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幻と現実の狭間≪ディ・グレンツェ≫  作者: 木箱てぃっしゅ
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3話

 

「起床!」


 ──あれからどれだけの朝を迎えただろうか。

 重たく閉まる瞼を無気力に開けると、配られた食事に手を付ける。


(あのまま眠り続けられたら、どれだけ幸せなのだろうか)


 睡眠時間が足りていないわけではない。もっとも、熟睡など過去での出来事であるが。

 十織は食事を終えると、監督によって開けられた寝床の扉から作業場に向かう。

 ──こうして、今日も無意味な一日が始まった。

 いつもと変わらず。

 奴隷たちは軋んでいると錯覚しそうなほど、頼りない足取りで作業場に向かっていく。

 すると、──監督はどこか落ち着かない様子で十織へ足蹴りをする。


「はやく歩け!」

「……すみません」


 十織は機械的に言葉を返した。

 そうして、監督に追われるように足を進める。


(……なんだろう)


 十織はゆっくりと行動していたつもりはなかった。

 しかし、十織はすぐに考えることをやめる。

 ──そのようなことに意味など無いと知っているから。

 過酷な労働で削られた体力では、思考を巡らせる労力すら惜しい。

 ──作業場に到着した十織は、与えられたノルマをこなすべく適当に積まれている黒い箱の運搬を始める。

 大きさは十織が両手で抱えられるほど。けれど、その箱の重量は水バケツが複数個入っているのではないかと感じるほど重かった。

 だが、文句の一つもこぼさず作業に取り組む。


「──あ」


 十織の近くで、同様に黒い箱を運搬していた少年が倒れる。

 ──そこへすかさず、監督がやってくる。

 十織は少年と監督のやり取りを、横目で一部始終を見届けた。


「そこ、何をしている!」


 少年は気を失っているようで、監督の言葉に応じない。

 すると、監督は少年の頭を力強く踏みつけた。


「……ぁ」

「お前、誰の許可を貰って寝てた」

「すみ、ません」


 怯えるように謝る少年。

 しかし、監督は少年の髪を乱暴に握ると鳩尾に膝を入れる。


「す、……せん」

「クソ、ただでさえ今日は忙しいっていうのに。使えねぇ」


 そういうと、周囲の奴隷に八つ当たりをしながら立ち去っていった。


(やっぱり、今日は忙しいのか)


 監督がさり気なく口にした言葉に、十織は監督たちがソワソワしている原因であると思った。


 ──作業を始めて長い時間が経過した。

 日はすでに真上を通り過ぎて、少し時間が経てば空は夕焼け色に染まるだろう。


「手を抜くな!」

「失礼しました」


 監督に注意される十織。

 その監督はまるで人を探しているような素振りを見せる。

 今までに監督がこのような振る舞いを見せたことがなかったので、十織も不思議に思った。

 ──だが、この原因は思ったよりも早く判明する。


「こんなこ汚ねえ場所に、いちいち来なきゃならねぇとは……」


 十織は理解する。

 ──今日一日、監督たちが不自然に浮ついていたのはこのイベントが控えていたからだと。

 十織たち奴隷の前には、主人であるガルドがこの汗臭い作業場に現れる。 


「「「ひっ」」」


 奴隷たちは揃って、怯える。

 何せ、この作業場にガルド本人が足を運んだことなど一度も無かった。

 そうなれば、何事かと怯えて当然だろう。


「ガルド様、お待ちしておりました」


 応対したのは、この作業場の責任者だった。

 

「あれは?」

「はい、こちらになります」

「お、いいねぇ」


 ガルドは彼と共に、この作業場の奥へと進んで行った。


「ボケっとするな! 作業に取り掛かれ!」


 監督の言葉で、奴隷たちは次々と与えられた仕事を再開する。

 十織も平常通り、身体を動かす。

 ──別にガルドが現れようともこの生活から逃れられるわけでもない、と頭の中で繰り返して。

 

「異常事態だ!!」


 ──突如、監督の切迫した声と共に作業場に警報らしき音がうるさく鳴り響く。

 これは十織でさえ一度も聞いたことのないものであったが、彼にとってこれはただの嫌な音程度の意味しかもたない。

 けれど他はそうではなく、焦りを含んだ会話が繰り広げられている。


 「おい、何が起きている!」

 「わ、わかりません。急に製造機がはじけ飛びまして……」


 十織はあたりを見渡すが、それらしきものは確認できなかった。

 ──おそらく、違う場所で起きたのだろう。

 十織はそう他人事のように考えていたとき、──監督の頭上に通っていたパイプラインが爆発した。

 当然十織にもその脅威は襲い掛かり、その風圧で壁まで吹き飛ばされる。


 「かはっ……」


 血液を微量含んだ空気が十織より吐き出される。

 けれど最も近くにいた監督者たちは直撃したようで、見るに耐えない姿になっており、とても生きていられる状態ではなかった。

 十織は致命傷を受けてうなだれる彼らを放置して、ガルドが向かった方向──作業場の中心とは反対方向に歩き始める。


 「や、止めてくれえ!」


 十織の進行方向より、男の悲鳴が聞こえた。

 ──重い足を動かして、さらに進む。


 「──なんだ、こいつ」


 十織の前には、騎士のように厚く頑丈そうな甲冑に身を包んだ人間が剣を持っており、その隣で監督者が斬殺されていた。

 その騎士は用を終えたようで、十織へ向かって歩き出す。


 「あ、ああ……」


 ──斬られる。

 そう十織は思い、逃げようとするが、足が絡まり倒れてしまう。

 死を確信して目を瞑るが、──いつまで経ってもその時はやって来なかった。


 「……」


 騎士は十織のことを無視して、作業場の中心部へ走っていく。

 十織はそれを一瞥すると、幸運ながら手にした命を燃やすようにさらに歩く。

 足取りは決して早くなく、弱々しいものであった。

 ──けれど、そんな弱々しい様子とは異なり、握られた拳は血が滴るほどに強く握られていた。


 (たぶん、二度とないチャンスだ)


 今の異常事態に紛れて、脱走を企てる。しかし、脱走した奴隷の末路など決して明るくない。むしろ生かされること自体稀である。

 ──それでも、十織にとって最後のチャンスであった。

 もし、この事態が起きず一生奴隷として生きていくならば死ぬことを喜んだだろう。

 その生き方において、生きるも死ぬも十織にとっては変わらない。

 ──けれど。

 十織にはどうしても、叶えなければいけないことがあった。

 不意に脳裏に浮かぶ、十織の両親にゆりなの姿。


 (必ず助けるって言った、二度と大切なものを失わないと誓った──!)


 十織の身体は日頃の重労働と栄養不足が影響して、すでに動くことも難しい状態だった。

 ──それでも歩くのをやめない。

 それは希望を捨てることに等しいから。

 重々しく足を前に進めてからしばらくして、またしても異変が起きた。それは徐々に大きくなっていき、しまいには立っていることが難しいほどに揺れ始めた。

 十織は収まるのを待つべく地面にしがみついていた時、一際大きな衝撃が十織の身体を突き抜ける。


 「なん、なんだ?」


 かろうじて意識を保った十織。けれど、現実は甘くなくさらに十織へ追い打ちをかけるように周囲の壁や地面に亀裂が発生する。


 「まじ……かよ、どうしろって」


 ついに十織のいた場所は崩れ落ちて、十織共々崩落する。

 崩落の最中、十織は自身の死を確信した。これはだれがどう見ても助かる状況ではないだろう。そんな中、今まで口にしなかった思いを吐き出すように綴る。


 「なあ、おれが何をしたってんだよ」


 それを最後に十織は長らく封じてきた心の涙を流して、意識を失った。


 ◇◆◇◆◇


 両親が兵役を課せられて戦場に旅発つ前日のことである。

 十織とその父親はベランダのような場所で風呂上りの牛乳を飲みながら話をしていた。


 「なあ、十織。おまえは将来どんなことしたい?」

 「やめろよ、おっさん。縁起でもないぞ」


 この頃は両陣営共に十分な戦力を保持していた頃であり、当時の十織もおおまかには自分たち国民が置かれている状況を把握していた。


 「そうか? 過去の話よりよっぽどマシだと思うけど?」

 「それは、もはや狙ってるレベル」

 「はは、かもな。……それで、何なんだよ」


 いい年こいて肘で十織を突いて、楽しそうに話す父親に十織も乗ることにした。


 「別に、特に決まってない」


 そういうと十織の父親はにやけて、ポケットデバイスと呼ばれる情報端末から一枚の画像を開き、そこに書かれている文を読み上げ始める。


 「えっと? 『おおきくなったら、ひーろになってわるいひとをたいじしたいです』って書い──」

 「いつの話だよ!」

 「え、五歳のころの話だよ」


 十織は顔を赤くして、父親からポケットデバイスを取り上げ電源を落とす。


 「なんだ、ただおれをからかいたいだけなのか? おっさんは」


 そういうと急に真顔になって、夜空を見ながら淡々と告げる。


 「今回、本当にどうなるかわからない。でも万が一、おれたちに何かあったら──」


 話を区切り、十織を見据える。


 「十織は十織の思うヒーローのままであり続けてほしい」


 十織はそれに対して、無言を返答とした。

 いや、当時は純粋に意味が分からなかっただけかもしれないけれど。

 あれからひと月したころ、両親は戦死した。どうやら、敵連盟が開幕早々に多くの戦力を用いて攻めてきたことで後手に回ってしまったそうだ。その巻き返しの途中で果敢にも果てたそうだ。

 十織はそれを機に、自分の大切に思う全てを守れる人になると誓った。

 そのうえで、十織は光が差す虚空へと手を差し伸べる。

 ──おれはなれたのかな、と


 ◇◆◇◆◇


 久方ぶりの眩しいまでの光が瞼すらも通り越して、視覚を刺激する。それを追うように、嗅覚など様々な感覚が鮮明になってゆく。

 だがそのすべては、あの牢獄じみた場所では味わうことなどできるわけも無く、十織は飛び起きるように身体を起こした。


 「──え、死んで……ないのか?」


 十織の意識は未だ全快してはいないようで、頭が冴えない。

 ぼやける視界で周囲を見渡せば、そこは廃墟と表現しても差し支えない規模で破壊が行われた作業場であった。


 「あら、起きたようだな。……幸運なこと」

 「なん、だ?」


 目を見開き、そして息を詰まらせる。

 ──その声の放った者は、最近ガルドによって受けた傷を癒してくれた女性。

 その女性は、いくつもの死体と思わしき袋を見ては紙に何かを記して回っていた。

 彼女は作業の片手間に十織に経緯を語る。


 「君は運良く、瓦礫の崩落によって潰されずにいた。だから、一応……」

 「ありがとうございます」

 「やめてくれ、わたしは……」


 そう言って彼女は十織の元から離れて、他の人間に書類を手渡す。

 その者は十織よりも小柄であり、腰まで伸びた軽やかなプラチナブロンドを可憐に弾ませる。だが、身体は華奢な様子だが、それとは裏腹に深い蕗眼から発せられる眼力は強烈であった。


 「……エーメル」

 「気にしないでくれ」


 書類を受け取った者は、十織を治療した女性をエーメルと呼ぶ。

 エーメルは続けて、報告を行う。


 「これで現状確認できる限りですべてだ」

 「そう……、では始めましょう」


 そういって、十織の周囲にいた奴隷仲間たちの元へ騎士や碧眼の女がこちらへやってくる。続けてエーメルもこっちへ向かってくる

 そして十織たちの前に立ち、静かに語り出した。


 「君たちの置かれている状況を簡単に説明しよう。はじめに──、君たちの主ガルドは死亡した」


 珍しく、奴隷たちの間でざわつきが起こる。

 しかし、それを斬るように碧眼の女は話をつづけた。


 「そして今君たちには都合上、一つの選択肢しか用意できない」


 彼女の一言によって、騎士たちの雰囲気が剣呑としたものにガラリと変わる。それに伴い、さらに奴隷たちのざわつきが大きくなった。

 ここまでわかりやすく態度で示してくれれば、嫌でも十織たちは理解できた。


 ──十織たち奴隷は今ここで『処分』されるのだろう。


 「その……、ほ、本当にそれ以外に選択肢はないのですか?」


 近くにいた奴隷仲間が問いかける。それに対して──


 「事情が事情なだけ、それは難しい。けれどせめてもの気持ちで、ここで何が行われていたか教えてあげるわ」


 ここで生きる数々の奴隷が疑問に思い考えることを放棄していた内容に、場内を静寂が包み込んだ。

 奴隷たちに応えるように、彼女は言い放つ──


 「ここは、生体兵器の研究所。あなたたちはその被験体であり労働奴隷。……わかるわね?」

 「そんな……」


 ついに言葉は無くなり、始めの静けさが戻って来た。

 彼女はこう言っているのだ──この研究データはあってはならないが故に、君たちは処分されなくてはならないと。


 「君たちが悪いわけではないが、……悪く思わないでほしい」


 そう言って、彼女は騎士たちに命令を下す。

 ──被験体を始末せよ。と。

 周囲の騎士たちは命令に従い、一斉に奴隷たちの元へ近寄る。


 「や、やめてくれぇええ、殺さないでくれ!」

 「…………」


 奴隷は必死の抵抗を見せるが、騎士はまるで機械のように黙々と命を絶つ。

 他の場所でも同様に奴隷を処分する。

 それに伴い、次々と首が地面に落ちていく。

 あるところでは抵抗することを諦めて無言で命を絶たれる者、中には泣き叫んで抵抗する者もいた。

 ──ついに十織の元にも人がやって来る。

 だが、それは騎士ではなかった。

 そこには、──プラチナブロンドで碧眼の女が一切の感情を殺した顔をして十織の前に立つ。


 「……悪く思わないで、少年」


 彼女の手のひらに魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 ──十織はここに来て、死を確信した。

 ここまできたら、どうしようもない。どうあがいても、おそらく死ぬ以外の選択肢は本当にないのだろう。

 けれど、それも悪くないと心で十織は納得する。

 散々、振り回され続けて何のために生きてるのか分からなくなってまで生きた。

 だから、もう休んでもいいのではないかと。


 (結局、おれは何にもなれずにおわるのか。……はは)


 ついに、目を閉じて彼女に身をゆだねた。

 もういいだろう──、そう自分に言い聞かせる。

 しかし、頭の中を空っぽにしたはずなのに、ある言の葉が浮かび上がってきた。


 (一体これはなんだっけ……)


 突如意識を埋め尽くすように、この言葉を思い出す。けれど、もう何もかも放棄した十織にとってどうでもいいことで──


 (でも、大切な何かで……っ!)


 記憶よりも深い部位に刻まれた想いの箱が開く。

 湧き出てくる想いと記憶が怒涛の奔流と化す。それによって手放したはずの生への執着が、ふつふつと湧き上がって来るのを感じた。


 ──おれは、ゆりなの手を離したりしない。


  (まだ、何一つ約束を守れてない)


 もうどうしようもないと知っても、その呪いに似た誓いが十織を突き動かす。

 ついに十織は死に体に鞭を打って動かし、──目を見開く。

 そこには刃の形をした光が出来上がっていた。──このまま放たれたら、まず生きていないだろう。


 「おれはぁ──っつあ!」


 とっさに十織は光の刃が存在している彼女の手を、持てる力の限りで弾き飛ばした。

 それによって照準をずらされて発射された刃は深々と十織の鎖骨や肩を引き裂き、鮮血が周囲に飛び散った。


 「何をするの? 痛みを感じないように──」

 「まだ、死ねない!!」


 十織はこの場から逃げようと、立ち上がるが足が動かない。すぐにふらついて、倒れ込む。


 「そうはいっても、どうしようも無いこともあるものよ」


 彼女は倒れ込んでいる十織に、緩やかに手をかざし魔法陣を組み上げる。そして、無慈悲なまでに強烈な光線を照射した。


 「がはっ……!」


 間一髪、ほとんど本能と運で致命傷は避けることに成功するが、破壊力は凄まじく爆風で一気に近くに障害物まで吹き飛ばされた。

 十織の意識はすでに朦朧としているなか、彼女はお構いなくゆっくりとした足取りでこちらへやってくる。さながら十織には死神の足跡、死へのカウントダウンに聞こえるだろう。


 (まだ、だめだ)


 脳内では必死に抵抗するが、まるで身体が言うことを聞かない。

 ──ついに眼前まで迫り、彼女は十織の胸に優しく手を添えた。


  「おやすみなさい」


 そして、先ほどの倍以上の速さで魔法を完成させていく。

 ──それでも、彼女の腕を潰す勢い全力で握り、睨み付ける。


 「眠らないし……、死なない──」


 ──しかし、叶わず。


 その魔法は、十織の胸にゼロ距離で放たれた。

 激しい衝撃とともに、周囲に鮮血が飛び散る。


 (こんな……、とこ……で)


 ついに十織も意識を保つことはできず、暗い暗い闇へと意識を溶けていく。


 それでも──

 十織は意識を失う最後の最後まで彼女の腕を離すことなく握り続けた。


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