第九話:月下の死闘
この話はアギト目線です。
辺りを照らす紅い月、風に揺れる木々、遠くに聞こえる収穫祭の音、どれもさっきと変わらないのに、この場の空気だけがどんどんと緊張していく。
背後にヤマトを庇い、俺は相棒の感触を確かめた。見た目よりも遥かに重いこの剣は、戦闘においてかなり頼りになる。この魔剣は、魔界を旅していた時に倒した魔獣から作られたもので、その魔獣の特徴を引き継いで雷に特化している。
後ろを確認すると、ヤマトが恐怖で動けていないようだった。しょうがないだろう。あいつは訓練によって感覚がかなり鋭くなっている。だから、初めて感じる本物の殺気に対して耐性が無い上に、さらに敏感に体が反応しているのだ。
赤く照らされててもわかるほどに真っ青な顔したヤマト、必死に剣を構えようとしているみたいだけど、どうやら自分の身を守ることなど無理そうだ。
周囲を見渡すが、この殺気を放つ相手は見られない。それはそうだ、もし見える所にいたら、確実に魔人部隊の誰かが気づくはず。なぜなら、ヤマトも薄々感づいていたみたいだけど、俺とヤマトの周囲では魔人部隊の面々が警備しているのだから。
まあ、なんであんなに過敏に反応したかはわからないが…。
気配もないし、敵は遠距離に居る。そう確認したところで、殺気の密度が膨れ上がった。背後で息を飲む音が聞こえた。
そんなにびびらなくても、俺が居るから大丈夫だっていうのにな。
――来たっ!
魔剣に魔力を流しつつ、攻撃が来るであろう方向へと剣を振るう。
――シュパァァン!
フィビトの刃が、軽々と敵の攻撃を切り裂いた。左から真直ぐ一直線に走ってきた光の線。おそらく直撃したら、簡単に体を貫通して余りある威力を秘めていただろう。だがしかし、俺の相棒に切れない物など存在しないっ!
湧き上がる高揚感を沈めつつ、状況を判断する。今の攻撃からわかる通り、敵はかなりの使い手だ。何故ならば、今の攻撃で使われたのは明らかに魔法、そして、魔法で長距離攻撃というのはかなり難しいのだ。魔法は想像力で生まれる代わりに、想像の及ばないことは出来ない。つまり、より遠くに攻撃を仕掛けたくても、普通は自分が見える範囲までしか魔法は行使できないものなのだ。見えない場所からの長距離攻撃、少なくとも俺が出来るような代物じゃない。
そしてなによりも俺の気持ちを高ぶらせる事、それは、この攻撃がヤマトではなく俺を狙ったものだということだ。
おもしろい。あからさまな殺気といい、この俺に喧嘩を売るとは楽しませてくれんだろうな。
久々に血が騒ぐのを感じた。
「ヤマト、どうやら俺をご指名のようだから、ちょっくら顔拝んでくる」
そう言い残して、地面を蹴る。やばい、顔がにやついてしょうがない。ヤマトのことはグレイがなんとかするだろう。今の攻撃をしてきた奴ほどの使い手などそうそう居ないだろうし、もともと魔族で集団行動を好むのは人魔くらい。これほどの魔法の使い手、おそらく水魔だ。興奮する気持ちを抑え、木々の間を縫って飛ぶ。背後で、足場に使った木が吹き飛ぶ音がした。
居た。
気配はすぐに現れた。恐らく木々の少ない高台に居る。えらくなめられたものだ、敵は単独、そしてこの気配は……。
最後に大きく跳躍して敵を見下ろす。月明かりに照らされた相手、マントにフードと姿を隠しているが、こいつは確実に人魔だ。
向こうも気配で気づいていたのだろう、敵の周囲を強力な魔力が覆っている。
臨戦態勢はばっちしってか。
こちらも魔剣に魔力を滾らせる。まずは一発、派手にお見舞いしてやろうじゃないか。
「吼えろ、フィビトォォッ!」
全力で剣を上段から振り下ろす。空間を切り裂く確かな手ごたえ。上空で振り下ろされた刃は空気を斬り真空を生み出し、その真空破は稲妻を纏って巨大な斬撃となる。
辺り一面を吹き飛ばすほどの威力を持つ、俺の得意技『雷帝の咆哮』。その名の通り、世界が揺れると錯覚させられるほどの轟音が爆発した。
舞い散る粉塵、跡形もなく吹き飛んだ周囲の木々。やりすぎた。これじゃあ、相手も跡形もなく吹き飛んだに決まってる。もっと楽しむつもりだったのに。
そう思ったけど、どうやら相手をなめてたのはこっちのようだ。舞い上がった粉塵を風がさらった後に現れたのは、何もなかったかのように無傷で立つ敵だった。
周囲の状況と見比べて、明らかに異常。あれほどの攻撃を真正面から受けて、マントにフードというその姿まで全く変わりない。
口が歪に笑うのがわかった。楽しい。やばい、収まらない。この技を受けてこれだけ余裕を持つ敵など初めてだ。ガラルドでさえ膝を着いた。
高揚する体とは別に、脳が冷静に次の攻撃の手を考える。どうやってあの攻撃を防いだのかはわからないが、おそらく魔法で対抗したに違い無い。ならば直接斬ってしまおう。
神速の踏み込みと共に横一文字に斬る。だが、敵も素早い身のこなしで攻撃の範囲から飛びのいた。
だが今のであることがわかった。
「……お前、女か」
俺はフードで顔を隠す相手に話しかけた。マントで体つきは隠れているが、性別くらい動きでわかる。
しかし、フードの女は無言で腕を振り上げた。途端に光を放ち始める地面。
やべ!
そう思った瞬間、お返しとばかりに地面が爆ぜた。