ということらしい。

 どうやらこの動きを学んで、後々に部下たちに動いてもらうつもりがあるのだとか。


「特に決めていませんわ! 色んな人間を観察……眺めているだけでも、面白いですもの。ケンセイさんは?」

「い、いやぁ、お店の再建が終わり次第、戻れればいいなぁと」

「まぁ! さすがですのね! ですけれど、心配に及びませんわ! あそこと、ここの時間の流れは全く異なるものですの。わたくしはもちろん、ケンセイさんがそこまで心配なさるほどの時間は経ちませんわ」


 魔王嬢のシエルさんなら、どんなに時が経っても恐らく何も変わらないだろうが、俺は普通の人間。


 彼女にどんな力があっても、寿命までは延ばせないと思われるのだが。


「何名様ですの? かしこまりましたわ! お席へご案内致しますわ」


 ――などなど、シエルさんは何の違和感もなく接客をしている。

 片や俺は、ひたすら洗い場で皿洗い機を上下させているだけだったり。


 ファミレスに目を付けたのは偶然じゃないと思われるが、それにしたって、人間界に馴染みすぎだ。

 見た目も決して悪くないシエルさんなので、何の文句も言われていないように見える。


 そんな時間を過ごしながら、今日もあっさりと一日が過ぎた。

 魔王城で喫茶店を開業させたはずの俺なのに、城ごと炎上して今はボロいアパートに舞い戻っている。


 さすがに前に住んでいたアパートには戻れず、シエルさんの美貌の力で適当なアパートに住めているわけだが、シエルさんは一体何を考えているのか。


「はふぅ、今日もお疲れ様ですわ」

「いや、シエル。こっちに馴染みすぎですよ!」

「そ、それは……その」


 責めるつもりはなかったものの、すっかり人間社会に馴染んでいるシエルさんを見て、何となく納得がいかない。


 そのせいか、お疲れモードで帰って来た彼女にきつく当たってしまう。


「あっちの世界がとかではなくて、俺は自分の店で商売をしたいとずっと思ってまして、その為にあっちのお城でですね……」

「ぐすん……」

「あっ、いやっ――シ、シエル、な、泣かせるつもりはなくてですね……」

「わたくしの何がいけないのか、ケンセイさん。わたくしめに教えて頂けませんか?」

「な、何も悪くないです。そうじゃなくて、えっと、接客は楽しいですか?」


 馴染んでいることに怒るつもりは無いのに、これは失敗だ。

 きっと人間界に馴染むことに、何かの狙いがあるに決まっている。

 

 本当はこっちで必要な物を買い揃えて、すぐにでも戻りたい。

 しかし人間である俺では無く、魔王嬢であるシエルさんが戻りたくなさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「ええっ! とっても有意義な時間を過ごさせて頂いていますわ! ここで学んだことを活かせば、きっとケンセイさんを喜ばすことが出来ますもの!」

「――えっ? 俺ですか?」

「他には何も要りませんわ。わたくしの全ては、ケンセイさまの為にありますもの」

「え、じゃあ、馴染んでいるのは……」

「人間を良く知れば、それだけケンセイさまにお近づきになれますもの!」


 何てことだ。全て俺の為にやっていたなんて。


「それじゃあ、これからも……が、頑張りましょう!」

「喜んで!」


 どうやらしばらく人間社会にいることになりそうだ。

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