僕の名前は
ひとまずここまでがプロローグです。
魔王になるか死ぬかを選ぶ前に、僕は重要な事実に気付いた。
「ところで、フレイアさん…でいいんですよね? いちおう確認しますけど、フレイアさんの話だと僕はまだ魔王じゃないってことですよね?」
それはフレイアさんにとって意外な質問だったらしい。
「そうよ。そういえば、あなたは召喚のことだけじゃなくて、魔界の常識も知らなかったのよね」
顎に手をあてて少し考えたフレイアさんだったが、すぐに頭の中の整理がついたようだ。
「実は魔王になるには、紋章以外にも条件があるの。でも紋章があればそんなものは無いも同然。だから今は気にしなくてもいいわ」
「そうですか…」
どうやらたいした問題ではないらしい。
結局、問題は僕はどうしたいのかということだ。
本音を言えば死ぬのは絶対嫌だから魔王になるしかないのだけど、魔王になって何をさせられるのかが不安なのだ。魔王と呼ばれるくらいだから、きっとろくでもないことをさせられるに決まってる。虐殺とか破壊とか思い付く限りの悪事を働くのが仕事に違いない。そんなのは嫌だ。でもならないと殺されるらしい。
うーん。とあまりに長く考える僕に、フレイアさんは救いの一言を告げた。
「別に今すぐ決めなくてもいいのよ。魔王になるって言えばすぐ魔王になれるわけじゃないし、時間はあるから」
「えーっ!?」
そんな大事なことはすぐ教えてよ。頭の中で必死で自分に魔王になるように説得していた僕はひょうしぬけしてしまった。
そんな僕の様子にフレイアさんは微笑むと、ミーナによっていつの間にか新しくカップにそそがれた紅茶を一口飲んだ。
「魔王になるかどうかを決めるまで、あと半年ほど余裕があるの。それまではこの魔王城に住んでもらうことになるわ」
僕は一気に体の緊張がなくなっていくのを感じた。全くたちの悪い話し方をする人だ。
なんだか凄く疲れた。
でも、これでしばらくの生活は保証されたようなものだ。
少なくとも半年はここに住むことになる。
「今するべき話はこれでおしまい。じゃあ私はそろそろ仕事に戻るわね」
席を立って部屋を出ようとするフレイアさん。
「待って」
それを止める僕。
今聞いた話で、解ったことがある。それは僕は魔族としてこれから生きていくこと。そして期限つきとはいえ、ここで暮らしていくこと。
それを、ひとまず僕は受け止めることを決意した。
なら、まずはやることがあるだろう。
まさか呼び止められるとは思ってなかったフレイアさんが、訝しげに振り向く。僕も椅子から立ち上がった。
「順番が逆になっちゃったけど」
――これは受け入れるという意志表示。
――僕は魔族の仲間になるということ。
「僕の名前はヤマト。これからよろしくお願いします」
そう自己紹介した僕にフレイアさんは妖しく微笑むと、今日見たなかで最も悪魔らしく笑いながら言った。
「ようこそ魔界へ。これからよろしくね」