月下の死闘(2)
空中で体勢を整えた俺は、なんなく着地した。何とか後ろに飛んで、爆発をかわすことができた。
こめかみを流れる血の感触。どうやら石の欠片でも掠ったか。
それにしても、まさか人魔にこれほどの奴が居たとはな。
そう考えて、そういえば自分も人魔だったと気づく。
人魔は他の種族の戦士に比べると、遥かに見劣りする。それは武器を使わなければ戦えない、肉体の弱さの所為だ。そして魔法に関しても水魔には遠く及ばない。
「あの身のこなし、魔法、今までどこに隠れてやがったんだ」
少なくとも、俺が魔界を旅した時は、こんな奴の噂さえ耳に入らなかった。これだけの強さ、噂にならないはずがないのに。
「まさか…いや、ありえねぇか」
向こうの奴がこんな所に居るはずがない。
思考はすぐに遮られた。先ほどの爆発でできた粉塵の中で、チカリと何かが光った。収束される魔力の気配。
ふん、芸の無い奴だ。
つまらなく感じながらも剣を構える。様子から考えて、これはさっき長距離から攻撃してきたときの魔法だろう。こんなもの、簡単に切り裂いてくれる。
魔剣に魔力を通わせる。迎撃体勢に入ったところで、ありえない状況に気づいた。
どんどんと増えていく光。十、二十、三十、五十……、前方はまるで壁のような光に包まれた。
こんな魔法、想像できるものなのか!?
魔法は全て認識してないと霧散してしまう。これだけの量の魔法を認識し続けるなんて、不可能だ。
しかし、現に相手はそれを行っている。今重要なのは、いかにしてそれを防ぐか。
風を纏い、脚に力を籠める。爆発的な瞬発力を持って、俺は地面を蹴飛ばした。
途端に光の雨が、俺の居た場所に降り注ぐ。光線が空気を切り裂く音と、地面に穴を開ける音が鳴り響く。一歩踏み出す度に、背後ぎりぎりを光線が掠めていく。撃ったそばから光は収束し、新たな光線を放たれ、まるで途切れる様子はない。
全てを斬るのは無理、ならば、避けきれない最低限の攻撃だけを防ぐしかない。光の雨の中を、縫うように突き進む。なるべく体勢を低くして、這うように走る。始めは全てかわせていたものの、しだいに剣で弾くものが増えていく。どうやら、攻撃の数がどんどん増えているようだ。
しかし、俺もいつまでも防御しているつもりは無い。敵を中心に円を描くように走り、しだいに円が小さくなるように距離を詰めていく。
わかったことは三つ。まずは、敵の攻撃はあまり精度がよくないということ。恐らく、俺の速さについていくために、命中率を数で補っている。次に、一つ一つの光線が直線的すぎる。少しでも軌道を変化させられたら、かなり命中率が上がるはずだ。最後は、この有り得ないほどの魔力だ。これほどの魔法を行使しているのに、攻撃は止むどころかどんどん増えている。これには確実になにか種があるはず。
そして、以上の事から俺が導き出した結論、それは……。
先ほどまで舞い上がっていた粉塵も、今はほとんど晴れていた。光の壁の向こうに見え隠れする、敵の姿。
それを確認して、俺は精神を落ち着かせた。語りかけるは自分自身。
創りだせ、絶対無敵の衣を。
全てを拒む、最強の鎧を。
こんなみみっちいことは止めて、正面衝突しようじゃないか。
光線を避け続ける俺の体が、しだいに放電し始める。
想像するのは最強の自分。全てを焦がし、全てを切り裂く雷の化身。
魔力が俺を包み込み、足元から頭まで達したところで、変化は現れた。
人魔が他の種族に勝つためにはどうしたらいいか、そう考えた結果行き着いた俺の答え。
それが、全身を覆う魔法による甲冑だ。いつの間にか、俺の体は白銀に輝く装束に包まれていた。
光線を避けるための動きを止める。広範囲を打ち続けていた光線が、とたんに俺に収束しはじめる。
「遅いっ!」
敵に向かって、一気に加速していく。避けることなど考えず、ただひたすら一直線に走る。今俺に向いている以外の光線が、標準を合わせるよりも速く。
円を描くように走る俺を追いかけて、光の壁は移動していた。しかし、壁のような密度のまま俺の速さに対応するのは不可能だったのだろう、その壁はいまや、隙間だらけになっている。
そして、俺と相手を結ぶ位置にある光線だけを防御して走れば。
ほうら、光の道の出来上がりってね。
音速を超えようかといった具合の速さで、光の道を突き進む。剣を正面に構え、光を切り裂きながら、壁へと肉薄する。正面から来る光線以外は、完全に俺の速さについてこれていない。
壁を構成していた光の発生源の一つを、魔剣が貫いた。何かが割れるような音。壁の向こうにはもちろん。
「ひさしぶりだなお嬢さん」
「……くっ!」
焦りの声を上げる相手。当然だ、まさか正面から突破されるとは思っていなかったんだろう。確かに『雷神』を纏っていなかったら、難しかった。白銀に輝く魔法衣『雷神』。それは雷の圧倒的出力を纏う事によって、限界を超えた加速と防御を可能とする。
相手は再び距離を取ろうとするが、そんな事はさせない。なにより、もう種は分かってる。
足元に高速で広がっていく不思議な紋様。円形に描かれたそれは、紛れも無く――魔法陣。
考えるよりも早く、魔法陣の描かれた地面を切り裂く。まだ完成していなかっただろうそれは、淡い光を放って消えた。
光の壁の内側を見てみれば、びっしりと小さな魔方陣が敷き詰められている。当たりだ、やはりこいつは法術使い。以前に一度だけ法術使いを見たことがある。でも、これは本来人間が使うような代物だ。なぜなら、人間が少ない魔力を使って、大気中や地中を流れる自然界の魔力に働きかけて魔法を行使する、それが法術だ、そもそも魔力を豊富に持つ魔族には必要ない。まさか人魔で法術をここまで極めたものがいるなんて、考えたこともなかった。
「残念。また爆発でも起こそうってつもりだったのか?」
「……」
だんまりってか。まあとりあえず、動けなくしちまうか。
空中に五つの雷で出来た球体を作り出す。わざとかわせるような速度で放ち、よけたところを、雷を纏った拳で思いっきりぶん殴った。
「……っ!」
声にならない声を上げて軽くぶっ飛ぶ相手。まあ、これでしばらくは動けないはずだ。
それにしても、なんだってまた人魔が攻撃してきたんだ? 時期的に考えて、ヤマト狙いだと考えるのが普通だが、人魔が魔王候補を狙うなんてことがあるのか?
いや、どうせ裏に誰かがついているのだろう。こいつはさしずめ捨て駒ってとこか。
ひんやりとした風が吹く。見渡せば、森の一部だったこの場所は、ぼろぼろの荒野になってしまっていた。なんとも風通しのよくなってしまったものだ。
「おい、女」
いまだぼろ雑巾のように倒れてる相手に、ゆっくりと近づいていく。すでに『雷神』は霧散してしまって、周囲に漂う魔力と同化してしまっている。いちおう警戒して魔剣に魔力を通わせておき、目の前までいって、俺は剣の刃を向けた。
「お前、いったいだれの差し金だ」
答えなければ殺す。そう伝わるように殺気を滲ませて言う。
しかし、いっこうにしゃべらない相手。まさか、気絶してるわけじゃないだろう。
「ちっ、しょうがねえな」
とりあえず、顔をおがもう。こんなフードを被られてちゃ、話し辛いからな。
俺がフードに手を伸ばしたとき、急に周囲の温度が変わった。
思わず手を止めて、女を見る。どんどん上昇していく温度。そして、その高温の発生源は、紛れもなく目の前のこの女。ゆらりと、まるで幽鬼のように女は立ち上がった。
「……ぃ」
女が、小さい声で何か呟いている。小さすぎて聞き取れない。しだいに赤く発光していく女の周囲。濃厚な魔力が渦巻きだす。
どうやら楽しくなってきたようだ。どうやらこの女、まだ本気を隠している。再び、高揚感が押し寄せてくるのを感じた。少し距離を取り、剣を構える。
急激に加速していく温度上昇。ああ、予想以上の収穫だ。まだ戦いを続けられるなんて、次はどんな攻撃を仕掛けてくるのだろうか。
緊張感が増していき、再び戦いの火蓋がおろされようとした時だった。
「やめておけ」
唐突に入り込んできた、第三者の声。
「だから言ったのだ。お前一人じゃ無理だと」
意外な乱入者。そいつはなにくわぬ顔で、この場に現れた。水が差したと、一瞬激しい激情に襲われたが、声の主を理解したとたん、俺は喜びの表情を浮かべた。
しだいに下がる、周囲の温度。どうやら女の本気は見れなそうだ。でも、代わりにもっと面白そうな奴がきた。口元が歪むのがわかる。やっぱり俺は、血に飢えた獣のようだ。いつかもう一度、お前と本気で戦いたいと思っていたよ、訓練じゃなく、戦場で。どうやら今日の運勢は最高のようだ。友よ、お前は最高の瞬間に現れてくれた。これでお前を正々堂々とぶち殺せる。その台詞、その登場、俺の敵以外ありえない。
あくまで冷静に、俺はそいつに問いかけた。
「よう、ガラルド」