9話
クラスメイトゾンビ化事件から数日たち、いよいよ馬皇を正気に戻すための作戦を開始する直前。アーク艦橋で全員が準備を終えて集まると真央が最初に声を上げた。
「みんな‼ 分かってるわね」
『『おお‼』』
真央の掛け声に他の全員の声が揃う。
「最終確認よ。私と由愛であいつの精神世界に行って皆月の排除と馬皇を回収、その間はあの本体が暴れまわるのと私と由愛の肉体は無防備になるから残った全員で死守。いいわね」
『おお‼』
全く同じ返事に真央は少し不安になるが話を続ける。
「サライラと洋介はこれを」
真央は懐から薬を取り出すとサライラと洋介に投げ渡す。
「これは?」
「ちょっと前の事件の時に思い出したから作った巨大化薬よ。これを飲めばたちまち本来の肉体の大きさの2倍に」
「うさんくさいうえにすっげぇ飲みたくないんだが……」
「駄目よ。副作用とかないんだから戦う時に絶対飲みなさい」
洋介が瓶に入った紫色の液体を見ながら手を上げて拒否すると真央はさらにそれを拒否する。いきなり渡されて訳の分からない間に決定しているという事に困惑しながらもサライラがたずねた。
「なぜ私と洋介に?」
「大きい奴から選んだだけよ。ただし、飲むのは戦う直前にして。効果は6時間ほどだけど、試す時間はなかったのと材料が最高の物とは言い難いから恐らく時間はさっき言った時間より短いわ。それにそれでドーピングしても、多分最大であいつの3分の1くらいにしかならないと思うし」
シンプルな答え。それに納得したサライラは質問するのを止めると洋介はまだ不安が残るのか微妙な顔をして答えた。
「まぁ。ないよりましってことか。だけど、宇宙空間で戦えるのかよ」
「え? リルから聞いた話だと宇宙空間でも普通に戦えるって言ってたわよ?」
「え?」
「え? 知らなかったの?」
「リル?」
『あ』
リルは忘れていたのか完全に忘れていたのか呆けた声を出すと洋介は頭を抱える。
「俺聞いてないんだけど?」
「それよりもなんで同じ肉体を使ってるのに意思疎通できてないのよ」
『いや。プライバシー? とか大事じゃしな。それにどっちか片方が寝落ちしたら肉体は起きてる方が主導権握るしの』
「会話することはあっても相手の心の内までは見ない様にしてんだよ」
『我の約束を忘れたおしおきでお宝とか評していかがわしい本とかの隠し場所を妹ちゃんに教えたら妹ちゃんがそれを実践してな。あれは面白かったわ』
リルの言葉が拡散してクラスの男子は妹という言葉から嫉妬半分。秘密をさらされたという同情半分の視線が。お宝本という言葉から女子はゴミを見るような視線が洋介を襲う。洋介はその視線に耐えきれずその場に崩れ落ちる。
「実の妹にそんな眼では見てないんだ。ただ、妹が……。妹が……」
「洋介の兄妹間に何があったのよ?」
さすがに気になる洋介と洋介の妹の関係を真央は聞きだそうとするが、仲のいい幸太郎、小太郎は頭を横に振った。
「あ~。それについては親友である俺たちは何も言えない」
「だな。ただ、1つ言えるとしたら」
「「あれは……なぁ」」
『普通に仲の良い兄妹だとおもうぞ?』
洋介たちの言葉とリルの言葉に謎は深まるばかりであった。それでもさすがにこれ以上踏み込むのは色々と不味いと思ったのか真央は咳払いを1つすると話題を変えた。
「こほん。とまぁ、一応は巨大化できるから始まったら飲んでちょうだい。ただし、予備はないから効果が切れたら撤退して」
「分かりましたわ」
「それで他のみんなは分かってるわね?」
サライラがうなずいたのを確認してから洋介を除く、一部のクラスメイト達と鉄、親部はうなずく。
「弩級巨大パワードスーツの運用。アシスト込みで考えても動かせると思ってなかったけど天狩のREDの理論のおかげで何とか完成までこぎつけたわ。最早あれをパワードスーツって呼称してもいいのか不明だけど」
真央は別の場所に格納しているスーツに思っている事をつぶやく。全長5,000km。地球の直径よりもやや小さいがそれでも人間が砂粒レベルに見える大きさに加えて頑丈さとパワーに特化した代物である。スーツとは名ばかりで巨大人型ロボットといった方がしっくりくる見た目であるが、中央には体の動きに合わせてスーツが動くように設計されており体の各部分には魔力をエネルギーとする動力が存在しており何もない空間を飛ぶことも可能にしている。
「私もこれだけ大きな代物を作ったのは初めてだったよ。ただし、操れる者がこの場には1人しかいなかったがね」
天狩はそう言って鉄を見る。鉄はその期待に応えるようにうなずいた。
「分かっている。生徒を救うためだ。全力で答えよう」
「ああ。それについては信頼している。それに実際に動かせるのは鉄氏だけが、さすがにあれだけの巨体だ。細かい部分の損傷とか、兵器の使用はクラスの者たちの一部が担当する。技術や応急処置の方法、退避の際の動きなどは教え込んでいるから思う存分使ってくれ。それと残りのクラスの皆と私たちでこの船と彼の距離を付かず離れずにいる事と外から指示を出せばいいんだろう?」
天狩が残りのクラスメイト達の事を言うと担当場所ごとでうなずいていく。その答えに真央も満足なのか天狩に笑顔を見せる。
「ええ。開発も出来て戦闘も出来るのは本当に頼もしいわね」
「ははははは。天才だからな」
真央の言葉に照れた様子もなく堂々とした雰囲気で胸を張る天狩。それなりに付き合いだして天狩の対応には慣れたのは慣れたが未だにどう反応すればいいのか分からずに全員が苦笑いする。それによって緊張がほぐれたのかクラスの肩に入った無駄な力が抜ける。
「ところで馬皇を救出した後はどうするんだ? ずっと聞こうと思ってたんだけど」
洋介がクラス全員の疑問に思っていたことを告げた。真央が不安な様子が一切見られなかったために何かしら対策を持っているであろうことは全員が思っていたが、今の今まで助けた後の事を聞けていなかった。
星そのものが崩壊したという事は家族なども助かってない可能性が高い。それに加えて今いるメンツは崩壊時には地球にいなかった者たちである。そのために詳しい状況など分かるはずもなく、それに加えて実際にどうなっているのか聞くのが怖かったために結局離されてなかった事柄でもある。
「そうだな。それについては我が説明しよう」
洋介の疑問にユメリアが前に出た。なんでこの質問にユメリアが? という者とユメリアが出てきたことによってある程度の予想が付いた者の2つの反応に分かれる。
「崩壊した地球の者たち全員は今アマノハラにいる」
「いや。どうやってだよ? 確か地球からアマノハラに行くには転移装置で移動だろ? そうなって来るとどう考えても間に合わないんじゃ?」
「それについては崩壊する際の大地震の時に召喚の魔術を、な」
召喚という言葉に洋介たちが緊張する。確かにそれを使えば強制的に呼び出すことが出来る。
しかし、そんな大規模な物がアマノハラにあったという話は聞いたことはないし、理論上は存在しているが実用化できていないというのは地球の世間一般にも公開されている情報であった。
「今回の騒動に対しての予防策として崩壊する少し前からファナと真央に協力して作ってもらったんだ。とはいえ悪用できない様にかなり限定的な条件でな。まさか本当に使われるとは思ってなかったのは我も同じだ」
「という事は‼」
「ああ。連絡は入れられないがまだ、家族は死んでいない。一応、生存報告はしてあるが、手紙みたいな文字としての情報しか送れていない。さすがに空間を超えるとなると我ではこれが限界だ」
「合間合間でユメリアが困っていた所を指摘して作り上げたんだけどさすがに相互でやり取りするには相手側の技術が足りないからこの辺が今の所の限界ね」
ユメリアと真央の言葉にやり取りだけは出来る事が判明して、なおかつそれぞれの家族が生きていた事に士気が上がる。
「それに地球については考えはあるわ」
「つまり、今は馬皇をどうにかする事に集中できる‼」
「ええ。改めて聞くけど準備はいいわね? あと少しだけ猶予はあるけど一度始めたら後戻りできないわよ?」
『『おお‼』』
真央の問いにこの場にいた全員が右手を挙げて声を揃える。それに真央はうなずいた。
「分かったわ。作戦開始よ‼ 全員持ち場につきなさい‼」
真央の合図と共に馬皇救出作戦を開始した。




