馬皇と由愛
分割しました。
少しややこしいですが温かい目で見守ってください。
次の日の放課後。
今日の馬皇は屋上に1人であった。周りを確認して誰もいないことが分かるとフェンスの近くにある段差に寝転んだ。
温かな陽射しと時折吹く穏やかな風。眠くなりそうな空間で空を見上げて見ると雲1つない快晴。馬皇の周辺には人がいないために離れた運動部と思われる活発そうな掛け声などが聞こえてくる。そんな声を聞きながら馬皇は昨日のことを思い出していた。しばらくするとそんなにいやな記憶だったのか長く重々しい溜息を吐いた。
「……はぁ。昨日はひどい目にあったな。出来れば二度と経験したくない」
「何かあったんですか?」
「ああ……それがな、昨日の……って‼ いたのかよ‼」
馬皇は自然に帰って来た言葉に答えると慌てて起き上がる。起き上がった先には由愛が不思議そうな顔をして座っていた。いきなり現れたように見えて、驚いた様子の馬皇を見て由愛は不思議そうな顔をする。
「ずっと隣にいたじゃないですか。何回も話しかけたのに無反応なんてひどいですよ」
由愛は全く反応してくれなかった馬皇に文句を言った。馬皇は本当にそうだったのか疑心暗鬼になりそうになりながらも由愛にたずねた。
「そうなのか?」
「ウソです」
「……どっちなんだよ?」
「ずっと隣にいたのは本当です。声は少し勇気が足りなくてかけられませんでした」
「……マジかぁ」
馬皇はしっかり調べたはずなのに由愛に気付くことが出来ずに肩を落とす。それと同時に昨日のことをしゃべりかけて心の中で冷や汗を流し、全部は喋ってなくて安堵する。由愛の方はそんなことお構いなく喋り続ける。
「一人で登っていくみたいでだったからずっと着いて来てたんですよ。何回か目の前にも出て来たのに気付かないんですもん」
彼女は不機嫌な顔をしてほおを膨らませる。全然迫力はなかった。そんな彼女を見て馬皇は顔のこわばりが消え表情を緩ませる。その顔に癒されて馬皇は昨日のことはどうでもよくなった。ふと気が付くと馬皇は由愛とあまり話したことが無いことに気づいた。
「ああ。すまないな。ちっさいから気付かなかった」
「どういう意味ですかっ‼」
「ちっさい」という言葉に反応して由愛は馬皇を揺すろうとする。だが、馬皇の体は中学生にしては大きく、体格に大きく差があるためにほとんど揺れない。しばらくして疲れ果てたのか馬皇に注意した。
「はぁはぁ……。さすがに女の子にちっさいは失礼ですよ。負毛君が大きいだけで。それでさっきの続きなんですけど、あの後になにかあったんですか」
由愛は馬皇が考え込んでいたのを見ていたから何かに悩んでいると思ったようだった。実際は昨日の出来事を思い出して心の奥底の方に封印して忘れようとしているだけなのだが。しかし、昨日の出来事に関しては他の誰か、ましてや異性の友人に言う気にはなれない。
特にこんな胸のお……ぽやぽやしている子には、と。それになんというか気恥ずかしかった。前世では妻がたくさんいたし女性と話た機会は腐るほどあったが、あくまで前世は前世だ。今はただのシャイな思春期男子である。
「何でもねぇよ。それにしても敵(真央)と一緒じゃなかったのか?」
何もなかったと答えて由愛に真央のことを聞いた。由愛は相談してくれなかったことにしょぼんとして馬皇の疑問に答えた。
「真央さんは何か先生に頼まれごとをしてましたよ」
「そうか。それなら待ってたらここにくるな」
そう言って馬皇は黙った。由愛はその沈黙が嫌なのか思ったことを言っているだけなのかすぐさま馬皇に話しかける。
「あの? つかぬことを聞きますけど、私が同じクラスにいたこと気づいていますか?」
由愛の発言に馬皇は驚く。
「そうなのか?」
馬皇は気づいていなかったことに由愛は立ち上がった。由愛は同じクラスだからという理由で連れてこられたと思っていたのだ。それが、本当に適当に捕まえて連れてきたというだけだったかもしれない。そのことに由愛は同じクラスであることを強調してもう1度言った。
「私も同じクラスですよ。お・ん・な・じ・ク・ラ・ス‼」
馬皇は「分かった分かった」という風に由愛を宥めた。今回の事実に由愛はどうにも落ち着ける気がしなかった。今の由愛の口調は少しだけ刺々しい。
「というより気づいてなかったんですか? てっきりクラス同じことを知っていて連れてこられたのかと思ったのに」
「いや、テキトーに捕まえやすそうな奴連れてきただけだしな」
馬皇は頭を掻いて答える。馬皇が真央に脳筋とかバカとか言われている理由が分かった気がした由愛だった。
「まったく。失礼ですよ。負毛君。私だって怒るときは怒るんですよ」
由愛は不機嫌そうな顔をして馬皇をジト目で見る。そんな表情でも未だに怖さというか迫力は一切なく馬皇は笑い出した。
「はははははは」
「なに笑っているんですか‼ こっちが怒ってる時に‼」
「いや、本当にすまんかった。馬皇だ」
いきなり自分の名前を言い出す馬皇。由愛は意味が解らず聞き返した。
「はい?」
「名前だ名前。改めて負毛馬皇だ。馬皇って呼んでくれ」
馬皇は由愛に名前で呼んでくれと言った。ようやく意味を理解したのか由愛は先程のことは水に流してにっこりと微笑んで答えた。
「はい。……馬皇さん。私のことも由愛って呼んでください」
「わかったよ。……由愛、さん」
「もう‼ 呼び捨てでいいですよ」
「んなこと直ぐに出来るか。よろしくな。由愛さん」
「よろしくお願いします。馬皇さん」
馬皇が由愛さんと呼び、由愛が馬皇さんと呼んだ。2人ともまだ気恥ずかしいのか名前を呼ぶときに間があった。が、それも時間が解決するだろうとお互いに感じていた。話すことが無くなったのか2人は黙って空を見上げることにする。春の温かい風が吹く。2人はその喋らない空間を静かに楽しむのであった。




