第七話:最強を冠する者達
踏み込みと共に剣を振るう。体重を乗せたその斬撃はしかし、相手を傷つけることは無く空を切った。最小限の距離を後ろに下がっただけで、僕の攻撃を避けるアギト。
もう一歩、あと少し。振り下ろした剣を、そのまま突きへと繋げる。逆の脚で、さらに踏み込もうとした瞬間、アギトの姿がブレた。右側にぞわりとした感覚。側頭部に集中したその感覚を信じ、上半身ごと前へ転がる。
――ブォンッ!
髪の毛が掠ったのがわかった。前転して、片膝をついたままではあるが、アギトが居るであろう場所へ構える。
右手に持つ木剣は肩に乗せ、左手をこちらに向けるアギト。掌から、五つの火の玉が発生した。
そして僕を見据え、アギトはニヤリと不敵に笑った。これでおしまい、その意志表示。
回避は不可能。――――ならば、迎え撃つっ!
イメージする。足元から立ち上るように、体全てを覆うように、魔力が渦巻くように。
大切なのは、想像力。より鮮やか、より速やか、より詳細に。
水、流れる、冷たい、静かなる水面、水溜まりなんかじゃない、底無しの泉。
体から放出される魔力が、しだいに質量を持っていく。想像を実現し、世界に働き掛ける力。それが、魔法。
僕は一瞬にして、水の膜に包まれた。向こう側を、たやすく見ることが出来るほどの薄さ。でも僕にはわかる。この波一つ立たない水壁が、どれほどの力を持っているのかを。
目視するのが難しいほどの速さで放たれた五発の炎の弾丸は、しかし突如発生した水の壁に衝突して消えた。
それを見たアギトの顔が、歪んだ笑顔に塗り潰される。楽しい、楽しい、楽し過ぎて壊してしまいたい。そんな声が聞こえそうな程の、異常な顔。
最近見るようになった、魔族であるアギトの素顔。戦うのが好きで好きでたまらないといった表情。
この顔を見せたアギトがその次に繰り出す攻撃は、『絶対不可避』そう思わせるほどのものが来る。
僕の体に緊張が走った。異常に増す圧迫感、これが、魔人部隊隊長アギトの力の片鱗。
感覚を研ぎ澄ませ、あらゆる攻撃にも対応出来るように身構える。意識していない、本能の部分にまで働きかけるように、心を静まらせた。
僕がこの魔人部隊で、最初に教え込まれたこと、それを最大限に発揮させるのだ。
どこだ、どこから来る。
不意に足が震える。怖い、すごく怖い。無意識に感じるいかなる些細な兆候も全て把握し、そこから次の攻撃を予測する。それこそが、今の僕が持つ最大の武器だ。そして、今僕が予測したのは、前方全てを覆い尽くすほどの、圧倒的な力の爆発だった。
アギトの木剣が帯電し、地面を擦るような起動で振り上げられる。空間を引き裂くような轟音、地面が爆ぜる爆音、視界を埋め尽くすほど凶悪な衝撃波。
――――やられるっ!
今度こそ僕は直撃を喰らった。
吹き飛び、宙に浮かぶ体。このまま地面に叩きつけられるのだろう。意識が薄れる中、僕はそんなことを考えていた。
「やりすぎではないのか」
聞きなれない声がしたと思ったら、僕は地面とは違う感触のものにぶつかった。分厚いが、硬すぎないゴムのような感触、その慣れない肌触りに、落ちそうになっていた意識が浮上した。
見上げれば、人魔族とは違う爬虫類のような顔、そして肌を覆う柔らかい鱗。――――竜魔族、そう認識するのに時間はかからなかった。
「魔王候補を守るのが魔人部隊の仕事だと、私は思っていたのだがな?」
辺りに響く、この低い声。どこかで聞いたことがある気がする……。しかし、それ以上考える前に、僕の意識は闇に包まれた。