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幻と現実の狭間≪ディ・グレンツェ≫  作者: 木箱てぃっしゅ
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6話

 ──十織が魔法士を目指すことに決まってから数日後。

 リリーナの体調も良くなったこともあり、本日より本格的に十織へ魔法を教えることになった。


「どこだよここ……、わかりにくい」


 前日に手渡された紙を睨む十織。

 そこには、魔法の練習をする場所が記載されていた。ただこの図はリリーナ直筆のようで、かなりわかりずらい。

 ──そうして迷いながらも、十織は目的地にたどり着いた。

 ここはイルズバード邸から少し離れたところに位置し、周囲には樹木ばかりで人気がない印象を受けた。そういった意味では、魔法の練習をする場所としては最適なのかもしれない。


「あ、来たな」

「おそいよぉ、十織」


 すでに待機していたようで、エーメルとリリーナは十織へ声を掛けた。


「すみません」


 二人の傍に近づく。すると、──リリーナは十織の頬を力強くつまんだ。


「他人行儀、禁止!」

「あ、ああ」


 流されるように、十織は返事をする。

 リリーナも納得したようで、手を離した。


「それじゃあ、始めようか」

「よろしくお願いします」


 十織も真剣な態度でむかう。


「早速だけど、魔法はどんなものか理解してる?」

「魔法──、それは魔素をもとに世界の現象に直接、間接問わず干渉すること……?」


 事前にある程度エーメルに魔法に関する知識を詰め込まれていたので、この程度ならば十織であっても答えられる。

 リリーナはうんうんと頷いて話を続ける。


「その通り。だけど、魔法は万能じゃないっていうことを忘れないこと。いい?」

「わかってる」


 この最たる例は今、目の前にリリーナだ。彼女の傷を治すにも本人が弱り果てていれば治癒の魔法がうまく機能しないように、何でもかんでも好きに世界に干渉できるわけではない。


「それじゃあ……、十織はまだ魔素を感じられないんだっけ」

「全くもって、さっぱり」


 そもそも魔素という概念がない世界で生きて来た十織に、そのような得体のしれない存在を感知しろなど難しい話である。

 しかし、リリーナもエーメルも困り果てていた。


「普通、どんなに魔力がない人でも魔素の感知はできるはずなんだ」


 エーメルは悩みの種を吐露する。


「その、魔素と魔力の違いってなんですか?」


 十織はリリーナとエーメルに質問する。今まで十織は魔素と魔力を等号で結んでいたが、今の会話を聞く限りそうではないのだろう。

 エーメルは面倒くさがらずに丁寧に説明を始めた。


「簡単に説明すると魔素は、──世界に満ちる現象の根源。魔力は、──ある生命体が吸収、貯蓄、放出をどの程度の規模で行えるかの尺度、みたいなものだ」

「……一般に恒常的に魔素の流入出をしない人間はいないはずなんだけどね」


 ──だからどんなに魔力がないといっても、魔素で息をしていれば空気同様に存在に気付くだろうと。

 リリーナの付け加えに、十織は大いに納得した。けれども、この状況自体予想外の事態なためか一向に解決策が見いだされない。


「どうするかなー」


 空を見上げるリリーナ。そうして何もしないまま、かなりの時間を過ごした頃にエーメルが渋々といった表情で思い付いた案を提案する。


「あまり、よくない方法なのだが……身体的にも精神的にも。でも、聞くか?」

「その様子だと、いい思いしないのは十織って感じね」


 そういってリリーナは、この後を聞くか聞かないかの選択を十織に委ねた。もちろん、十織は首を縦に振る。


「そうか、その方法なんだが──十織の魔素の流れを強引に一般的なものまで拡張する」

「げっ、──それは」


 エーメルの発言にもっとも過敏に反応したのはリリーナであった。その顔は、注射に怯える幼子を連想させるものであった。


「だからいった。……だけど、これしか手はないと思うぞ」

「それが確かに手っ取り早いけど、……十織はいいの?」

「……といわれても」


 しかし今の十織が行っている魔素の扱いが、詰まった排水溝みたいになっているならば強引に流してみるのも悪くないと思った。


「そうね、私からあらかじめ説明しておくと──めちゃくちゃ痛い」


 リリーナは震えながらエーメルにしがみついていた。それを無理矢理引きはがそうとエーメルは悪戦苦闘していた。

 しかし、十織はそんなものかと逆にほっとした。てっきり命の危険がある方法だと思っていたのでなおさらである。

 十織は苦笑いを込めてエーメルに意思表明をする。


「痛みはもう慣れっこですよ」

「……君ならそういうと思ったよ」


 やれやれといった様子でエーメルは頷く。その隣にすっぽんのようにエーメルにしがみつくリリーナは受けるわけでもないのに涙目になっていた。


「にしても、なんでリリーナはそんなに怯えてるんだ?」

「どうしてもなにも、私も昔にやられたからに決まってるでしょ!」

「……そうなの?」


 リリーナは至って普通に魔法が使えるのに、なぜそのようなことをする必要があるのか十織にはわからなかった。


「もっともリリーナの場合は、魔力が大きすぎて抑えるのがあまりに下手だったのが理由だけど」


 エーメルが補足を入れる。


「ええ、そうよ。その時は、あまりに痛くて泣き叫んだわ」


 握りこぶしを作り、過去を振り返るリリーナ。それを見て、十織はどこか面白おかしくて笑ってしまう。


「へえー、十織はそうやって笑うんだね」


 リリーナが柔らかに笑って指摘する。それによって、十織本人が今笑っていることを再度自覚する。

 長らく忘れていたこの感情をまた味わえてよかったと心から思った。

 その横で、エーメルはひとつ大きく息を吐き出すと十織に向き直る


「それでも、やるかい?」

「はい」

「それじゃあ、詳しい説明を始めよう」


 どうやらエーメルの説明によると、はんば強引に魔素の循環を制御すると普段にない魔素の動きを感じる感覚が顕著となるらしい。

 その感覚を掴めば、めでたく魔法が使えるという構図なのだが、おいしい話ばかりではなくその際に起きる副作用がある。

 ──それが、普段しない魔素の流れを身体が異常と認識して、それを痛覚として知覚してしまうようだ。

 ひとしきり説明し終えると、エーメルは申し訳なさそうに一言付け加える。


「それでこれをやるときなんだが、少し十織を拘束させてもらう。たまに痛みで暴れ回る者がいるからな」

「はい、大丈夫です」


 するとエーメルは枷の形をした枷を生成して、膝立ち状態の十織に取り付ける。

 流石の十織もどこか心がそわそわして落ち着きがない


「十織にこの姿を強要するのは、申し訳なく思ってる。悪しからず」

「お気になさらず」


 一呼吸おいて、エーメルは最後の確認をとる。十織は、この間の緊張感に固唾を飲みこんで待機する。


「いくぞ?」

「……おねがいします」


 ──間もなくして、その痛みはすぐにやって来た。


 それはまるで内蔵がミキサーにかけられているような錯覚を起こすほどの激痛であり、膝立ちが維持できずに地面に倒れ込む。


「ぅああ、ああああぁあ!?」


 あまりの痛みに転げまわりそうになるが、地面にうつ伏せで拘束するように水の縄が生成され見事に十織を縛り付ける。


「十織くん! 今どう魔素が流れてるか感じるんだ!」


 エーメルは十織は必死に呼びかける。

 しかし十織からの返答はなく、ただ苦痛と戦いを繰り広げているように見える。

 けれどそう見えただけで、エーメルの声はしっかりと十織に届いていた。


(や、やばいなこれは。奴隷を躾ける時の首輪に似た感覚だ……)


 朦朧としはじめる意識の中、エーメルの言葉が十織の耳に届く。そして、事前に言われていたとおり魔素の流れというものを意識してみた。

 今回は思いのほか、簡単に感じた。もっともそれは尋常ならざる痛みによる道しるべがあったからこそであるが。


(なる、ほど。……そこに意識も向けたくないが確かに感じる、な)


 それはなんら呼吸をする感覚と変わらない。ただ、肺という臓器、筋肉を用いるかそうでないかが違うだけで。

 こんなにも自然にできる動作を知らなかったことに十織は驚いた。

 ──そしてエーメルが作ってくれている魔素の流れを模倣する。


「──っ!!」


 十織が模倣して自ら魔素の循環を行いっていることをエーメルも感じた。それに合わせて徐々に十織の魔素の流れを尊重するように無理やり作った流れを減少させていく。

 ついに、エーメルは十織から手を離した。

 それでも、十織からはしっかりと魔素のやり取り──魔力が感じられる。


「やればできるじゃないか」


 エーメルは拘束を解除する。枷や縄となっていた水は形を失い地面へと帰っていった。

 リリーナとエーメルは十織から発する弱々しくも力強い輝きに目を引かれていた。その魔力の色はどこまでも神々しく輝く白銀であり、それは――時折見せる白銀色の瞳の輝きと同じであった。

 枷が外れて自由になった十織は、ゆっくりと立ち上がるとエーメルとリリーナへ身体を向ける。


「──これが、魔力?」


 自身の身体から発する輝きを見て、不思議そうに聞く。


「そうだよ、よかった! 苦労した甲斐あったね」


 どこからか湧いてきたリリーナが十織に言葉を返す。その様子は、はしゃいでいる子供を連想させる。


「これが……!」


 確認を終えると、十織は魔素の循環を止めた。すると、いつも通りの黒髪黒目の十織へ戻った。

 やはり不思議だった。こうして魔素の循環をやめたが、その感覚ややり方は遥か前から知っているような錯覚をする。


「──なんで、こんなこと知らなかったんだろう」

「成功したようでなによりだ。にしても……」

「……?」


 再びエーメルは難しい顔になり、顎に手を当てて歩き始めた。その行動に十織は首をかしげているとリリーナが教えてくれた。


「たぶん……、というか絶対、十織の魔力が不明瞭な点だと思う」

「そうなのか? でもあれは魔力なんだよね」

「そうね、あれは魔力で間違いない。ちゃんと外部との魔素のやり取りを感じたから」


 十織は、ますますわからなくなった。そもそも魔力に関しても基礎中の基礎しか知らないので、これがどうおかしいのかさっぱりであった。


「えっと、例えば私が魔力を放つと──」


 リリーナの周囲が蜃気楼のようにゆがみ、それに応じて金色の気のようなものがまとわりつく。

 その勢いは十織が数秒前に見せたものとは、──規模が違い過ぎた。リリーナが纏うそれはあまりに大きく猛々しい。

 リリーナは魔力の放出を止めると、説明に戻る。


「というように人が発する魔力は、五大属性のいずれかに必ず分類される」


 五大属性、──それは火、水、風、光、闇の五つの属性であり、ありとあらゆる自然現象を五つに分解した要素で表現するためのもの。

 もっとも十織はそれを胡散臭いと思い深く考えなかった。何といっても前の世界は技術が行きつくところまで到達した世界。そんなもの、信じろということの方が難しい。


「じゃあ、おれは光じゃないの?」

「私もそう思ったのだけれど、なんか違う……気がする?」


 なぜか逆に聞かれて、二人して首をかしげる。光の黄色に多少の変化があっただけと捉えて何が問題かわからない。そもそも、白色であることの何が不可解なにか理解していない十織は率直に尋ねる。


「というか、何が問題?」

「まあ、そうよね……。エーメルはどう思う?」


 世界に入り込んでいたエーメルは十織を見る。

 そしていつになく真剣な表情と共に、──口を開く。


「さっぱり」

「「おい」」


 リリーナは盛大にずっこけた。十織は傍からそこまでしなくてもと、冷たい視線を送る。だが、エーメルは付け加えるように──


「──ただ、十織の魔力の色は、わたしが知っている歴史上誰一人としていない。というか存在しえない色こそ白なんだ」

「──っえ?」


 瞬時に空気が変わる。エーメルは声のトーンをさらに落として最後まで言い放った。


「黒は全属性を含むものだが、その対に存在する白――そんなものは存在しない。

 黒をこの世すべての『有』というなら、白はさしずめ『無』……であろうか」


 理解が追い付かない。そもそも理解できないが正しかった。


 ──全ての現象を五つの要素に分離したものが属性で、その要素を魔力が含んでいるとするなら、()()()()()()()()()()()()()()()()


 だいたい、この考え方自体正しい保証などどこにもない。

 いつも補足や答えをもたらしてくれたエーメルやリリーナすらも、今回は完全に黙り込んだきりだ。

 もし属性がわかったならば魔法の習得に入れたが、それもできない。そもそも何の魔法が使える魔力かすらわからないのだから。


「──っあ……、もしかして」

「何かわかったのか?」


 十織の意味深な発言に、エーメルとリリーナは反応する。十織は覚悟を決めて、エーメルとリリーナに話す。


「い、いや……。おれはガルドに何かやられたんじゃないかと思いました」

「それはないから安心してくれ」


 エーメルは考える間もなく十織の言葉を一蹴した。


「どういうことですか?」

「何、ガルドが残した書類上ともに君に何も施していないと残されていた」


 エーメルは王政にてこの書類の内容は正式に認められていると付け足す。

 以前、王都から来た医者に身体を見せたことがあった。きっとそれはこの書類が正しいことの裏付けを取るために王政が派遣したのだろう。


「そう、なんですね」


 十織は安心する。けれども、これでいよいよこの白い魔力が何であるかわからなくなってしまった。

 不意に春先の涼しい風が頬を撫でる。


「魔力が掴めた。それだけでも大きな一歩だし、きっと必要になればこいつは必ず何か教えてくれると思う」


 ──だから、そう付け足して十織は笑う。


「ありがとう」


 焦りに駆り立てられているはずの十織は手詰まりな状況に陥ってなお、前向きない姿勢をみせる。

 そんな姿がリリーナやエーメルにとっていつになく頼もしく見えた。


「今日の練習はここまでにしておこう」

「そうね」

「……わかった」


 十織たちは魔法の練習を切り上げて、屋敷へと戻った。

 屋敷についてすぐ、エーメルは立ち止まる。


「わたしは父上に一応、今日の出来事を報告しようと思う」

「マメなのね」

「父上はあくまで監視としているから、形だけでも残して置かないと何かあった時にまずいのだろう」


 エーメルの説明はまともなもので、リリーナは納得した。

 こうしてエーメルと別れた後、部屋が隣り合わせということもあり十織とリリーナは再び歩き始めた。


「あ、そういえば」

「……?」


 言葉を交わすことなく歩いていた時、突然リリーナは声を上げる。十織も急に声をあげたリリーナに驚き、意識を向ける。


「……そういえばね。私、あの時の食事会みたいなの欠席しちゃったでしょ」

「まあ、そうだな」


 十織はエルメウスと初めて知り合った日に、リリーナが食事会のようなものを欠席したのを思い出す。


「だから、それを埋めあわせようと思って懇親会みたいなのをやろっかってエーメルと話してたの」

「そうだったのか」

「でも、今の今まで忘れてて伝えそびれちゃった。……ごめんね?」

「別に謝る必要はないと思う」


 十織は表情を変えることなく答える。


「そう? それで、日程なんだけど一週間後にやるつもり。大丈夫そう?」

「特に問題はないよ」


 今の十織は魔法の訓練やこの世界の勉強以外にやることもないので、いつに行われようが変わりはなかった。

 話をしている間に十織とリリーナは自室の前に着いてしまう。


「あ、もう着いちゃった。じゃあ、そういうことで」

「わかった」

「じゃあね」


 そう言ってリリーナは自分の部屋へと帰っていった。

 十織も自室の扉についているノブを握り、捻って部屋の中へ入る。

 そして、十織は部屋に入ってすぐ水で濡らした布で身体を拭いて、部屋にハンガーに掛けて置いてある部屋着に着替える。

 身体も服装も清潔になったところで十織はベッドに身を投げた。

 ベッドの柔らかさに身を包みながら、今日一日を振り返る。

 ──白い魔力。

 十織にとってはただの珍しい色だったが、エーメルやリリーナの様子を見る限りそうではないのだろう。

 ──それが意味するものとは?

 エーメルをもってしてもわからなかったことは、十織にもわかるわけがなかった。加えて、十織に思い当たる節があるわけでもない。

 しばらくベッドの中で考えて見るが、確からしい回答を見出せず十織は考えることを諦めた。

 ベッドに入っていることもあり、十織は眠気を催す。

 それに十織も抗うことなく、安らかな夢の世界へと意識を落としていった。


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