憂いの王妃
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社交デビューをする貴族学院卒業生を招いた大舞踏会で、あの娘を王太子の婚約者として公式に発表する予定だった……
それが、あんな事になるなんて……
***
ブローニング国の王弟の庶子だった私は、西の国境を接するマスケット王国の王太子に、不用品を処分するかの様に嫁がされた。
その頃のマスケット王国は、国としての歴史も浅く、貧しくは無いが、富んでもいない……攻めれば抗う事無く簡単に陥落するだろう、取るに足らない国だと思われていた。
国境を接していると言うだけの小国に、王族の血以外に優れたものが何一つない私は、祖国から体よく追い出されたのだ。
祖国に対して抑制力にも成らない、押し付けられた厄介者の私を、政略結婚でありながらも、王太子様は愛しんでくれた。
お歳の所為か、物忘れの病にかかられた国王陛下に替わり、夫である王太子フェバリッド様が国王となり、正妃である私は王妃となった。それに伴い、有力貴族の娘が側室として後宮に入ってきた。
「代替わりしたばかりで内政を乱す事は出来ない……愛しい妃よ……貴女以外を愛する事は無い……が、義務は果たさねばならん……許せ……」
「国王陛下……」
「フォンティーヌ……二人の時は、名前で呼んでおくれ。余を名で呼ぶ者は、貴女しかいないのだから……」
「フェバリッド様……」
嫁いでから三年……それなりに昼も夜も勤めてきたが、未だに妊娠の兆候はなかった。
三か月後、一人の側妃が陛下の子を妊娠した。やがて健やかに産れた男児に、陛下はウィンストンと名付けられた。
王子の生みの母は、控えめな方であった。第一側妃として、公的に振舞う事も無く、産まれた王子に母と呼ぶ事もさせなかった。
二年後、別の側妃が産んだ愛らしい女児に、陛下はベレッタと名付けられた。ベレッタの産みの母は、後宮から出る事の無い側室という身分より、公式行事に参加できる側妃の立場を欲し……それだけでなく、婚姻してから五年経っても子が出来ない王妃に成り代わろうとするほど、権勢欲の強い女性だった。
「婚姻されて五年、未だに一人の子も出来ない王妃様……そろそろお国に帰られては……?」
第一王女ベレッタの母親には、顔を合わせるたびに心無い言葉を投げ掛けられていた。
その頃……私と陛下は外交問題で忙しく、側室の嫌味などという些事に時間を取られる暇など無かった。
小さな商会が開発した商品の需要が高まり、国の輸出品として大金を産み始めていた。
組合を通し、知恵の女神に登録をした商品やレシピは、開発した者が不利益を被ったり、不当に扱われる事がない様に、神の眼と言われる存在によって監視されていると、信じられている。実際、開発者や販売に関わる者に不当に手を出すと、神罰としか言いようのない災難に見舞われるのだ。
故に、その商品を手に入れる為には王侯貴族、強国、大国の誰であっても、販売している商会から購入するしか無いのだった。
画期的な商品を品を次々と生み出すウィンチェスター商会によって、取るに足りない国だと思われていたマスケット王国は、諸外国からの外需拡大により、富める国となっていった。
国王陛下、そして摂政官全員の合意の元、ウィンチェスター家当主に子爵位を授ける事となった。
小さな商会の主だったウィンチェスターを、一代限りの名誉男爵では無く子爵としたのは、外国に取り込まれない為と、継続して国に仕えさせようと考てのことだった。
ウィンチェスターに枷をつけようと、治水に難しい川沿いの直轄地を領地として与えたのに、豊富な水資源を運河として活用し、湿地でイネとかいう作物を作り……と、益々収益を上げていった。
ウィンチェスターのおかげで確かに国は潤っている。今や大国にも負けない経済力を持ち、軍備も整えている最中だ。
商品を製造する為の工場が建ち、失業者も減り、王都にあったスラム街も無くなりつつあった。
ウィンチェスターの快進撃が始まったのは、調査によれば、勘当されていた息子が妻子を伴って戻ってきてから……
その後の事は、成金物語として吟遊詩人に面白おかしく歌われる程知れ渡っている。一商家を貴族にまで押し上げたのは、現当主の手腕なのか、戻った跡取り息子なのか……
そもそも、画期的な商品を発案しているのは誰なのか……
優秀な王家直属の暗部に探らせても巧妙に隠されて特定が出来ないでいた。
***
非公式にウィンチェスター領を視察するのに、五歳になるウィンストンを連れ貴族の母子連れを装い、河を下る商船に乗ってウィンチェスター領に向かっていた。
大型とはいえ、揺れる船の上で酔ったのか少し気分が悪かった。そんな私に無邪気なウィンストンが、いい気晴らしになっていた。船酔いする事も無く元気なウィンストンは、侍女に食べ残しのパンを渡され、水鳥に向かって放り投げていた。
「母上~鳥がたくさん集まってきました~」
実母を母と呼べないウィンストンは、私を母と呼び慕ってくれていた。
「まぁあ、はしゃぐのもいいけれど、気を付けるのですよ……」
何かあってはいけないと、付き添いの侍従にも、目を離さない様にと言い付けた。
馬車で移動すれば最低でも二日はかかっていた道程が、河を下る事で半日とかからずに、ウィンチェスターの中心街に到着した。
直轄地だった頃の代官屋敷は、貴族相手の高級宿になっていた。そのまま領主館として使うだろうという予想が見事に外され、ウィンチェスターは貴族の常識では計り知れない、交渉するのに一筋縄ではいかない、と噂されていた……
貴族階級相手の高級宿に泊まったのは初めてだった。寝具に天蓋こそ付いてはいなかったが、王宮の寝具にも負けないぐらい寝心地が良かった。軽いのに暖かな上掛けは、何でも鳥の羽を中に入れて作ってあるのだとか……これもウィンチェスターが開発し、販売しているそうだ。
他にはシャワー付きバスルームに、備えてあった液体石鹸と洗髪剤に化粧品……食事にも驚かされた。オーナーがウィンチェスター子爵と聞いては、溜息しか出なかった。
ウィンストンを連れて来たのは、貴族の母子が観光に訪れたという偽装の為と、ウィンチェスターの孫娘と同じ年齢である事、子連れならば警戒されないだろうと思っての事だった。
陛下には目に見える護衛と、過剰ともいえる数の見えない護衛を付けられていた。
朝食を済ませるとウィンストンを連れ、家紋無しの馬車でウィンチェスター子爵の屋敷へと向かった。
馬車の中でウィンストンに、王族ではなく、伯爵家の母と子として、同じ年の子供のいる子爵家へ遊びに行くのだと話をした。
「ナイショ、ですね?母上」
「ええ、そうよウィン……私が王妃なのも、貴方が王子である事も言ってはダメ、よ……」
「わかりました、母上……何だかワクワクします」
ウィンストンは悪戯でもするかのように、楽しそうに顔を綻ばせていた。
先触れを出していたからか、先頭の護衛が近づくと門が左右に分かれて開いた。そのまま通路を進むと、目の前に大きな屋敷と、同じような建物が三つ並んで建っていた。
侍従に手を引かれ馬車から降りると、玄関前には使用人が並んでおり、その中央には子爵と、次期子爵夫妻が出迎えてくれていた。
「ようこそ、ハリス伯爵夫人」
ジョンとかスミスと同じぐらいありふれた偽名を、私は名乗っていた。
「大したおもてなしは出来ませんが、精一杯歓待いたします」
「いいえ、此方こそ……急な申し出にもかかわらず、対応いただき感謝いたします」
大きく開かれた扉の先、玄関ホールには今までの発明品が登録順に飾られていた。高価な商品、価値ある発明品は透明な箱の中に入っていた。
初めて見る品々に興味を持ったウィンストンは、小振りな物を手にしていた。
「母上、これは何に使うのですか?」
「まぁ、勝手な事を……でも、何に使う物なのかしら?」
「そうですなぁ、伯爵夫人であれば……一生目にする事も無い物でしょうなぁ……」
振り返って侍女を見ても、首を横に振ってわからないと答えていた。何に使う物なのか説明を待っていると、元気な子供の声がホールに響いた。
「どうやって使うのか見せてあげる!」
エプロンドレスを着た女の子が奥から出てきたと思ったら、ウィンストンの手を引いて、連れて行ってしまった。
「レジィ!!……」
「レジーナ、待ちなさーい!!」
次期子爵夫妻が、焦った様に女の子の後を追いかけようとして、子爵に一喝されていた。
「ハリス伯爵夫人、無作法で申し訳ない……」
「……今の女の子は?」
「はぁ、あれは私の孫娘で、五歳になるレジーナといいます」
「まぁ……」
「お転婆で……貴族の一員になったのだと言い聞かせても聞きませんで……」
「私の息子も、同じ歳ですわ。侍従が後を追いましたから、子供の相手は子供に任せましょう……」
ウィンチェスターの商品を発明しているのが、まだ幼い女の子だと言う噂もあり、どのような子供なのか見極める事も視察の目的の一つだった。
それにしても……子供は子供にと言った私の言葉に、親である次期子爵夫妻は顔色を青くしていた。
女の子のする事に、危険は無いと思うのだけど……それとも、幼女なのにハニートラップをするようなおませさんなのかしら……?
「はぁ~……まぁ、立ち話もなんですから……」
そう言う子爵に案内されたのは、中庭を見渡す事の出来る応接間だった。
フカフカのソファーに座り、出されたお茶を飲んでくつろいでいると、衣服を着替えたウィンストンと女の子がメイドに付き添われて入ってきた。
「母上……あ、あの……」
「うふふふ……ウィン、何があったのか話してくれるわね?」
大丈夫、怒ったりしていないわよ……
「も、もも、申し訳ありません、伯爵夫人……」
気が弱いのか、女の子の父親は顔を青くして謝罪の言葉を述べていた。
「レジィ!!突っ立てないで、謝罪なさい……」
女の子の母親は目を吊り上げ、オーガの様な形相で娘のレジーナを叱責していた。
「えぇ~~……見てるだけって言ったのに、手を出したのはその子なのにぃ……」
「何をやったんだいレジィ……分かる様に言ってごらん」
私に対しては狼狽えていた父親が、娘には優しく、諭す様に話し掛けていた。
レジーナという女の子の説明によると、ウィンストンが手に取った物は【泡だて器】という道具で、厨房に行き卵を泡立てる所を見学していたらしい。途中で開発中の【自動泡だて器】という魔道具と取り換えて泡立てていたのを、興味を持ったウィンストンが手を出し、泡立てていた卵が飛び散ったという事だった。
五歳の子供がやった事と、大人たちは怒る事は無かったが、同じ過ちはしない様にと、厳重に注意されていた。
「はぁ……レジーナ、お庭を案内してさしあげたら?」
「え~……あっ!う、うん、いいよ、庭に案内するね」
「いいのか?」
「うん、行こう行こう……ついて来て!!」
母親に庭を案内する様に言われたレジーナちゃんは、ウィンストンの手を引くと、外へと駆けて行ってしまった。護衛の騎士が慌てて後を追い掛けて行った。
「元気なお孫さんですね……」
「お恥ずかしい限りで……」
どこまで行ったのか……二人は夕刻近くに、ドロドロになって戻ってきた。付き添っていた護衛の騎士も、ボロボロになっていた。
「……」
何も言えず、大きな溜息をついてしまった。
「ご、ごめんなさい……私が連れ出したりしたから……」
「一緒に行って、楽しかったぞ……母上、レジィを叱らないでやって……」
「私が付いていながら、お止め出来ず申し訳ございません」
見た目はボロボロ、へとへとに憔悴した騎士が項垂れていた。
「……取り敢えず、詳しい話は後にして、身支度を整えてきなさい。……貴方もですよ」
「はっ!」
三人はウィンチェスター家のメイドに連れられ、部屋から出て行った。その日、私達は屋敷に宿泊する事になり、私も客間に案内され、湯を使い着替えると晩餐に招かれた。
見た事も無い料理ばかりだったが、美味しくてレシピを強請ったり、デザートがウィンとレジーナちゃんが作ったものだと聞いて驚かされたり、終始和やかに食事を終えた。
晩餐の後、子供達はウィンチェスターの発明品のゲームで遊び、子爵は酒を嗜み、私は次期子爵夫人のベルティエと世間話に花を咲かせていた。
「まぁあ、ではベルティエ様は男爵家の……」
「そうなのです。それで、入り婿を取って後を継ぐ予定だったのですけれど……」
「行方不明だった叔父様が戻られたのですか……」
「ええ……それで家族三人で実家に戻ったのですわ」
「ふん……家を捨てて出て行ったんだ。二度と敷居を跨がせる気は無かったんだがなぁ……孫がかわいくってなぁ~」
私達の会話に耳を傾けていたウィンチェスター子爵は、そう言うとグビリと、杯を飲み干していた。
「でも、息子さん達が戻られてから、破竹の勢いですわね。今や財力でウィンチェスターに勝る者は無いでしょう……その財を持ってすれば、国を牛耳ることも出来るのではありませんか?」
私の問い掛けに、なんて答えを出すかしら……
実際、ウィンチェスター家に離反されたら国の舵取りが難しくなってしまう……ウィンチェスター家の本意を確認しておかなくては……
子爵は飲んでいた酒が器官に入り、ひとしきりむせた後で、私に向き直って静かに語りだした。
「アンタ……いや、貴女様は私を殺す気で?今だって老体に鞭打って働かされてるっていうのに……国を牛耳るだぁ?そんな面倒な事やってられません、よ、ってねぇ」
「父さん、そろそろ……」
「ハァ?酔ってねえぞ、まだ……まだ酔いの口じゃねぇか……」
「いやいや、それ意味違ってるから……」
「意味どころか、字も違ってますよ!!」
「っふぅ……そろそろお開きにしたほうが良さそうね……」
ベルティア様はそう言うと、ゲームをしていたレジーナちゃんに何事か囁いていた。
「おじい様、レジィは眠くなってきました。夢のお話をしたいからおじい様のお部屋にお邪魔してもいいでしょう?」
「ぉ、おぉ……そうだな、レジィはもう、おねむの時間だな」
「申し訳ないがお先に失礼いたす……」
「ウィンのお母様、おやすみなさいませ……ウィン、また明日ね……」
「ぅ、うむ、また明日だな……」
「ええ、レジーナちゃん、おやすみなさい」
子爵を宥める為にゲームを中断したレジーナを、不機嫌そうに睨んでいたウィンストンだったが、また明日ね、と言われ、嬉しそうに返事をしていた。
チョロくないか……?将来が不安になってきた……
「少し、お話ししましょうか……」
私はウィンストンを連れて、客間へと向かった。
護衛の騎士から報告は受けていたが、二人が出掛けていた時の事を、直接聞いておきたかったからだ。
「レジィに手を引かれて、孤児院に行ったのです……」
「孤児院?では、敷地の外に出てしまったの?」
「はい……柵の隙間を潜って、教会へ行き……小さな子供がたくさんいて、驚きました……」
レジーナに連れて行かれたとはいえ、勝手に外に出たウィンストンは、叱られると思ってか項垂れていた。
「ふぅ……護衛の騎士が付いて行ったとはいえ、勝手に外へ出て行くなど、なりません。貴方に何かあれば、周りが責を取らされるのですよ……わかりますね?……それで、孤児院で何をしたのです?」
「はい、レジィと一緒に、小さな子に文字を教えたり、ボールとかいう円い球を転がして遊びました」
「そう……楽しかった?」
「はい、母上……明日も……」
「そうね、明日は私も付き添う事にしましょう……話してくれてありがとう、ウィン……貴方の身に何も無くて良かったわ……さぁ、お部屋に行って、おやすみなさい……」
「はい、おやすみなさい……」
ウィンチェスター子爵の孫娘のレジーナちゃんは、噂通り破天荒な女の子みたいね……でも、だからこそ新しい商品を次々と作り出せるのでしょうね……
レジーナちゃんと会った私は、ウィンチェスターの商品を発明しているのは、あの娘なのだと確信していた。
翌朝、客室で身支度を整えていた私に、可愛いお客様が訪れた。
「レジーナちゃん、私に話したい事って、何かしら?」
「……あ、あの……ウィンのお母さんは、ウィンの為に赤ちゃんを作らないって……でも、ウィンは兄弟が欲しいって……そ、それで……」
「……何が言いたいのかしら?」
レジーナちゃんは部屋に入った途端、立ったまま話し始めた。
「ウ、ウィンのお母様は、赤ちゃんが嫌いなの?欲しく無いの……?」
王太子妃のころから私付きの侍女が小声で、何と言う事を、と呟き、子供の言う事だと言うのに、射殺さんばかりにレジーナちゃんを睨みつけていた。
私は小さく息を吐くと、諭す様にレジーナちゃんと向き合い、話をした。
「赤ちゃん、嫌いじゃないわ……ずっと、欲しいと願っているのよ……でもね、中々来てくれないの……」
「ウィンのお父様と仲良しじゃないの?」
ぅぐっつ……女の子は成長が早いと聞いてはいたけれど、どこまでわかっているのかしら……
「コホン……ウィンのお父様との仲はいいわよ」
って、子供相手に何を言ってるのかしら……
レジーナちゃんは目を瞑ると、小さな両手で頬を挟み首を傾げて、何かを考えている様だった。
「う~んっ……ウィンのお母様は、生理は順調ですか?」
「はい?セイリはジュンチョウ……?」
「ぅあ゛っ……」
意を決したように口を開いたレジーナちゃんだったけど、何を言っているのかわからない……
レジーナちゃんは一声、呻き声を上げたかと思えば、私の手を引いて長椅子に腰掛けた。
「ウィンのお母様……月の障りは、順調…毎月同じ様に来ていますか?」
「……ぇえ~っと、そうね、同じ様な間隔であるわね……」
レジーナちゃんは、五歳児だったはずおませさんにもほどがある……私は質問の意図をはかりかねていた……
「あの、何か書くものは、ありますか?」
私が目配せするとすぐに、侍女が紙とペンを揃えてテーブルに置いた。レジーナちゃんは侍女に礼をし、ペンを手に取ると、紙に横線と、それに交わる何本かの縦線を描いていた。
「えっと、ここが月の障り……出血のある時だとして、それが終わった日から十四日後……前後を取って三日間が、赤ちゃんがきやすい日です」
「はい?」
「ぅうっ……えっと、その……赤ちゃんが出来る日です」
紙に書いた線を指で差し、話しているレジーナちゃんは真っ赤になっていた。
察しの良い侍女が何かに気が付き、私に小声で囁いた。
「失礼ながら……そのあたりはいつもお身体が不調にて、薬湯をお召しになっておいでです」
「そういえば……体調が悪くて、薬湯を飲んで寝ていたわね」
「あの、それは下腹部……おへその下あたりが痛かったり……とかですか?」
「そうねぇ……そんな感じかしら……」
「あ~……それは、排卵痛ですね……」
「ハイ、ランツウ?……」
「……あ、卵……いや、赤ちゃんが……あ、あの、その……時に……」
「レジーナちゃん?」
見れば顔を赤くしたレジーナちゃんは、紙に何かを書くと立ち上がって、挨拶もそこそこに逃げる様に部屋を出て行ってしまった。
無作法な……と侍女は眉をしかめていたが、レジーナちゃんが書いたものを見ると、目を輝かせていた。
朝からお客様の部屋に突撃するという無作法をしたレジーナちゃんは、罰として部屋で謹慎させられてしまった。
私がとりなしても、ウィンストンが頼み込んでも、母親のベルティエ様の怒りは収まらなかった。
「王妃様に不敬を働いたのです……本当に申し訳ございません。厳しく教育し直しますので、どうか……何卒お許しのほど……」
ふぅ~……男爵令嬢だったベルティエにも身元はバレていたようです。ウィンチェスター子爵……私の身分を判っていてあの対応とはまったく、喰えないじじぃ、ですね。
見送りにも出て来れなかったレジーナちゃん……私に赤ちゃんが出来て、女の子だったらレジーナちゃんみたいな……って、ちょっと破天荒すぎるわね……
ウィンチェスター子爵家の更なる枷として、ウィンと婚約させるのもありかしら……
「ねぇ、ウィン……レジーナちゃんとまた会いたい?」
「ふん、あんなお転婆……まぁ、頼まれれば一緒に遊んでやってもいいけど……」
帰りの馬車の中、私の問い掛けに答えたウィンストンはプイっと顔を背けて、遠ざかるウィンチェスターの街並みに、何事かを思っている様でした。
***
ウィンチェスター領を非公式に訪問した翌年、私は第二王子のカールトンを出産しました。紙に三重に丸く囲ってあった『仲良くする日』に陛下と仲睦まじく過ごし、待望していた子を授かることが出来たのでした。
おませなあの女の子は、富と繁栄をもたらす神の使いなのでしょうか……
レジーナの記した内容を元に侍女に調べさせ、三重に囲った時以外の、バツ印のついている時期に、陛下が側室の元へ渡る様に調整してからは、側室達に子が出来る事はなかった。
レジーナちゃんから授かった知識を、王家の女性にのみ伝わる秘儀とするべきか、流布させるべきかは、次代の王妃に任せる事としましょう……
陛下と私は、ウィンチェスター子爵の孫娘レジーナちゃんが八歳になったと同時に、第一王子ウィンストンとの婚約を密かに取り決めました。
子爵家の令嬢という身分については、正式に発表し、婚姻する前に陞爵させる事で、問題は無いものとしていました。
十二歳になったレジーナちゃんに、表向きは行儀見習いとして、王宮で王妃教育を始めました。顔合わせの時、『初めまして……』と言われたのは、あえてそう言っていたのでしょうか……
レジーナちゃんは頭の回転が速く、歴史、文学、外国語といった事はすぐに身につけていきました。お勉強は優秀で……研究員として誘いがかかるほどでした。
けれど、順調だったはずの教育に大問題が発生しました。淑女の嗜みの一つ……楽器の演奏が習得出来ず、音感が無いのかダンスの練習には苦労させられました。
更に、王妃として……というか、社交界に出る貴族の令嬢として致命的だったのが、興味が無い、自分に関係の無い人物認識しない……覚えられない事でした。
貴族名鑑に至っては、まず、家名を覚えられない……
そう言えば地理も長い名称は略して覚えていたような……
そして、家名だけじゃなく、名前もうろ覚えで、そのくせ特徴的な家紋や、気になった事は記憶力が良くて……
「あ~胸の大きなメイドさんと仲がいいチャラ男さん……」
などと、宰相補佐の文官に言いだした時は、流石に肝が冷えたものでした。
***
興味のある事柄には探求心を忘れず、裏表のない性格のレジーナ……淑女としてはポンコツなあの娘を、実の娘の様に可愛がっていた。出来の悪い子ほどかわいい、ともいうし……
私が産んだ王子と二人の王女も、レジーナを姉の様に……時には友人の様に慕っていた。
ウィンチェスター子爵家が代替わりしたと同時に伯爵に陞爵させ、貴族院の卒業を待ち、社交界デビューの大舞踏会で王太子である第一王子ウィンストンの婚約者として発表するだけだったのに……
あんな事になろうとは……!!
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レジーナちゃんの本音は、王太子妃も、王妃になるのも嫌だったなんてね……
おくびにも出さず、気取られない様に振舞って、懸命に王妃教育を受けていたなんて……
でも、嫌われたわけじゃないみたいだし……好きな人と幸せになるのなら、お祝いしてあげなくっちゃね。
それに、娘が産れたら第二王子の嫁にもらってもいいし、男の子なら娘のお婿さんに……うふふふふ
子供の時にアノ秘儀を私に授けたあの娘なら、きっとすぐに子宝に恵まれる事でしょう……
母と娘にはなれなかったけど、親同士として付き合えるのね……あの娘風に言うなら、ママ友……っていうんだったかしら?
楽しみだわ……
そんな王妃様の期待を裏切って、レジーナとその旦那様は、二人だけの甘~い、糖分過多の日々を過ごしているのでした……
面白いと思って頂けましたら、評価願います。