25話
「ふむ。やりすぎたか?」
派手に土煙を上げて、その奥の森の木々を巻きこんだ破壊痕に天狩はそう言った。加速で早く動きすぎたせいか白衣は摩擦で燃え尽きていた。
先ほどの馬皇に放った一撃はスーツの出力を最大にして自身の知覚の限界ギリギリの速度で馬皇の懐へ潜り込んでわき腹に力任せに連打を放ったものである。
“赤”の出力を最大にした結果の威力に天狩は満足する。しかし、いざ動き始めようとするとスーツは煙を上げて、天狩は血を吐いて膝をつく。
「むぅ。理論上は出力最大の体感時間100秒で5秒動かしても私にフィードバックは来ないはずだったんだが、やはり実戦になると1秒も持たないか。それと暑い」
天狩はダメージを負いながらも問題点を洗い出す。
ほぼ時が静止した世界で普通の人間の倍近く早く動ける。それだけでも“赤”のスペックはすさまじい物であると天狩は自負するがデメリットもある。
人間の限界を超えた動きであるが実際に時間が止まっている訳ではないために桁外れの負荷を与える。
その問題に関しては自身の理論と実験を繰り返すことによって実戦に耐えうる強度を実験の中ではクリアしていた。が、理論に粗があったのか設計上に何か問題があったのか今回の実験に投入してみればこの有様。極限状態で限界まで使用してリミッターを解除したのであれば仕方のないことかもしれないがリミッターも解除せずにスーツの性能をフル稼働しただけでこれで有れば問題であるのは当然だ。
スーツの中は極限まで熱を通さないようにしているが放熱の際に漏れ出る蒸気の予想外の暑さで汗と合わさった兜の着心地の悪さに顔をしかめる。しかし、その兜を脱いでしまうと今の暑さ以上に顔が蒸気で焼けてしまう事を知っているために脱ぐことはしない。と言うよりも出来ない。
そんなスーツの問題点の洗い出しと並行して自身のダメージを回復することと放熱に時間をかけていると吹き飛ばした方向からほとんど傷のない馬皇が木々を蹴散らして出てくる。
「驚いた。まさかあそこまでの動きをするとは思わなかった」
「それは今の状況を見ての皮肉か?」
「いいや。純粋な称賛だぞ?」
馬皇が心底驚いたという顔をしてそう答えると相手よりも自分の方がダメージを受けている現状に対して天狩の顔をしかめた様な声が漏れる。スーツの実験を繰り返してはいるが
天狩にしてみれば良くない状況であるがそれでも天狩は立ち上がった。
「お? 続きをするのか?」
「ああ。問題が見つかったからこの場は退散させてもらうと言っても君は逃がしてはくれないだろう?」
「当たり前だろ」
「ならばこのまま実験を続けるだけだ」
「そうか。なら行くぞ」
「こい」
馬皇が先程と同じ動きをする。反撃する形で天狩は先程と同じように反撃する。死角から馬皇の拳の反対側に天狩の拳がカウンターの形で放たれる。
「甘い」
「何‼」
馬皇がそう言うと天狩の拳は馬皇に入ることなくクラウの刀身で受けとめられた。今度は馬皇が手に持ったクラウが炎を纏って天狩のスーツを切り裂こうとする。
しかし、スーツは切り裂かれることなく天狩の腹の上で止まる。
「来ると分かってるならそれを防いだうえで攻撃すれば問題ないな。だが、そのスーツの素材は何で出来てるんだ? クラウで切れないとか相当だぞ」
『むきぃぃぃ。私が本気出してるのに切れないなんてぇぇぇ』
「……ほう。それは嬉しいことを言ってくれるね。だが、素材については秘密なんだ。悪いね」
「まぁ、いいさ。簡単に喋るとは思ってないしな」
『そんな得体のしれない物の方が良いんですか?』
「……クラウは少し黙ってろ」
『あう。怒られました』
馬皇が天狩のスーツを褒めると対抗心なのかクラウが会話に混ざる。隙を突いて馬皇が天狩の腹に蹴りを入れて距離が開くと天狩が嬉しさと詳しく説明できないもどかしさが混ざった感じで答える。その中でさらにしつこくクラウが会話に介入するとさすがに馬皇も苛ついたのかクラウを黙らせる。
「まぁ、捕まえてから話を聞けば問題ないだろ」
「くっ‼ ここまでか‼」
馬皇に良いようにやられて天狩は構える。しかし、さっきの馬皇の蹴りが効いたのか足元は震えていた。辛うじて立っていると丸わかりな状態にと馬皇は止めを刺すためにもう一度、天狩の腹を狙う。
「これで終わりだ」
「それは勘弁して下せぇ」
「ガイ……ザック」
馬皇の止めの攻撃に誰かが割って入った。馬皇の拳は大盾を持ったスーツを着た男、ガイザックが馬皇の攻撃を受け止める。
「ぐっ‼ どうして今回の俺の相手してる若いのは力が強ぇのが多いんだよ。食らいやがれ」
ガイザックはそう呟くと受け止めた力を全て馬皇に返す。
「若。無事ですかい?」
「ああ。助かったぞ。ガイ」
「くそっ。増援か」
馬皇は新しく表れた相手が天狩の増援である事を認識すると警戒度を強める。ガイザックは天狩が馬皇の視界から隠れるように構える。
「今の喰らってピンピンしてるとか若様はどんなのを相手にしてるんですか?」
「あの屋久島を正面から戦える相手だよ。知ってるだろ?」
「うへぇ。あのバケモンと正面から戦えるとか実験にしてもハードしすぎやしませんか?」
「だが、そのレベルを相手に出来ないと今後がつらいだろ」
「それは分かってますけどね。それよりも百合子の嬢ちゃんがやられた」
「本当か?」
「ああ。さっきから連絡に出やがらねえ」
「分かった。ならば撤退だ。百合子君を回収してからだがな」
ガイザックに向けて堂々と天狩は宣言する。ガイザックに異論はないようでいつでも馬皇の攻撃に対応できるように盾を構えたままうなずく。
「丸聞こえなんだが、逃がすと思うか?」
「簡単にいくとは思っていないさ。だが、これから君は俺を捕まえられないと宣言しよう。そして、負毛 馬皇。君を私のライバルだと宣言しよう」
「はっきり言って迷惑なんだが?」
天狩の言葉に馬皇はげんなりした様子で答える。
「拒否は認めない。それではまた会おう」
そう言ってガイザックの盾の斜め上から何かが投げられる。馬皇はそれを無視して目の前にいる2人と捕まえるために駆け出す。それに合わせるようにガイザックたちは後ろに飛びのくように逃走する。
「それは悪手だよ」
「何‼ クソ‼」
馬皇がガイザックたちの所へ到着すると同時に馬皇の足元の地面が陥没する。柔らかい地面は立った人がすっぽりと入るサイズの大穴に変わると馬皇はその中に嵌まる。馬皇は出ようとジャンプするためにかがむと同時に如何にもと言った筒状の火薬の詰まった物に火のついた紐が触れる瞬間の爆弾が降ってきてとっさにそれを耐えようと体をこわばらせる。
「ケホッ‼ ケホッ‼ 何だこれは‼ 眼が‼ 眼がぁぁぁ‼」
「はーはっはっはっは‼ カプサイシン入り煙幕はおまけだ‼さらばだ‼ 負毛 馬皇‼」
「ちっくっしょうがぁぁぁ‼ 絶対に許さねえからなぁぁぁ‼」
穴の中に漂う痛みを伴う煙に混乱しながら馬皇の叫び声と共に天狩 真とアイザックに逃げられるのであった。
逃げられるところまでは普通だったのになぜこうなったのだろうか? と自分で書いてて思ってしまう




