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寵姫と王のスレ違い  作者: 九曜
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本編 1

説明回です。

寵姫ユーネリアの本日の午後は、兄であるサイモンの来客であった。ユーネリアにとっては唯一存命中の『肉親』が、兄のサイモンである。

実際は父親も存命で両親の親戚も存命しているが、ユーネリアの心情として『肉親』と認識しているのは5歳年上のこの兄1人であった。



後宮と王宮の境に設けられた応接室の長椅子に腰掛けると、先に来て待っていたのであろう、向の椅子に腰掛けてお茶を飲んでいた兄にユーネリアは声をかける。

「お兄様、息災な様で何よりですわ。」

ユーネリアの言葉でこの日の面会は始まった。



この日の客はユーネリアの実兄サイモンである。

ユーネリアとはよく似た美しい容貌で、プラチナブロンドの髪と紫の瞳を持ち、銀縁の眼鏡をかけた彼は誰に対しても素っ気ない態度から、『氷結の貴公子』と呼ばれているらしい。

ユーネリアもサイモンも色彩や容貌が、周囲から余り良くは思われない父親とよく似ている事を非常に忌避しているというのに、この兄を眺めていると父と似てしまったのも存外悪く無かったと思ってしまう。

ユーネリアとサイモンの生家である公爵家は、この国で厄介者の扱いである。父親の公爵は外見以外はクズだと専らの噂で、それは間違い無い事を、この兄妹は誰よりもよく知っていた。

放蕩者で自己中心的で努力が嫌い、そのくせ自分に自信満々で権力に対する欲だけは非常に高い、と身内としては頭を抱えるしかない存在だ。

そう考えたのは兄妹だけで無かった。父の親である祖父もその事を大変危惧し、せめて嫁はまともな女を宛がって修正を図ろうとした。その白羽の矢が刺さったのが、兄妹の母であるトーラス侯爵令嬢であった。

彼女は容貌こそ平凡であったが、その明晰な頭脳と優れた人格で国内に知らぬ者が無いと言われた存在だった。勿論、その様に優秀な彼女が、外見しか取り柄の無いクズとの結婚に難色を示すのは当たり前で、同じく納得のいかない彼女の家も含めて断固とした断りを入れたのは自然な事だろう。

しかし彼女に断られたら後が無い公爵家も、簡単には引き下がらない。喧々諤々の交渉の末王家までもが介入し、「厄介者の公爵家が出来るのは、国として問題だ。済まぬがご息女にアレの監督を引き受けてはもらえないだろうか?」と、当時の国王陛下にまで頭を下げられては彼女もその家も折れるしかなかった。

結局、美人でないのが気に入らないとごねる公爵子息に、国内有数の頭脳を持つ侯爵令嬢は嫁いでいった。


双方納得のいかない婚儀ではあったが、結果として父親からは容貌を、母親からは優秀な頭脳と人格を受け継いだ兄妹が生まれた。内面が気に入らない正妻にそっくりな我が子達を、父親は厭い無視した。否、忌避していたと表現する方が近いだろう。

その為、兄妹の公爵家での立場は難しいものであった。

祖父である前公爵が存命中が一番良い時期であったと断言出来る。幼少期を害意に晒されず過ごす事が出来たのは、祖父の庇護が有ったからだと確信している。祖父は兄妹を非常に可愛がった。「あの息子からこんなに良い子が生まれるとは・・・。」と、幼子にかけるには少々問題がある言葉をよく口にしていた。

その祖父はユーネリアが8才サイモンが13才の時に他界した。


その後、父親が受け継ぐべき領地経営等の仕事を本人が放り出し、代わりに母が精力的に行う事になった。兄妹と母親とのふれ合いの時間が減り、まだ幼いユーネリアは寂しさを覚えたが、賢い彼女はそれを口にする事で母や周囲を心配させると察して誰にも漏らす事は無かった。

また、兄も12才から良家の子息が通う学院に入学しており、寮暮らしで長期の休暇でしか帰宅しない事もユーネリアの寂しさを加速させた。

それでもまだマシだったのだ。

周囲にはユーネリアに好意的な使用人が多く、母は忙しい合間を縫ってユーネリアに愛情を示していてくれたから。現在最も信頼する侍女のフローラが、ユーネリアの側に仕える様になったのもこの頃だ。


ユーネリアの環境が恐ろしく悪化したのは、彼女が10才の時だった。

母が急死したのである。

父公爵は妻の喪が明けるのを待つどころか、母の死後たった1ヶ月で後妻を迎えた。己の責務を妻に負わせて遊び呆けていた父を軽蔑していたユーネリアだが、心の片隅に仄かに抱いていた父への期待をこの瞬間に放り投げた。

ユーネリアにとって父親は唾棄すべき存在となった。

更に後妻はユーネリア達兄妹に対して、悪意をあからさまにして憚らなかった。ユーネリアにとって地獄の日々が始まったのである。


後妻である義母は男爵令嬢だった。必要以上に前妻であった母を意識しているらしく、ユーネリアに「血筋だけのお嬢様」と揶揄して来た。大好きな母を貶められて内心腸が煮えくりかえったが、この義母を怒らせるとかなり不味い事になるのは明白だった為、己の安全を考えグッと堪えて冷静に対処した。

この義母が来てからユーネリアの生活は激変した。

父親がユーネリアを政略の駒にしたいとの思惑が有り、公爵令嬢としての教育は続けられたが、それ以外の時間は使用人として扱われる事となった。

主に下働きの仕事である掃除だの洗濯だの厨房の手伝いに駆り出され、使用人部屋に遷された自室には大量の繕い物が届けられた。それでもユーネリアに同情する使用人が居る内は良かった。『お気の毒なお嬢様』を助けるべく立ち回ったり、大量の繕い物を手伝ってくれたりと、味方が居る現実が非常に心強く慰められた。

そんな有り様を義母が許す筈も無く、好意的な使用人は1人、また1人と解雇されていき、代わりに義母の息がかかった使用人が増えていった。予想に難く無いが、これ等の義母方の使用人はユーネリアに対して恐ろしく冷たかった。

この頃からユーネリアの食事は使用人以下に代わり、量も質もまともとは言い難い代物になっていた。

本来なら頼りになるはずの父親は、娘の現状を見た上で黙殺する事を選んだ。ユーネリアの父に対する評価は更に下がった。


この様な現状に兄サイモンは黙っていられる筈も無かった。

学院から帰る度に痩せて表情を無くしていく妹に、危惧し焦りを感じていた。「このままでは妹の心が壊れる!」と必死になった。サイモンにとっても唯一の『肉親』なのだ。


サイモンは当てにならない父親に訴えた。

「もっとユーネリアに対して配慮して欲しい。」と。

忌避している息子、その言葉を父公爵が取り合うはずも無く、ユーネリアの待遇が改善される事も無いまま月日は過ぎ、ユーネリア12才サイモン17才の時、兄サイモンは父により廃嫡されてしまった。

義母が懐妊し男児を産んだ為である。

元々忌避し換言うるさい長男を跡取りにするのは抵抗が有った所へ、自分が選んで気に入っている後妻が産んだ子の方が可愛いのは当たり前。今までは嫡子としてたてる息子が1人しか居なかったので、嫌々その存在を認めていたが、己が心から愛しく思う息子が出来た事で、今までの我慢が吹き飛び廃嫡に至った。

廃嫡だけに留まらず、父公爵はサイモンに学院の寮から公爵邸に帰宅する事を禁じ、卒業後も公爵邸のみならず公爵領に近付く事まで禁じたのである。

それに因りサイモンは、ユーネリアに接触する事すら苦労する事になった。


帰る家を無くしたサイモンだったが、幸いにしてその明晰な頭脳をかった当時の王太子で現在の国王に拾われ、彼の側近となり現在若手の中では出世頭と見なされている。

当然給料も悪くないが彼は官舎に住み、大変慎ましい生活を送っている。

その慎ましい生活は貯金をし、王都に住居を購入して不憫な妹を引き取る為であることは、彼の親しい者達だけが知っていた。

勿論ユーネリアも知っている。兄は面会の機会を得る度、ユーネリアにその事を告げていた。

ユーネリアはその言葉を支えに、公爵邸での仕打ちに耐えていたのである。




結構不憫な兄妹です。

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