第八話:始まりの収穫祭
あと数日もすれば、収穫祭が始まる。それは、紅ノ月も半分が過ぎるということだ。
刻一刻と迫る決断の時、僕はまだどうするか決心がつかない。
『魔王』それは僕の想像とは全く違う存在だった。魔界の混乱を治め、人魔族の希望であり、魔界において最強たる者。
考えれば考えるほど、僕には似つかわしくない。僕はまだ子供で、そんな責任を負うことなんてとてもできない、そう思う。
ねえ、誰か教えてよ。どうして僕なんかが選ばれたのかな。
「おい、聞いてんのか?」
考え事をしていた僕は、アギトの声で今の状況を思い出した。
「ええっと、なんだっけ?」
僕とアギトは今、魔王城の中庭を横切るように造られた回廊を歩いていた。見下ろせば綺麗に切りそろえられた芝生のような植物が見え、紅い光に照らされて幻想的な光景を造り出している。
「だから、俺がさりげなーく収穫祭の話をするから、ヤマトがこれまたさりげなーく一緒に行きませんかみたいな事を言うんだって」
ああそうだった、へなちょこでへたれなアギトはフレイアさんを誘うのに、一人じゃ勇気がないからって僕を無理やり連れて来たんだった。
「わかったよ。さりげなーく誘えばいいんだね」
わかればいいんだ、とか言って偉そうに頷いてるアギト。馬鹿だよね、わざわざ僕に復讐のチャンスをくれるなんて。僕の邪悪な表情には全く気づかずに、浮かれた様子のアギト。
どんな復讐をしようかと考えているうちに、フレイアさんが居るであろう書物庫に着いた。
こほん、と咳払いをして、もう一度確認をしてくるアギト。
「わかってるな」
もうすでに緊張しているらしく、赤ら顔になってきたアギト。僕は笑うのを堪えながら頷いた。
よし、と気合を入れてから、アギトは目の前の重厚な扉を開いた。
「あら、今日はどうしたの?」
フレイアさんは、部屋の中央、いつもの場所に座っていた。僕もたまに来るのだが、フレイアさんはいつもこの部屋でなにかを調べているのだ。そしていつも思うのが、その美しく輝く炎のような髪の毛は、薄暗い空間で読書をするのにとても便利だなってことだ。
緊張の限界を超えたらしく、口をぱくぱくさせているアギト。かわいそうに、行動力はあるのに意味がない。
僕は別に緊張するような事でもないので、さらりと用件を口にした。
「ねえ、フレイアさんは収穫祭の日は空いてるかな。アギトがご一緒にどうですかって言ってるんだけど」
目玉が飛び出そうなくらい驚愕するアギト、なにやら変な汗までかいている。
そうなのですか? と言う風にアギトに視線を送るフレイアさん。アギトは発狂寸前の不振人物のようにそわそわしだした。
手は振るえ、呼吸も荒い。もしこんな様子のアギトを町で偶然みかけたら、正直絶対近づきたくない。いや、もしかしたら「何をやらかすつもりだ!」とか言って殴りかかるかもしれない。
「おおおおおおお、おう」
なんとか口元に引きつった笑いを見せて、アギトは頷いた。よくやった、と拍手を送りたいのを我慢して、僕はフレイアさんの返事を待つ。
顎に手を当てて考えるフレイアさん、果たしてその返事はいかに。この数秒間が途方もなく長く感じる。
ごくり、と隣から聞こえた。
「わかりました。それでは、私もお言葉に甘えてご一緒させて頂こうかしら」
ふわり、と柔らかく微笑むと、フレイアさんは快く了解した。ああ、まるで天使のような微笑だ。アギトが惚れるのも頷けるね。
一方アギトはというと。
「げっ」
なにやら滝のような涙を流している。こ、これは喜びの涙! あまりに嬉しい事があると、自然に流れてしまうという幻の! なぜだか僕まで嬉しくてテンションが上がってきた。
「あの、それじゃあ当日にアギトが直接迎えにくるので。失礼します」
そう言い残して、僕は放心状態のアギトの背中を押ながら書物庫を後にした。でも、僕はちゃっかり見ていた。フレイアさんの尻尾がゆらゆらと忙しなく揺れていた事に。
これは脈ありかもよ?
そして今度は僕の番。僕たちが今居るのはもちろん食堂。
「ねえミーナ、収穫祭一緒に行かない?」
僕は自身満々でミーナに聞いた。何故なら、優しいミーナなら一緒に行ってくれると思ったからだ。
「ごめんなさい。当日はあたしたちもお店を出すからご一緒出来ないんです」
瞬殺。本当に申し訳なさそうに謝るミーナ。一瞬何を言われたのかわからなかった。というか、お祭りにミーナ抜きで行くなどという事自体が想像していなかったのだ。
どうにかして説得しようと思うのだけど……うう、そんな瞳で謝られたら諦めるしかない。
「い、いや、いいんだよ。そう、お店、頑張ってね」
見事に撃沈した僕は、ふらふらとした足取りで食堂を出る。すると、まだ夢の世界から帰ってこないアギトの姿。僕は思いっきり脛を蹴飛ばしてやった。
「いてっ! なにすんだよ」
そんなこと言いながらニヤニヤしてる。ああ、むかつく。
魔界来て初めての収穫祭を、護衛の魔人部隊と一緒に行けというのだろうか。
いや、確かに魔人部隊はミーナと一緒にいても着いてくるが、花がないのは大きな差だ、主に僕の気分が。
というか、ミーナと一緒に行きたいだけなんだけどね。
がっくしと肩を落とす僕に、アギトが明らかにからかいの声色で話し掛けてくる。
「なんだ、断られたのか? ああ、そういえば収穫祭には魔王城からも店だすんだったな。まあいいじゃねえか、俺が着いてってやるんだから」
フレイアと回った後でな、といちいちむかつく言い方をするアギト。
僕が収穫祭に行くのは午後だ。それまでは約半分の魔人部隊の護衛と共に、魔王城で待機しなくてはいけない。
そしてその間はブルドの授業がある。
実はかなり楽しみにしてた収穫祭が、一気につまらなそうに思えた。まあ、アギトと回るのも楽しいのだろうけど。それとこれとじゃ話し別だ。
「そんなぶすくれんなよ。今日はもう遅い、部屋まで送るからまた明日な」
アギトに促され、しかたなく僕は部屋へと戻った。おやすみ、そう言って部屋の前で別れた。
憂鬱な気分で布団に潜ったら、いつの間にか寝ていた。
夢を見た。
『君は誰?』
知らない少年が、僕に問い掛けている。
――僕はヤマトだよ。
真っ暗な場所、少年と二人きりの空間に、僕の声が響いた。
『そうじゃない。どうして君はこの世界に居るの?』
なおも少年は質問を続ける。
――僕は魔王になるように召還されたんだよ。
その答えを、少年は予想していたようだった。静かに目を閉じて、何かを考えている。
やがて、閉じられていた双眼は開かれ、僕を見据えた。
『……世界が、動くよ』
僕にはその言葉の意味がわからなかった。
『君は、選ばれたのかもしれない』
なにに。その言葉は、驚愕によって塗り潰された。
暗くて気付かなかったが、その少年は鎖で拘束されていたのだ。両足、両膝、両手、両肘、全てが鎖で繋がれている。
『逃げられないよ。歯車はもう、止まらない』
少年は、まるで忠告のように言う。
なんだろう、胸騒ぎがする。
質問しようにも、なぜか声が出ない。
近付こうにも、僕には体がない。
そう、ここに僕の身体は存在しない。
ああ、少年が闇に呑まれていく。
『引き返せないよ』
そう残して少年は消えた。