29話
「そんなはずはないわ。私たち王族が歴代の勇者様を見間違えるなんてありえないわ」
「そんなことを言われてもな。違うもんは違うとしか言いようがない」
馬皇の顔を見るなり勇者だという王女。それに対して馬皇はしっかりと否定する。その反応がショックだったのか王女はドレスのまま膝をつく。
「そんなことしますとドレスが汚れますわ。それに他の人の前でしてよ」
がっかりとした様子の王女に対して意外にも気遣うように手を差し伸べたのはサライラだった。それを見た王女は素直に手を掴んで立ち上がる。
「ありがとうございます。それと先ほどははしたない姿をお見せして申し訳ありませんでした。あなたは歴代最強と名高い初代勇者リョーマ・オーケ様ではないのですね」
「ああ」
「え? それって……もがっ」
洋介が反応しそうになるが馬皇が瞬時に後ろに回り込んで洋介の口をふさいだ。
「おい。何すんだよ」
洋介は馬皇がいきなり口をふさいだことに腹を立てた様子で口に出すが馬皇は王女に聞かれない程度の小声で言った。
「その話はするなよ。絶対に面倒になるからな」
「どの程度だよ?」
「少なくとも言わなかった時よりも国に引きとめられる。下手したら監禁だな」
「マジかよ」
「国の英雄的な存在と知り合いとか関係者であったら例え今はそこまで出なくても将来的な部分で見たら戦力になりえる可能性が高いと思われるだろうが」
馬皇がそう説明すると思っていたよりも厄介そうな説明に洋介は冷や汗を垂らす。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ。何でもありません」
「そうですか」
洋介の様子に王女がたずねるが洋介は何でもないと頭を横に振る。そんな洋介の様子に王女は不思議そうな顔をする。
「それよりも今回俺たちを呼んだのはなんでだ? それもこいつとサライラちゃんを含めて」
仕切り直すように洋介がたずねる。王女は目的を忘れていたのかはっとした顔をしてからすぐに答える。
「そうでしたわ。今回呼んだのはこの街の防衛で活躍した者たちの話が聞きたかったからよ」
「それならギルドマスターの方がいいのでは?」
「それはお父様と一緒に聞いたわ。だから、今回の襲撃の中心にいた者たちから話を聞きたくて呼び出したの」
「とは言っても詳しく話せないぜ……ですよ」
「堅苦しいのならそこまで言葉に気を使わなくてもいいわよ。別に公の会話でもないしそろそろ私も敬語を続けるの本当はきついから普通に喋ってもらえると嬉しいわね。知らない仲でもないんだし。それと練習のために少し遊んだけど公の前ではぼろを出さない様にしなさいよ。出来なければ一緒に訓練に参加させるわよ」
「それは勘弁してくれ。俺が死ぬ」
「そう?」
洋介の敬語が崩れるとちょうどいいとばかりに言葉を崩す王女。同時に大人しそうな様子から闘気をむき出しにして周りにふりまく。圧迫感のような力に洋介たちが顔をしかめた。その変わり様に馬皇は困惑する。
「あら? 貴女とそこのあなたは驚かないのね」
サライラの意に介さない様子で頭をかしげ、馬皇は困惑こそするものの洋介たちのように苦しそうな様子ではない事に王女は少し感心した様子で答える。
「? そちらの方が話しかけやすいので気になりませんわ」
「そういう反応は新鮮だわ。身内には公の場でなくても必要以外ではなるべく抑えろって言われるのよ。訓練としてはちょうどいいけどやっぱりずっとっていうのはしんどいわ」
「そんなこと言われても俺らはどうすることもできないぞ」
「それは分かってるわ。ただの愚痴よ。それと自己紹介を忘れていたわ。ヨウスケたちはいいけどあなた達は初めてよね。私はファナリア・フィルガリデ・オウケストラ。ファナでいいわ」
思い出したとばかりに名乗りを上げる王女もといファナ。それに続くようにサライラから名乗る。
「私はサライラ・イズバルド。サライラでいいわ」
「俺は負毛 馬皇だ。馬皇が名前だからそっちで呼んでくれ」
「そう。サライラにマオウね。オウケってやっぱり勇者様と縁が?」
「偶然だ」
「そう。それなら一つ聞いていい?」
「いいぞ」
ファナは馬皇の答えに対してこれ以上追及する気はないのか質問を変える。
「あなたの苗字から名前の呼び方は私の知る限りこの国とその周辺では使われない並びなのよ。つまり、あなたは……いえ、あなた達は召喚者たちとは別の世界から来た来訪者ね」
ファナは馬皇たちに対してしっかりと見据える。どんな答えであっても嘘は見逃さないと言った様子である。
「ああ。確かに俺たちは異世界から来た」
「それは召喚者であるヨウスケたちを連れ帰るため?」
「おう。帰る方法は仲間が知ってる」
「それではその方法を使って我々の世界を侵攻しようとはお考えで?」
「それはない。今回は俺のダチ、友人を助けるためにここに来ただけだ。でも、それを信じろって言っても信じられないだろ?」
馬皇はそう言うとファナはしばらく考え込む。そして、それなりの答えが出たのか馬皇ににっこりとほほ笑んだ。
「そうですね。いいでしょう。王女ファナリア・フィルガリデ・オウケストラが宣言します。召喚者たちの帰還の目途が立ちました。マオウ・オウケの指示の元ヨウスケ・タナカたちは元の世界に帰還できるようにバックアップいたしますわ」
「助かる」
ファナの宣言に馬皇は安堵する。そんな馬皇を見てファナは微笑んだ。
「ふふ。構わないわ。元々異世界からの召喚は未曽有の危機以外での利用は禁止されているの。それでも違法に研究していた輩がいてね。それを成功させて呼び出されたのがヨウスケたちよ。運よく召喚寸前でそいつらを全滅させたけど召喚の魔法が止まらなかったのが今回の原因よ。勇者召喚の魔法は帰還までがセットだけどヨウスケ達はそうはいかない。だから、今回の事はちょうどいいのよ」
「そうか。それで責任を感じて王女様直々に保護っていう形か?」
「ええ。私の信用できる貴族の仲間にお願いしてね。異世界に来た者たちを無下にしては過去に世界を救ってくださった勇者様に失礼にあたるわ。やり過ぎれば異世界の方であろうと処罰はするけどそれ以外に関しては最低でも下級貴族と同じ待遇よ。それに研究をしていた者たちは捕まえれたけど口を割らずに自殺。黒幕はまだ捕まってないの。だから、今ここ居るよりも元の世界に戻れるならそっちの方が安全でしょ?」
「ありがとな」
「どういたしまして」
ファナの話に洋介たちは初耳なのか苦しそうにしながらも驚きの表情が見える。それを見た馬皇は話題を変える。
「それとそろそろ抑えてやらないと周りの奴らが喋れないぞ」
「あ。それもそうね。ごめんなさいね。抑えなくてもいい相手が出来るは初めてで忘れてたわ」
「ぷはっ。はぁはぁはぁ。なんでお前ら平然としてんだよ」
洋介たちは解放されると全員が膝をつく。その中で比較的マシな洋介が息を荒げながら馬皇たちにたずねる。
「慣れだ。慣れ」
「強くなれば問題ありませんわ」
「……慣れる気がしねぇ」
馬皇たちが簡単に答えるとこいつらに聞いたのが馬鹿だったという風に呟いて幸太郎と小太郎、後ろの騎士と同じように呼吸を整えるように深呼吸をする。
「それはそれとしてマオウにサライラ。戦いましょう」
「断る」
呼吸をするように話をぶっちぎってから戦おうとファナが馬皇たちに提案する。それに対して馬皇が先に拒否するが引き下がる気はないのか食い下がる。
「駄目よ。逃がさないわ」
「ここだと他の奴らに迷惑だろうが」
「そうね。こんな場所じゃ思い切り戦えないわね。いい場所があるから案内するわ」
「やるとは言ってないんだが?」
「誰にも邪魔されないし街の外だから周辺が更地になっても問題ないわ」
「おい。この王女様は何をする気だ?」
ファナの発言に馬皇は騎士の方を見てたずねると騎士は頭を横に振るのみであった。
「うーん。それだけじゃ戦ってくれなさそうね。それなら」
馬皇の戦う気のなさそうな様子にファナは何かを思いついたのか馬皇の目の前に立つ。
「何をする気だ?」
「そんなの決まってるじゃない。こうよ」
「んな‼」
そう言ってファナは馬皇の首元に腕を絡めると体を持ち上げて馬皇の正面からキスをした。あまりの事に馬皇の行動が止まる。そして、周りの空気も止まる。不意打ち気味のそれにサライラが声を荒げる。
「勝ったら好きにしてもいいわ。負けたら私の物になりなさい。それと拒否は負け扱いよ」
「何をなさいますの‼ 許せませんわ‼ 私もまだやったことないのに‼ 決闘ですわ‼」
「あら♪ あっちの方が釣れたわね」
馬皇に対する行動にサライラの感情が爆発してファナを指さして宣戦布告。その様子にファナは嬉しそうに笑みを浮かべ、相手の策略に嵌まったサライラに頭を抱える馬皇。
「あ~。サライラ」
「お父様にした分は後で上書きさせてもらいますわ」
「これでよし‼ ファナ‼ 戦う場所は!?」
馬皇はサライラを落ち着かせようとするがサライラはまだ興奮状態なのかファナが抱き着いている横から馬皇に抱き着いてそのまま馬皇にキスをする。
「マオウ。サライラと戦った後はあなたよ。それとサライラ。少し待ってなさい。戦う前にお父様に言っておかないと怒られるから」
「構いませんわ」
「ああ。楽しみだわ」
することをした後サライラは降りるとファナに戦う場所をたずねる。サライラの反応に嬉しそうに馬皇から飛び降りるとサライラに少し待つように指示を出す。
「どうしてこうなった」
「俺らが聞きてぇよ」
戦意ましましな状態な様子の2人に頭を抱える馬皇と突然の出来事にその場にいた馬皇とサライラ、ファナを除いた全員を代表するように洋介がつっこんだ。




