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幻と現実の狭間≪ディ・グレンツェ≫  作者: 木箱てぃっしゅ
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1話

 視界が白一色に塗り潰されてしばらく、──十織は頬に撫でる優しいそよ風を感じた。しかし、十織はそれに違和感を覚える。


 ──どうして地下シェルターに風など吹くのだろうか?


 耳を澄ませば、風によって葉が擦れる音がどこか心地よく聞こえた。

 徐々に視界は色を取り戻し、──そして十織は絶句する。

 ──眼前には、人工の建造物がなく、限りなく広がっているように錯覚するほど、広大な草原が広がっていた。

 十織は真面目に死後の世界ではないかと考えた。

 その時、十織はゆりなの安否の確認をしていないことに気付く。


「ゆりなっ!」


 ゆりなを守るように抱いていたのにも関わらず、十織の側にはいなかった。

 十織は素早く立ち上がり、草はらを見下ろす。

 そして、──十織より少し離れた場所で心地よさそうに眠るゆりなを見つけた。


「よかった、よかった……」


 ゆりなの無事を確認した十織は、静かに涙を零す。

 遅れて、十織は頰を伝う雫のよって、自分が泣いていることに気づき思わず苦笑いをした。

 ──十織はすぐさま、ゆりなの元へ向かう。

 そこで、十織はゆりなの横で腰を下ろして、やさしく髪を撫で始めた。

 ──しばらく撫でていると、ゆりなが目を覚ます。


「あ、あれ……お兄ちゃん?」

「悪い、起こしちゃったか」

「……ううん、それよりここは?」


 眼前に際限なく広がる青空に、ゆりなは首を傾げた。


「いや、……お兄ちゃんにもわからない」


 現在十織にわかることは、ここが地下シェルターではないことくらいであった。しかし、十織たちの住む星にまだこのような場所は存在しないはずである。

 ──理由は簡単、第四次世界大戦でありのままの自然を全て失ったからだ。

 あの星に、このような大自然など存在しない。

 ──では、ここは一体どこなのだ?

 確かに、技術力にモノを言わせればこのような場所を擬似的に作り出すことも可能だ。現に、そういった娯楽施設はあった。

 だが、たとえそうであっても不気味なことには変わりない。


「お兄ちゃん、あれ!」


 そう言ってゆりなは、それなりに離れた場所を指差す。


「──なんだ、あれは」


 そこには、──恐竜のように二足で歩行しながら、背部に亀のように堅そうな甲羅を持つ未知の生物が呑気に歩いていた。

 そしてその恐竜もどきは、十織たちの視線を感じ取ったのか十織たちへのゆっくりと迫る。


「──しまった、どうしよう」

「あれは、やばい気がする……」


 恐竜もどきは牙を向き、十織たちへ敵対の意思表明をしている。


「ゆりな、こっちだ!」


 十織は少しも迷うことなく、逃走を選択──ゆりなの手を取って、恐竜もどきから離れるように駆け出した。

 恐竜もどきも逃走を始めた十織たちを逃すまいと、さらに速くなる。

 徐々にだが、十織たちと恐竜もどきの距離を詰められている。


「あっ」


 ──その時、ゆりなが慣れない足場で走ったためか、ちょっとした障害物に躓いて転んでしまった。


「ゆりな!? ……こうなったら」


 十織は逃げることを断念、──勝てる勝算など微塵も持たない十織は自らの身体を盾として仁王立ちを決める。

 その顔には、たとえ肉の一片すら無くなっても骨で以て守り抜くだけの覚悟に溢れていた。


「やめて、お兄ちゃん!」


 十織が身を呈して外敵からゆりなを守ろうとしていることに、ゆりなは必死に十織を止める。


「大丈夫だ、……おれにまかせろ」

「ぜったい大丈夫じゃない!」


 ついに、目の前まで迫る恐竜もどき。

 十織はゆりなを押して離し、拳を握る。もっとも、十織に格闘技の心得など無く、その様はとても頼りない。


「シャアッッッ!」

「はあああ!」


 恐竜もどきは十織の骨肉を断ち切らんと、発達した顎を大きく開く。

 同時に十織も真っ向から、右ストレートを繰り出す。

 結末は火を見るより明らか。

 十織の右ストレートが当たる前に、恐竜もどきが十織の右肩ごと右腕を噛みちぎろうとした時──


 ──恐竜もどきは、突如恐竜もどきの横腹に発生した爆風を受け、吹き飛ばされた。


 そして何度か地面を跳ねた後、その先で恐竜もどきは絶命する。


「……あ、れ?」


 十織は状況を飲み込めず、立ち尽くす。

 ──だが、間も無く恐竜もどきを吹き飛ばした者が現れた。

 その者は、二台の馬車と共に十織とゆりなに近寄り、声をかける。


「やあ、君たち。大丈夫かい?」


 声の元は、荷馬車を操縦しているおじさんであった。しかし、身に着けている衣服はどれも十織たちの文化にはないものであった。


「は、はい。これはあなたが?」


 十織は吹き飛ばされて絶命した恐竜もどきに視線をあてて尋ねる。


「ええ、そうですよ。私の名前はキーブルと申します。……お怪我がなくてよかった」

「ありがとうございます」

「とんでもない。……ところで」


 荷馬車のおじさん、──キーブルは顔を少ししかめる。


「どうしてこのような場所に、子供たちだけで? お連れの方はいないですか?」


 当然の質問だと十織は思った。

 このようなある意味で人気もない場所に子供、それも十一歳と十五歳の子供だけでいることは普通ではない。

 どう答えたものかと十織は悩む。

 ──果たして、地下シェルターにいたと思ったら知らぬ間にここにいましたと言って信じられるのだろうか。

 十織は少し脚色して、段取りを付けつつ話す。


「……その、ここにはついさっき来ました」

「では、この近くにご両親がいらっしゃるのですか?」


 キーブルに悪意はないのだろうが、この言葉は未だ傷が癒えていない十織たちの胸に突き刺さった。

 この問いには、率直に答える。


「いえ……、両親は戦争で戦死してしまいました」

「それは……失礼しました。ご冥福をお祈りします」


 キーブルは失言だったと、頭を下げた。

 そして、すぐに話を切り替える。


「ところで、あなたがたはどちらの貴族のご子息であられますか?」

「…………貴族?」


 十織は首を傾げる。十織たちの国にはヒエラルキーは存在しないため、貴族という概念も過去の産物でしかなかった。

 加えて、十織とゆりなをまるで貴族の子供だと思っている口ぶりに違和感を覚えた。


「その……、貴族様であられないと?」

「私たちの国に、貴族や貴族といったものは存在しないはずですが……」


 すると、キーブルは訝しげに十織とゆりなを見た。

 十織も当たり前のことを話したつもりであり、この反応をされた今困惑を隠せなかった。


「少なくとも、貴族や豪族等ではないということで?」


 呆れたというより面倒臭そうに、十織たちに確認を取った。


「はい」

「はぁ……」


 ──その瞬間、キーブルから発せられる雰囲気が剣呑なものへ転じた。


「──なんだ、無駄骨ではないか」

「……え?」


 口調までも変化させて、後悔の念を吐き出すキーブル。

 十織はあまりの変容に思考が止まる。そしてゆりなもこの変化を感じ取り、本能的に十織の後ろに隠れた。

 キーブルはため息を一つ吐いた後で、腹立たしそうに話す。


「お前たちの身につけている衣服や、あまりにも外のことを知らない素振りだったんでね」

「……何を言ってるんですか?」


 何が言いたいのか分からず、十織は表情を険しくした

 キーブルは馬車から降りて、十織とゆりなに近付く。


「端的に言うと、──お前たちを貴族の公子と勘違いした」

「それが、何か関係あると?」

「お前たちが公子であれば、公子の命を救ったとして褒賞金がもらえるだろう?」


 十織とゆりなを褒賞金目当てで助けられたと知り、何とも言えない気持ちになった。


「じゃあ、もし公子に見えなかったら──」

「手を貸すつもりはなかった。……そうだ」


 そう言ってキーブルは酷薄に口角を歪めて──


「──お前たちには奴隷になってもらうのが、良さそうだ」


 キーブルは手を掲げ、捕らえよと一言告げる。

 ──すると、キーブルに応じて荷馬車から二名ほど現れて十織とゆりなを瞬く間に拘束する。


「こんなことをして、人として許されると思っているのか!?」


 キーブルは十織の発言を嘲笑する。


「何を言いだすかと思えば」

「……何がおかしい」

「おかしいに決まっている。奴隷があって、我々の生活は成り立っている。……要は、適材適所ですよ」


 教え諭すように、キーブルは十織に奴隷の存在を説明した。──それに、とキーブルは付け加える。


「お前たちはこの国の人間ではないだろう?」

「それが、なんだ」


 おそらく、今までの話から察するに今十織のいる場所は、十織の知っている技術、文明を極め切った世界にある国ではないだろう。


「この国において、他国の無国籍者等は無条件で奴隷にしてもいいと決まっている。だから、この行いは合法。……私はね、これでも奴隷商人で、奴隷の扱いに詳しい」


 キーブルは十織の元から離れて、ゆりなの横に移動した。


「──ゆりなに何をする気だ」

「……今は特に? もっとも、この女は高値で売れそうだ」


 そういってキーブルはゆりなの華奢でやわらかなフロスティブルー色をした髪を手ですくい上げる。

ゆりなは瞳を涙で濡らし、怯えるように嗚咽する。


「やめろぉお! おれは別に好きにしたらいい、けどゆりなは関係ない!」


 ──十織は無駄だとわかっていながら抵抗を再び始める。


「何を言うかと思えば。君たちはわたしからしたら、掘り出し物以外に代わる言葉が見つからない」

「何を言って──」

「おや、もはや自分のことすらお分かりでないとは」


 キーブルは十織の髪を乱暴に引っ張る


「この黒髪黒目はこの世界において滅多にいない、それがどういう意味かお分かりで?」

「っ……。なら、なおさら!」


 十織はそういって睨むが、キーブルに襟首をつかまれ地面に叩きつけられた。


「お兄ちゃん?! やめてよ、乱暴」


 しかし、ゆりなの言葉はキーブルには聞き届けられず、十織は蹴り飛ばされた。

 手や足を縛られた状態の十織は受け身を取れず、口から血を流す。


「そろそろお別れも済んだ頃だろう?」


 キーブルは連れの二名を指示すると、十織たちには聞こえない程の声で命令を下し、動き始めた。

 して、十織とゆりなをそれぞれ乱暴に担ぎ上げる。


「お兄ちゃん、助けてっ!」

「ゆりなぁあ!」 


十織とゆりなのやり取りなど無視して、無造作に荷馬車へと投げ入れた。


「ここから出せよ! 出せって!」

「騒がしい、眠ってろ」


 連れの人間は十織の髪ごと鷲掴みして、強烈な打撃を腹部に与えた。その上で、無造作に十織を床へ投げ捨てる。


「う、がぁ……」


意識が薄れていくなか、血を吐くように願いを誓う。


「絶対助け……出す、から」


 ──抵抗も敵わず、そのまま十織は意識を失った。


話がひと段落つくまでは、一日一話ペースで投稿していこうと考えてます!

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