36話
「ようやく来ましたか。待ってましたよ」
親部達のいる部屋を後にして、その先にある他の部屋よりも一際豪華な扉を通ると皆月が馬皇たちを笑顔で迎える。部屋の作りは前の部屋よりも倍近く大きく、部屋の奥の中央に皆月は座っていた。
「ちっ。来るのは分かってたんだろ?」
そんな様子の皆月に馬皇は不快そうな顔をする。
「そんなことはありませんよ。あれは全ての事象を確定で見れるわけではありませんから。ただ、高確率でそろそろ来るとは思っていましたが」
「そういう所がいやらしいんだよ。それで? 俺たちを招き入れたのはどういう目的だ?」
「それは分かっているはずでしょう。負毛 馬皇君。いえ。この本の著者のダリウス・イズバルドといった方がよろしいでしょうか?」
「……どうやってその本の封印を解いた」
馬皇の前世の名前を出す皆月。馬皇の警戒はより強くなる。
「簡易的な部分は私が入手した時にはもう解けてました。本格的な所は屋久島君にお願いしたのですよ。ほら、この前に君の心臓を食べたでしょう? そのお蔭で封印が解けて私は万々歳です」
「あれは生きているって言えるのかよ」
馬皇は未だ姿を見せていない屋久島の事を思い出す。修学旅行での鬼神を倒した際に不意打ちで心臓を抜き取った灰色の竜人。理性が崩壊した様に笑い声をあげていたあれはまるで操り人形のようであった。
「すごいでしょう。理性は実験の途中で君の肉体の一部を移植した際に8割。最後の2割はあなたの心臓を食べたことによって吹き飛んでしまいましたが、あなたのスペックの9割を再現できました。しかも、理性を失ってもある程度は思考できるのか主が分かる様に刷り込みをしっかり行えたお蔭で自由にその力を扱うことが出来るというオマケ付きで、です。それに彼のおかげで私の探し物は見つかりましたしね」
「俺の体か? 止めとけ。消滅するぞ」
「なにそれ? 聞いてないんだけど?」
馬皇の言葉に話を聞いていた真央は驚いた様子で馬皇を見る。サライラも思い当たることがあるのか何かを考えているために黙っている。
「ふふふ。そうですか。喋っていませんか。まぁ、それはそうですよね。あなたの最後を知っているのはその時に相対していた勇者とあなたしか知らないはずでしたからね。しかも、勇者の方には記憶を封印するという念の入れようで」
「……どうして知っている?」
「それは秘密です」
馬皇が威圧しながらたずねると皆月はその重圧をものともしない様子で答える。
「それなら強引に聞くまでだ」
制圧のために馬皇は皆月へ殴りかかる。
「おっとそれはさせませんよ」
皆月はそう言うと馬皇と皆月の間に何かが割り込む。
「KYRRRRA」
割り込んで来たのは変わり果てた屋久島であった。最早言語は喋っておらず顔のない竜人は口を開いて呼吸のような声を発している。馬皇の拳を正面から受け止めると片手で力任せに最初に立っていた場所に向けて投げた。勢いよく馬皇は地面に打ち付けられると何事もなかったかのように立ち上がる。
「ははははは。すごいでしょう。彼は今私を守るためだけに行動しています。そして、私が指示を出せば何でもしてくれる。これほど最高な兵器は存在しませんよ」
馬皇を見ながら皆月は笑う。その姿はオモチャを見せびらかす子供のように無邪気であった。
「何してんのよ?」
「どれくらいの力があるのか確かめてみただけだ」
「それにしたって投げられるのも問題でしょ。相手が調子に乗ってるじゃないの」
「悪かったな」
真央の言葉に馬皇はばつの悪そうな顔をすると真央は言った。
「そんなことよりも。あんたまだ私に何か隠してるでしょ? とっとと吐きなさいよ」
「これについては言う気がない」
「そう。なら知ってる奴に聞くわ。皆月。こいつは何を隠しているの?」
「おい」
敵に躊躇いなく聞く真央。さすがにそれは想定していなかったのか皆月は少し動揺した状態で答えた。
「さ、さすがに敵である私に聞くのはどうかと思いますが?」
「別に誰から聞こうが問題ないわ。それよりもこいつがかくしている事の方が気になるわ」
「ふふふ。いいでしょう。私の計画には支障がないので答えてあげましょう」
「あら? 優しいのね?」
「女性には紳士ですからね。私は」
皆月は敵であっても直球でたずねてくる真央に対して気分がいいのか話しはじめた。
「まず大まかな前提として言いますが、彼。ダリウス・イズバルドは死んでません」
「どういう事よ? こいつの前世の妻に聞いたユメリアとの話やアマノハラに残っている本当に古い資料と話が食い違うんだけど?」
皆月の言葉に最初から着いて行けないのか真央は困惑する。
「ええ。私もアマノハラの古い文献や資料を手に入れているので分かりますよ。普通はそういう反応をしますよね。彼が勇者に負けたのは事実。魔王ダリウス・イズバルドが暴走して勇者が倒してそれを止めた。しかし、その後の話があるんですよ」
「ちっ」
馬皇は舌打ちしながら皆月と屋久島の不意を突く。屋久島の反応はない。馬皇は皆月を黙らせようと掴みかかるが皆月の転移によって元の位置に戻される。しかも、動くたびに空間の転移先を固定しているのか少しでも動けば、転移によって最初の位置に戻される。
「ふぅ。油断も隙もないですね。命令なしで彼が反応できないレベルまで殺意や攻撃性を抑えた状態で私を絞め落としに来るとは」
「それで? その後の話ってなんなのよ?」
それらの行動に一切興味がないのか真央は催促する。その様子に皆月はため息をついた。
「はぁ。襲われたのに全く興味がないのもどうかと思いますがね」
「そんなんで黙っちゃうような奴なら話を聞く価値もないわね」
「わぉ。脳筋ですね」
「脳筋じゃないわ‼」
皆月はおどけた様子で真央に言うと真央は否定する。それを見てそれなりに満足したのか話を再開する。
「それでは話を戻しますね。確かに勇者によって魔王ダリウスは倒されました。しかし、あそこまで巨大な力を持った存在の遺体は近くにあるだけであらゆるものに影響を与えます。それこそ命のある星が生き物が一匹もいない死の星になるレベルで。だから、彼女たちは力を分割した」
「それがユメリアの言っていたイシュララ、アマノハラに封印されていた鬼神という訳ね」
「ええ。ちなみにその一部を吸収したのがこの未来観測書ですし、ここにいる屋久島もです。ですが、おかしいと思いませんか?」
皆月はたずねるように言った。その意図を察した真央は答える。
「そんな力を持った存在が簡単に暴走する物なの?」
真央は思った。馬皇の事を知っているが故にであった。普通であれば元々持っている力に対して制御できないというのはあり得ない。しかも、子供のサライラとの穏やかな時間も存在していることを考えれば制御できていないはずがない。
「そうです。一応、竜という存在には逆鱗というものがあり、それを壊されると死に至ります」
「それだったら話のつじつまが合うんじゃないの? 誰かがそれを破壊した。其れで暴走したこいつが倒されたって」
「ですが、まず分かっていても彼のを壊そうと思ったらその時代の生命たちのエネルギーでは足りないです。それにそれを行ったのは誰なんでしょうね?」
皆月の言葉に真央は言葉が詰まる。確かにどう考えても陰謀の臭いしかしないが、それを行えるかと言われれば不可能に近いというのを真央は分かっていた。馬皇の竜の状態で真央も全力で戦った事があるが、鱗にわずかに焦げ目を入れることが出来た程度でダメージがまともに通ったことはない。そのことを思い出して嫌そうな顔をする。
「なら、どうしたっているのよ」
「簡単ですよ。この星そのものの生命力を使って彼に攻撃を加えたんです。星のエネルギーを丸々変換して死ぬのと引き換えに彼を滅ぼそうとしたんです」
「……それはどんな結果になるか分かってやったの?」
真央はその話を聞いてあまりの酷さに怒りがわいてきたのかいら立ちを隠さずにたずねる。
「ええ。彼の力を手に入れれば星が無くなろうが、人類がどうなろうがどうでも良かったんです。そして、その目論見は半分成功した」
「半分?」
「はい。彼らは弱点である逆鱗を破壊されれば普通は死にますが、それは一定の力のない竜の話。本当に力を持っている竜は有り余るエネルギーを暴走させて本能のままに暴れまわることを知らなかったんでしょうね。確かに、ダリウスの逆鱗を破壊することには成功しました。しかし、その愚か者たちはその余波で消滅しました。1人を残して」
「まさかっ‼」
「ええ。その最後の1人の末裔が私なんですよ。そのご先祖様だからこそ結末を知っているし、未来観測書の在り処も知っていたために簡単に盗み出すことが出来たのですから。そして、私たちの悲願は同様にかの竜の力を全て手に入れる事」
皆月の言葉に真央は絶句する。それはあまりにも強欲であり、無謀に見える。それなのに恍惚とした表情で出来る事を疑っていない皆月に空いた口がふさがらない。しばらく思考が止まっていた真央は無理矢理に口を開いてから言った。
「……暴れまわったダリウスはどうなったの?」
「暴れまわる彼は勇者と一人の竜に愛された少女の命によって眠りにつきました。自身の命を使った竜への鎮魂の術式。安らいだ彼は眠りにつく前に悪用されない様に力を分割し、世界と同化。世界中の人間の記憶を改ざんして肉体と残りの力で星を再生をするために眠りについた。もちろん悪用されないようにいくつかに力を分割する形でね。サライラという少女のために作った本に、鬼神。イシュララという竜に地球そのもの。というふうにね。本来であれば記憶の改ざんに巻き込まれてその情報を失うのですが、私の先祖はどうやってかそれを逃れたのですよ。だからこそ私は知っているのです」
「まさか‼」
真央はその話を聞いて慌てて地球のある方を見る。丁度ガラス張りになっているのか青い地球がそこから見える。
「そうです。眠っている彼の肉体はあの星そのもの。復活するとどうなるんでしょうね。そして、その分体が負毛 馬皇であり、その命を使って眠らせた少女の転生体が君と馬皇と共に居るその娘。今は山田 由愛と名乗っているんだっけね。その2人がかの竜を復活させる最後の鍵なのです」
皆月はニヤニヤと笑いながら馬皇と由愛を指さして言った。
ブクマや評価が嬉しいhaimretです。いつも読んで出さりありがとうございます。今回は伏線回収(?)回。次回こそは戦闘回になると思います。ついでに、章のタイトルの通りだとすると……。という訳でお楽しみに。
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