10話
アークの中心部にある部屋。各々の作戦で分かれて行った後に真央と由愛が精神世界に入り込むのを想定して色々と増幅だったり、防御だったりを随所に盛り込まれた部屋で、真央と由愛はこの部屋で全員の準備が整うのを待っていた。
『洋介とサライラ。持ち場に着いたぞ』
『いつでも行けますわ』
『鉄。スーツの着用完了だ。他の皆も準備は出来ている』
『天狩。以下アーク関係者も全員持ち場に着いたぞ』
「了解。それとスーツの方って名前ってなんだっけ?」
全員が持ち場に着いたのを確認した真央はふと思ったのか鉄が乗っているスーツの名前を聞いていないことを思い出す。それに対して天狩が言った。
『それの名前については私が考えてある。名前というのは大切だからな』
『そうなのか? いや。確かに名前が無いのは不便だな』
『そういえば名は体を表すっていってたしな』
『だろう。名前というのは自分も名乗り、相手もそれを口にする。一種の暗示なのだよ。私の分野外ではあるが、それを聞かされた時には妙に納得してしまったのでな』
天狩が自信満々に答えると鉄も同意する。聞いていた真央はたずねた。
「そう。それなら名前は?」
『真田君はせっかちだな』
「うっさい。のんきにしている場合でもないでしょうが」
天狩のやれやれといった仕草が真央の中の何かを刺激したのか少しだけ苛ついた様子で言い返す。それに対して天狩は気にした様子もなく答えた。
『私が作ったスーツや兵器の中でも過去最高の大きさという事と今回の作戦は彼を足止めすること。支えるものという意味のあるアトラスというのが名前だ』
「そう。アトラス、ね。……それで行くわ」
『肯定してくれてうれしいよ』
真央はまたしても神話関連の名前が付く事に対して少し微妙な顔をするが、今更考えなおすのは面倒だと判断したのかその名前で行くことを決定する。受け入れられたことに天狩が喜ぶ。
「改めて言うけどあいつが動きはじめたら作戦開始の合図よ。それと最後に。作戦も大事だけど命の方を優先よ。全員死ぬ気で生き残りなさい」
天狩の言葉を無視して真央は念を押すようにそう言うと先程まで喜んでいた天狩も含めて真剣な表情に変わってからうなずく。
『了解だ。鉄。アトラス共に出る』
『分かってる。リルも同意しているってさ』
『分かっていますわ』
『船の操作は任せたまえ』
「ふふ。期待しているわ」
真央は短く微笑むとそれを最後に真央は通信機を切る。同じ部屋で静かに待機していた由愛は真央に話しかけた。
「真央さん。もう大丈夫ですか?」
「ええ」
真央はうなずいた。その反応にもう始めていいと判断した由愛は言った。
「分かりました。それなら手を握ってください」
「こうすればいいの?」
「はい。大丈夫です。ゆっくりと私の呼吸に合わせてください」
由愛と真央はお互いに向き合う様にして両手を握る。真央は由愛に言われるがままに呼吸を合わせて眼をつむる。由愛の手は少しばかり冷たい。由愛と呼吸を合わせるたびに分け合う様に由愛の手が温かくなっているように感じられる。その心地よさに意識が朦朧とし始めると声が聞こえた。
「……さ……。ま……ん。真央さん‼ 着きましたよ‼」
「はっ。由愛。ここは」
「馬皇さんの意識の中です」
「何と言うか。殺風景ね」
ここに来るまでの過程が完全に抜けているという事に混乱しながらも真央は辺りを見渡す。精神の世界という事で夢などと同じように様々な記憶が無造作にあると思い込んでいたら白い何もない空間だった。
「そうですね。でも、ここは精神世界の端の端くらいなので」
「そうなの?」
精神世界というものを知らない真央は由愛の言葉に興味深そうに聞いた。由愛は丁寧にそれに答える。
「はい。馬皇さんはおそらくあっちにいます」
「何もないわね」
「う。確かに何もないんですが、なんとなくわかるんです。それと移動に関しては心に念じれば思った通りに動けます。着いて来てくださいね」
由愛はそういうと体を浮き上がらせる。真央は翼を出すと由愛に着いて行く。しばらく由愛に着いて行くと唐突に世界が変わった。
「何よっ‼ これ‼」
先程の白い世界とは打って変わって、塗り替えられるように鮮やかな世界が姿を現す。そこには雄大で綺麗な青空とどこまでも続く草原。穏やかな気候に加えて太陽が程よい暖かさを生み出し、とても居心地の良さを感じられる。
「馬皇さんの記憶の一部です。ここは多分馬皇さんの記憶の中で一番安らげる場所を再現してます」
「という事はこんな感じであいつの記憶が色々とあるってこと?」
「はい。馬皇さんがこれまでに感じた記憶の場所や出来事がそのまま再現されているのが精神世界です」
「そんなことよく分かるわね由愛。いえ。由愛の姿をした誰かさん?」
「……そんなに簡単でしたか?」
真央はこの世界に対して純粋に驚きながらも由愛に似た誰かに対して問いかける。その問いかけに由愛は体を震わせる。
「何かを隠してるってことがバレバレで仕草も由愛そっくりだけど、まるでこの世界に長くいるようなそぶりを見せてる時点で駄目よ。由愛だったらもっと何かしらリアクションするわよ」
「そうですか」
「それに決定的なのは魔力の流れる波ね。魔力って垂れ流したりしている時って波みたいにわずかに揺らぎがあるの。その揺らぎは人によって違うの。魔力の質とか量は全く同じなんだけど、微かにあなたの揺らぎは由愛よりも早いから見分けるのに苦労したわ。それであなたは私に何の用?」
真央は由愛に似た少女に再度問いかける。少女の方はわずかにほほ笑むと答えた。
「私は結女。結ぶ女と書いて結女です。由愛の前世の名残です」
「へぇ。前世……ね」
「はい。記憶というのは肉体に刻まれる物であって魂にはほぼ刻まれません。それ故に前世の記憶というのは基本的にその名残であるというのが私の時代の考えです」
「ほぼ……という事は稀に記憶が完全に抜けないという事があるという訳ね?」
「はい。魂の周りに細工をするというのもありますが、出来るのは規格外の魂の持ち主だけです。もしくはよほど強い思いの場合のみですが」
「なるほど。結女はその強い思いを残したままだから由愛に残っていたって訳か」
「うぅ。そうです」
結女に対して真央がそう言うと何故か恥ずかしそうに答える結女。その反応に真央は困惑する。
「なんでそんなに恥ずかしそうにしてるのよ?」
「いえ。そんなはっきり言われると執着の強い女みたいで……」
「安心しなさい。言い方を変えれば一途ってことでしょ」
「そこまで重い女じゃないですよ。……多分」
「そこは断言しなさいよ」
自信のなさそうな言葉に真央は思わずツッコむ。それにクスリと笑う。
「ふふ。真央さんらしいな、と」
「あら? 由愛の記憶もあるの?」
由愛の記憶があるのか結女の反応に純粋に驚く。結女は言い忘れていたのか補足する。
「あ。はい。記憶の一部は共有しているので、真央さんとダリウス様の分体である馬皇様、サライラ様についても良く存じております」
「そう。由愛はそれについては記憶が残っているの?」
「由愛さんが知っているのは一部です。由愛さんは眠っています」
「そう。それとあなたが消えたら由愛には何か影響があるの?」
「それについては大丈夫です。私が消えようともあの子には何の影響もありませんよ。私はダリウス様……馬皇様の事が心配だっただけです。それにたとえ消えようとも私の意思を継いでくれる子がいますから」
結女はそう言って微笑んだ。結女の言葉から真央は由愛の事が頭に浮かぶが一旦その考えから離れると真央は一歩結女に近付いてから言った。
「分かった。とりあえずは信じることにするわ。案内してちょうだい」
「はい。着いて来て下さい」
結女はそう答えると動き始めると真央は結女の後を着いて行った。
リフレッシュのために短編を書こうか悩んでるhaimretです。真央たちは馬皇の精神の中に無事侵入しました。次回は現実世界の方を書くと思いますのでお楽しみに。
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