明日の景色
何度この世界の景色を夢見ただろう。
幼い頃の事故で目が見えなくなってから、この世界の風景が全く分からなくなってしまった。
いくら泣いても視界が霞むことさえない、そもそも真っ暗な世界なのだから。
このまま一生何も見えずに生きていくしかないのだろうか...
出来ることなら世界の色を取り戻したいのだけれど。
そんな願いが簡単に叶うはずもなく不自由な僕の世界は傍にいてくれる君に救われている。
君は幼い頃から仲良しと言うだけだったのに、目が見えなくなってからも僕に親身に付き添ってくれている。
君の優しい声が聞こえてくる、僕を元気づけてくれるあたたかな歌声だ。
君の顔は事故のショックでまともに思い出せないけれど、その声にいつも助けられている。
君が僕の頬を優しく撫でる、その手に包まれていると心が安らぐ。
恐らく僕は君がこの世界からいなくなってしまえば生きては居られないだろう。
君という存在はそれだけ大きなものになっているのだから。
家族だって毎日は見舞いに来れないのに、君は毎日僕に会いに来てくれている。
勘違いとか自惚れとかではなく、君は僕のことを好きでいてくれている。
言葉でも毎日伝えてくれているからその思いが嘘ではないことは分かる。
真っ暗な僕の世界にあたたかな光を与えてくれているのはいつだって君だ。
僕には何も返せない、ただ感謝の気持ちをいつもの様に述べるだけだ。
そんな僕の暗闇の世界に転機が訪れた。
目の移植を手術のためのドナーが見つかったという事だ。
僕は1番に君にこの事を伝えた。
君は涙を流しながら嬉しそうに言葉を紡いでいた。
もうすぐ君の顔をもう一度見ることが出来る、それが何より嬉しかった。
世界の景色よりも何によりも大切な君のことを見たい、ただそれだけだ。
手術の日取りが決まる少し前の日に君は挨拶にきた。
忙しくなるらしく次に会うのは僕の目が見えるようになってからということだった。
僕は君と約束の指切りをして、愛を呟き、優しく口付けを交わした。
そして手術の日取りがついに決まり先生がひとつ聞いてきた。
目が見えるようになったら何を1番に見たいという質問に僕は即答で君の名前を呟き、その顔をちゃんと見たいと告げる。
僕が今まで生きてこられた君という存在を何よりも最初に脳裏に焼き付けたかった。
先生は最初から分かっていたようで君の顔を1番に見せてくれると約束をしてくれた。
そして手術は何事もなく終わり、数日経ってやっと目を開けることが出来るようになった。
1番に目に入ってきたのは安らかな君の寝顔だった。
先生は約束を守ってくれて君に合わせてくれたのだ。
もう二度と目を開くことも優しく歌うことも動くことも出来ない君の姿を目に焼き付ける。
僕は分かっていた。
家族でも毎日お見舞いに来れない君がいつも長々と僕に付き添ってくれていたのは君も入院してる患者の1人だってことに。
声を聞く限りどこも悪くなさそうな君がずっと入院しているということは実際にはいつ倒れてもおかしくない病気だってことも何となく分かってた。
それでも幼いころからずっと一緒にいた君が僕の前からいなくなるなんて想像出来なかった。
そして目の前の現実に僕は涙が止まらなかった。
やっと君を見ることが出来たこの目は君から貰った大切な宝物だ。
安らかな君の寝顔を僕は目に焼き付けて君にお別れの言葉を告げる。
誰よりも大切な君から貰ったこの目で僕は明日の景色を見ると決めた。
この目は僕のであり、君の目でもある。
だからこれから僕が見る明日の景色は2人の未来の思い出となる映像だよ。
これからも君と一緒に僕は明日を見るからね、2人の指切りの約束だよ。