歴女死すとも自由は死なず?
月は綺麗だった。
夜空に浮かぶ満月を、私はベランダからニヤニヤ眺め、厨二病よろしくノリノリな気分で藤原道長の一首を詠む。
「この世をば~我が世をとぞ思う~望月の~欠けたることも~無しと思えば~」
マンションの6階から精一杯の演歌調を響かせたパジャマ姿の私は、ベランダの窓をガラガラと開けて後ろから出てきたお母さんに冷めた目で叱られる。
「みいちゃん、月を見て騒ぐ前に、髪の毛乾かしなさい!」
「はぁ~い」
風呂上がりで温まった体に夜風は思いのほか強烈だった。一句詠んだだけなのに、すっかり湯冷めしてしまった。ベランダからリビングに戻ると、小さなくしゃみをしてしまう。
「月を見てはしゃぐなんて、平安時代の人間か、美伊子くらいだな」
夕刊を詠んでいたお父さんが、笑いながら言う。
「お~よく平安時代の人間が詠んだ句ってわかったね。さすがお父さん」
「そりゃ父さんが『週刊日本の偉人100』を買ってるんだからな」
『週刊日本の偉人100』は、日本の歴史上の人物100人にスポットを当てた週刊誌だ。毎週、1人の人物にスポットを当てて日本史が語られる。私も父も毎週欠かさず読んでいる愛読雑誌。
私にとっての原点であり聖書だ。(沼でもある)。ちなみに『週刊日本の偉人100』自体は完結しているが、現在は『週刊新日本の偉人の100』を刊行中だ。
藤原道長の話から、お父さんは『摂関政治』について熱く語る。社会の先生から習った単語だ。授業で一回教わったけど、お父さんが語る日本史は社会の先生とは見る角度が違うみたいで、同じ日本史を喋っているのに全然違って聞こえる。いつもそうだった。
そして、私はお父さんと日本史について語るのが大好きだった。
お父さんと色々喋ったその日は、満月のように満ち足りた気持ちで寝床についた。
「平安時代の人も、忙しかったんだなぁ」
寝言のようなうわ言のような曖昧な言葉を残して、真っ暗な自室のベッドの上で深い眠りに落ちていく。
しかし、ぼんやりとした灯りが、睡眠を邪魔した。
「ん?なに?」
半身起こして辺りを見回すと、私の部屋全体が光っていた。
真っ暗な部屋が床からの薄明かりよって照らされている。
「なにコレ!」
慌ててベッドから飛び降りて、部屋を見回す。
光の発生源は、部屋の床からだった。
部屋の床には見たこともない魔法陣が青白く浮かび上がり、光の粒子を放っていた。
線をなぞるように視線を走らせると、星の形をかたどったシンプルな形が光っていることを理解する。
一筆書で描かれる丸に星の形。
「これは、密教とか陰陽道で有名な五芒星!!?晴明桔梗!?」
家紋のように浮かび上がったその魔法陣にビックリしてると、急に浮遊感を覚える。
「えっ......」
目の前の景色が一瞬にして消えた。
次の瞬間、満月の輝く夜空に、ふわっと体が放り込まれる。
そして、勢いよく落ちていった。
「きゃあああああああああああああああ!!」
悲鳴をあげながら頭から落ちていく。
髪の毛が上に伸びて、口に勢いよく風が当たる。急速に落下していた!
「いやあああああああああ!!」
瞳に涙を浮かべながら、落下先の様子を必死に確認する。
落下先には巨大な五芒星を描いた魔法陣があり、その周囲には魔法使いみたいな格好をした人々がこちらを呆然と見上げていた。
そして、そのまま落ち続け、魔法陣の中心に勢いよくぶつかる。
ドギャンと土煙を巻き上げながら、地面に体当たりする。
首がゴキッと折れる音がした。
痛みを感じる間もなく、意識を失っていく。
「せ、聖女様あああああああああああああ!!」
遠のく意識の中で、男の叫び声が聞こえた。
視界がぼやける。
パジャマ姿に血が染み渡る。
薄れ行く意識の中で、辞世の句を遺そうとする。
「板垣、死すとも、自由、は...」
有名な台詞を言おうとして、これは辞世の句じゃなかった。と思って言うのを止めた。
板垣退助は『板垣死すとも自由は死なず』って言った後、30年以上生きたし。
この言葉は歌じゃないし。
そもそも、私の名字『板垣』じゃない。
せめて、死ぬときはカッコいい辞世の句を引用すれば良かった。
そんな悲しい気持ちの中、私はこの世界で死んだ。
死んでしまったのである。
何も考えず、趣味丸出しで書き始めました。