料理長ミーナ
あれから、三日がたった。
「魔王様。どうか食事だけでもおとり下さイ」
毎日三食ブルドが食事を持って来るが、どうしても食べる気になれない。見た目は普通なのだが、何が入ってるかわからないし、全く食欲がわかないのだ。
「……」
布団に包まったまま無言の返事をする。正直な話、ブルドの姿を見るだけで怖くてしかたなくなるのだ。
「では、ここに置いて行きまス」
そう言って部屋から出て行く。
僕はいったいどうなるのだろうか。こうして食事を拒み続けて餓死するのだろうか。それともこんなお荷物は要らないと殺されるのだろうか。
そう考えて、体が震えた。
そうだ、僕が何時までも生かされる保障はないのだ。額に第三の瞳を発見した日の翌日のこと、この部屋に何人もの訪問者が来た。なんでも新しい魔王を一目見に来たらしいのだが、それはそれは恐ろしい人達だった。人間なんかをボリボリかじってそうなのもいたし、あからさまに威嚇してったのもいる。あの赤髪のお姉さんが止めてなかったら殺されていただろう。
…キィ。
びくぅっと体に緊張が走る。微かだが、扉の開いた音がした。もしかしたら、誰かが僕を殺しに来たのかもしれない。
恐る恐る布団から目だけ出してみる。しかし、何も変わった様子はない。訝しく思い、僕は本当に扉が開いたのか見てみる。
「……」
「……」
目が合った。少しだけ開いた扉から、何かがこっちを見ていた。
「……」
「あの〜」
はっとなって僕は布団に隠れた。あまりの恐ろしさに止まってしまった。薄暗い扉の向こうに浮かぶ眼光に囚われていたようだ。
「あ、隠れないで下さい!」
足音が近づいてくるっ! 自然と布団を持つ手に力が入った。
「聞いてます?」
声は想像以上に近くから聞こえた。どうやらベッドの横まで来たみたいだ。僕は渾身の力をこめて布団を掴んだ。
「せいっ」
「…あ!」
掛け声とともに引っ張られた布団は、僕の健闘むなしく簡単に剥ぎ取られてしまった。
自然と侵入者と向き合う形になる。・・・だが、僕の予想に反して侵入者はとても僕を殺しに来たようには見えない姿をしていた。
「魔王様。ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいじゃないですか」
そういって腰に手をあてて怒っているのは、どう見たって普通の人間の少女だ。それも同年代の。
「ぎ、ぎみあ゛っ」
君は。と言おうとして失敗した。ここ最近水分も取ってないないから、喉がカラカラだった。
すっと水が差し出される。
擦れた声でお礼を言って、僕はそれを一気飲みした。
そして、改めて質問した。
「君は、誰?」
肩で切りそろえた黒に近い茶髪に、髪と同じ色の瞳。耳が少しとがってることを覗けば、どう見たって普通の女の子だった。
「申し遅れました。魔王城の厨房を預かっています、料理長ミーナと申します」
そういってお辞儀するミーナ。なるほど、確かにエプロンをつけている。でも、いったい料理長が僕になんの用だろうか。
「ちなみに、魔王様にお出ししている料理もあたしが作っています」
そう言ってこちらを窺ってくるミーナ。何が言いたいんだろうか。
「あ、ありがとうございます・・・」
とりあえずお礼を言ってみた。僕のために料理を作ってくれてる人がこんなかわいい子だとは思わなかった。だがしかし、どうやらミーナが聞きたいことはそんなことではないらしく、こめかみをひくひくさせて怒りを表現している。
なんかものすごい怒っているようだ。
どうしたらいいのかわからずおろおろしていると、ミーナの怒りが爆発した。
「魔王様! あたしの作った料理を一口も食べずに残すとは、何事ですかっ!」
びしぃ! と、ブルドが置いていった料理を指差す。そこには、すでに冷め切った料理があった。
「魔王様の体を気遣い、健康に良く消化にも良い、もちろん味は最高と自負しているあたしの料理を何だとおもってるんですか!」
「ひぃっ」
あまりの剣幕に、つい変な声が出てしまった。
「それに、ここ魔界では食料は貴重なんです。食べ物を粗末に扱ってはいけません!」
「すみませんでした」
気づけば、僕は土下座をしていた。
なおも無言で冷たい目で見つめてくるミーナ。もうどうしたらいいのかわからないので、とりあえず床に下りて土下座しなおそうとしたところで、やっとミーナは許してくれた。
「わかればよろしいのです。では、一度料理を温めなおしてきますので、食べていただけますね?」
語尾にギロリと睨み付けてくるミーナを前に僕はただ肯くしかなかった。
がんばがんば俺!