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幻と現実の狭間≪ディ・グレンツェ≫  作者: 木箱てぃっしゅ
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4話

 ──感じる。

 それはただ何もないということ。辺りを探ろうにも手も足も、もはや目があるのかもわからないほどの“無“に十織はいた。

 ただ意識と自我のみで存在しているような十織は、ようやくこうなった経緯を想起する。そして、理解する。

 ──ああ、死んだのだと。

 続いて胸の中を埋め尽くしたものは、やり切れなさと後悔だ。けれど、涙を流す身体すら存在しないことがさらに皮肉となって十織を締め上げる。

 ──おれは何のために生まれたのだろう?

 振り返れば返るほど、わからなくなる。

 たった一度も自分で決めたことすら満足に貫くことすらできず、たった一度も大切な人たちを守ることができなかった


「もし、次があるならば……」


 誰にも伝わらないと、無意味だと知っても無い手を虚無の彼方に伸ばす。

 今度こそは絶対に貫き通そう。

 今度こそは必ず守り抜こう。

 今度こそ──


「──誰も、泣かせない」


 これを誰かに呪いと言われようと、おれは一緒背負って運命と戦い続けるだろう。

 それで、大切な誰かが幸せになれるのならば。

 無いはずの虚無の彼方に一筋の光がこぼれ落ちる。

 それに導かれるように、十織は穏やかに目を閉じて光を受け入れた。

 この先に待ってるものが何であれ、満足な一生を送れると信じて。


 ◇◆◇◆◇


 ──静かに十織は目を開く。ただ、視界は目を手で押さえつけた後のような鮮明と言えるようなものではなかった。

 けれど、この空間の雰囲気は悪くない。少なくとも前いた場所では。

 そこで、気づく。

 ──なぜ、記憶があるのか?

 十織は死んだはずだ。なら、たとえ輪廻の輪の通りに転生をしたとしても記憶があまりにも鮮明なのだ。ついさっきと言わんばかりに。


(ま、まさかっ)


 信じられない仮説を胸に、力の入らない身体を動かす。辛うじて、片方の手で腕をつかむことに成功する。

 そして、その疑念に対する答えを得た。


 ──おれは死んでいない。


 十織が掴んだ腕は、やせ細った何とも嘆かわしい腕をしていたのだ。しかし、この結果は十織の記憶との矛盾を生じさせる。

 どの視点から眺めても、あの状況で助かるわけがない。これがかえって不気味さを増大させ、ついには動悸に似たような症状まで現れ始めたところで、不意に声をかけられた。


「大丈夫か? ……一応山は超えたようだな」


 その声は、ガルドの奴隷として存在していた頃にとてもお世話になった人でもあり、十織たち奴隷をいともたやすく屠ったものでもある。

 視界は八割回復しており、今十織はベッドの上に寝かされてる状態であることを把握した。そして、彼女はその隣の椅子に掛けて十織を見ている。


「……」


 すぐには応えられなかった。どこまでも臆病になった本能が沈黙を選択させた。

 けれで彼女──エーメルは構わず気さくに声を掛ける。


「まあ、そうなるのも仕方ないかもしれない。君からしたら、『君を殺害しようとした者』だものね」


 そんなことは知っていると言わんばかりに、エーメルの目から一瞬も視線を外さない。

 そう、十織が今知りたいことは――


「──なぜ、私たちがあなたを生かしているのか? かな、君が考えていることは」


 今しがた内に秘めた疑問を代弁されて、目を見開く。けれど、それだけであった。それに対しエーメルは、柔らかに笑って話を再開する。


「少し真面目な話をしようか――」


 そういって、エーメルの表情はいつになく締まったものに変わった。それを見て十織も下手を打てないと察する。


「――君は、どうしてあそこまで生に執着する? 正直な話、今の君には何もする能力も可能性もないんだよ」


 エーメルは理解など程遠いと言わんばかりに十織の瞳を視線で貫く。


「──その目だ。そのどこまでも強い意志を宿す瞳……」

「…………」


 十織は喋らない。

 エーメルも業を煮やしたようで、まっすぐ切り込む。


「──一体、君にそこまでさせるものとは?」


 エーメルの顔は笑っていない。

 しかし、彼女の表情がどのようなものであれ、十織が答えるものは何一つとして変わらない。

 心よりも深くに刻まれた願い(のろい)を口にする──


「……約束、したんだ」

「それは……?」


 エーメルも十織の目をしっかり見据えて、待つ。

 十織は、俯き至れなかった悔しさにしばらく胸を抑えながら、言葉に乗せて紡ぐ。


「ゆりなを、守るって。今度こそ、家族を失わないって――もう、大切な人が泣くのを見るのは嫌なんだ。それこそ、腹に穴が空くよりずっと痛い」


 どこか遠くを見るように想いを吐く十織。

 ──エーメルはそんな十織の瞳から目が離せなかった。

 そこには、十織に宿る決意の重さを物語っていたからだ。

 ──加えて。


(あの時と同じ目だ)


 エーメルは十織の瞳を凝視する。

 今の十織の瞳はいつもの黒金を思わせる虹彩ではない。それはまるで、──神性すらも感じる美しい白銀に虹彩が輝いているのだ。


 ──エーメルは思い返す。十織がプラチナブロンドの女に殺害されかけていた最後の瞬間を。


 ついに十織は逃げることすら出来ず、彼女に胸へゼロ距離で魔法を発動させる寸前──

 十織は最期の抵抗と言わんばかり彼女の腕を力の限り掴んだ。

 ──けれど、抵抗の甲斐なく。

 鮮やかなまでに、致命級の一撃をゼロ距離でもらったはず――だった。


 ──実際に倒れたのは魔法を放った彼女であったのだ。


「リリーナ!?」


 十織がどういうからくりを用いたか不明だが、プラチナブロンドの女──リリーナは自ら放った光線を左肩近辺をひどく損傷。

 エーメルは慌てて、リリーナの治療に取り掛かる。

 その片手間に、──エーメルは十織へ目を向けた。

 状態は危険といって間違いない。貫通はしていないものの、胸部は抉られたような傷があり絶えず流血している。

 ──その時、数十秒意識を失っていたリリーナが目を開く。


「大丈夫か!」


 エーメルは声を大きくして、リリーナの肩に手を伸ばす。

 意識を取り戻してすぐ、リリーナは今の状況を把握。そして、口にした言葉は──


「エーメル、……この子も手当してくれないかしら?」


 一瞬固まるエーメル。けれどすぐに、静かな物言いで返す。


 「何を言っているのだ? 本来、彼は死ぬべき人間。このまま放置するだけで……」


 すると、彼女はくすりと微笑み自信に満ちた声で答えた。


 「私がとどめを刺そうというのに、諦めるどころか抵抗してきた。あとは、主な理由としてあの子の瞳に吸い寄せられた、かな」

 「たしかにあの一瞬、彼の瞳は白銀色に輝いてたが──」


 エーメルがまくし立てるが、それを寸断するように彼女は口を挟む。


 「それもそうね。けど、私がいいたいのは彼の目に宿る強い意志──あんなに謙虚ながら力強く輝くものは初めて見た。……あなたもわかるでしょ?」

 「…………」


 いつの日か見た十織の瞳に、興味をもった。

 だからこそ、返す言葉が見当たらなかった。

 エーメルは彼女の止血を済ませると、十織の手当を始め、一言を彼女に投げた。


 「はいはい、わかったよ。……そのかわり覚悟だけはしておくことだな」

 「……わかってる」


 そうしてエーメルは十織の応急処置に乗り出した。


 ──エーメルが記憶を遡っていると、隣で十織はひどく咳込み始めた。そこには血が混じっており、十織の身体は全く良いとは言えない状態であった。


 「そう。でも、今は休むことが先決だ」


 そういって、エーメルは眠らせる魔法を起動するが十織がこちらを振り向き薄れかけの意識で言葉を紡ぐ。


 「おれの名前、は……、と、おる、だ……」


 そう言って、十織は夢の世界へと旅立った。


 「十織……、たしかに君って呼ぶのは他人行儀だと思ってたところだった」


 十織に掛け布団をかけなおすと、そっと立ち上がりこの部屋を退室した。


 ◇◆◇◆◇


 どれだけ時間が経過しただろう。

 とりあえず、数十回は陽の登り沈みを見てきた。おそらく数十日の間、十織はベッドに寝かされていたのだろうと十織が推測する。

 時折、エーメルが十織のいる部屋にやってきて話をした。

 ここの地域のこと、美味しいご飯、お気に入りの馬や村の子供達など。

 それを聞いてますます、この世界が十織たちの知る世界では無いということがはっきりとしてきた。

 もっとも、今更この程度何も驚かない。

 すでに前の世界では経験できない最低な体験をかなり長い間経験してきたのだから。

 ここ数日は、食事が取れるようになった。それは、前の世界でも出でくるような、一般的な病人のための消化にいい食事である。

 けれどそれが、今まで食べたものの中でもっとも美味しく感じ、涙をこぼしていたのは十織だけの秘密だった。


 「十織、……今日は君にあってほしい人がいる」


 つかつかと部屋にやってきたのはエーメルであった。

 変化といえばあの時以来、エーメルは十織のことを名前で呼ぶようになった。


 「誰、ですか?」


 十織はエーメルに質問するが、苦笑いの後に頭をかいて返答を濁す。

 これに十織は警戒心を煽ってしまったと、エーメルは一言付け加える。


 「いうならば、いつかはやらなきゃいけないことだ」


 そういって、エーメルは十織を強引に部屋から連れ出した。

 ──エーメルに強引に連れ出されてから数分、とある部屋の扉前まで連れてこられた。これは、十織にとって少し既視感だった。もちろんいい意味ではないが。


 「入るぞ」

 「……?」


 落ち着かない表情で十織の顔を見るエーメル。

 だが、それも一瞬。

 エーメルはノックをすると、返事を待たずに扉を開けた。そして部屋へ足を入れて、──エーメルによって前に突き出される。


 「──えっ」


 すぐさま十織は固まる。

 十織の眼前には、腰まで伸びてなお張りが失われていないプラチナブロンドに海よりも深い碧眼を持つ女の子。

 ──そう、あの日十織の息の根を何の表情も変えず断とうとしてきたリリーナがベッドの上で上半身だけを起こした状態でこちらを見ていた。

 もはや脊髄反射に近い反応で、十織は扉へ手を伸ばすがエーメルによって阻止される。


 「なぜ!?」


 ──エーメルは、静かに答える。


 「十織、君は彼女――リリーナと話をするべきだ」

 「何を話せって言うんだ」


 十織の言葉にエーメルは冷たい態度で返す。


 「さあ、それは君次第だ」


 仕方なく十織は意識をリリーナに当てる。

 けれど、会話は起こらずにただただ時間だけが過ぎていく。

 もともと十織に話をする気が無かったこともあって、この沈黙はとても重苦しい空気となってしまっていた。

 ──しかし、その間もついにリリーナによって破られた。


 「その……、傷はどう? 身体は大丈夫?」

 「え?」


 十織は間抜けた声をあげる。

 それもそうだろう。

 ──リリーナはあろうことか、十織の体調を気にするような発言をしたからだ。

 これは十織にとって全くの想定外であった。

 リリーナは十織の反応に、十織から目線を逸らしてぼそりと呟く


 「まあ、そうだよね。あなたの目の前で何人も奴隷を殺して、あまつさえあなたを殺そうとした私が言ったところで……」


 リリーナの口にした内容が十織の脳内で反響する。

 それは徐々に感情として形を変えて、胸の奥で黒い渦となっていった。

 ──そもそも、人が人に何の権利があって死を一方的に与えているのか。

 ついに、それが爆発する。

 何とかやり過ごしたいという思考に対して、この行動は明らかな自己矛盾に陥っていると知って。


 「お前はぁ――」


 そういって歩みより、リリーナの胸ぐらを乱暴に掴む。

 制止しようとエーメルは動くが、リリーナの動くなという目の合図でそれは行われなかった。

 そして──


 「一体人の命を何だと思っている! あの場にいた、誰もが誰も死にたいと望んでいたわけじゃない、そうだろ!」


 それでもリリーナはこの言葉に対して表情を一切変えず、真摯に受け止めていた。

 ──その上で。


「──じゃあ、あなたにはあそこにいた三十近くの人間を救う方法があったと?」


 静かに応じるリリーナ。それに対して十織はリリーナの襟元を乱雑に引っ張る。


 「そういう話じゃない! 何で皆殺しなんだ? 他に方法がなかったのか、奴隷として再び生きる道、一人でやり直す道とか」


 リリーナは明らかに怒りを込めた目で、十織を睨み返した。


 「……簡単にいわないで。奴隷として再び? 普通なら大いにあり得た選択肢よ、でもあなたたちの存在や情報が漏洩することは全体に許されない」


 リリーナは胸ぐらを掴む十織の腕を、左手で握り潰さんという勢いで掴む。


 「一人でやり直す? 生体兵器と化した可能性がある人物を野放しにしろと? じゃあ、それを誰が責任を持つの? ……そんな状況で、どうしろと?! 私だって、好きで人を殺してるわけじゃない!!」


 涙目になって訴えるリリーナ。流石の十織もたじろぐ。

 そこで十織は疑問に思う。


 ──なぜ、自分が生きているのかなおさら意味がわからない。


 しかし、わかるわけもないので聞くしかない。冷や汗を垂らしながら、口を震わせつつ声を絞り出す。


 「どうしておれは……?」

 「いい機会だから、教えてあげる。私の名は元・フリューゼルト伯爵家の長女リリーナ。……まあ、今は君を匿ったことでフリューゼルト家を追放処分された、だだのリリーナ」


 十織は、まるでわけがわからないという様子だった。

 それもそうだろう、処分以外に選択肢がないというのに。だいたい、リリーナが十織に手を貸す理由などどこにもないはずだ。


 「……追放? おれなんか助けなきゃ、人生バラ色だったんじゃない、か?」

 「そうね、全くもってその通り……ね」


 本来処分するべきものを匿い、その上で理由をつけて保護をした。規律と見た目を重んじるフリューゼルト家は、保護を譲らないリリーナを追放した。

 それを聞いたエーメルは、リリーナにこの屋敷貸すことに決めたのだった。


 「なら、どうして……。おれなんか放置しておけば」


 今にも飛んで消えそうな風船のようになっている十織の胸ぐらを掴み返し、──鼻と鼻が接触する近さまで引き寄せる。


 「――思ってもないことは言わないことね。あなたの目を見ればわかる。とてつもなく僅かだけれども、奥底で輝く重い光を宿す瞳を見ればね」


 リリーナは十織を手放し話を進める。


 「そして、それがきっと私の未来をかけてでも守るべき光だと思った」


 リリーナは誰が何と言おうと間違えではないと言わんばかりに言い切る。


 「…………」


 そんな大層な人間ではない、そう十織は心で呟く。けれど、これを口にする勇気まではなかったので沈黙を貫く。


 「だから、あなた一人救うために、将来の安定という対価を支払った。君一人でこれだ、これでもまだ残りの奴隷たち全員を救うと言える?」


 「……わからない」


 十織は苦汁をなめるような気持ちだった。


 ──また運命に抗えず、今回はたまたま彼女に気に入られただけという運で生き延びた。


 ふと、十織は自分の手に微かな血痕が付いていることに気づく。さらに、胸ぐらを掴んだことで乱れた病衣から血の滲んだ包帯が巻かれていることに。


 「どうして、お前がこんな傷負っているんだ?」

 「……覚えてないのね。これはあなたがやったことだと」

 「うそ、だろ……?」


 十織の記憶には全く記憶になかった。第一に、こんなことをする力など持ち合わせていないはずだ。


 「ふふっ、まったくどんな魔法を用いたのやら。私が放った光線を半分以上反射するなんてね」

 「でも、やった……記憶がない」

 「まあ、そんなときもあるよ」


 そういうと、リリーナは先程のシリアスな雰囲気とは一変して明るいただの女の子として振舞っていた。

 それがどこか十織にとって不自然で──


 「リリーナは公務中はおっかないけど、本当はあんまりツンケンしてないぞ。十織もそっち方が可愛らしいと思わないか?」

 「エーメル? どういうことよそれ! おっかないは言い過ぎだわ!」


 むっとして答えるリリーナ。

 けれど、出会ったときに比べてリリーナはどこか生き生きとしている印象を受けた。


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