戦いは既に始まっているのさ
屋上の出来事から次の日。HR終了のチャイムが鳴った。帰りの礼を終えると同時に荷物を持って馬皇と真央の2人は教室から飛び出した。
最初は教室を出た先の廊下。早歩きで向かう途中までは横一列の同時であった。チャイムとほぼ同時に帰りのHRが追われたことによって廊下には人が少ない。互いににらみ合いながらも先んじて馬皇は真央より一歩だけ前に出て真央に勝ち誇った顔をする。すると真央も負けじと馬皇のさらに一歩前に出て同じく勝ち誇った顔をした。
それがお互い癇に障ったのかまた煽るように馬皇は速度を上げてまた真央の前に出た。それが気に入らないのか真央がさらに前に出る。それを何回か繰り返すうちに真央は突然走り出した。その行動にしまった‼ 出遅れた‼ とばかりに馬皇は慌てて真央を追って走り出した。
さすがに下駄箱から一番遠い奥のクラスであるために下駄箱から近いクラスとかはすでに教室を出ている。下駄箱へ向かう他の生徒たちを機敏に避けながら屋上へと続く階段まで同時に到着する。そこからお互いに階段を2段、3段と飛ばしで途中からありえない速度で階段を駆け抜けていく。
真央はひそかに身体強化魔法を使っていた。自身の素早さと体力を底上げしたのである。そのために女子中学生の身体能力を逸脱したスタミナとスピードである。
しかし、相手である馬皇も尋常ではなかった。強化している真央がいつまでたっても引き離せない。素の身体能力で強化された真央をむしろ追いつき追い越そうとしている馬皇の身体能力も尋常ではない。屋上のドアが見え始めると2人はラストスパートをかけて最後の加速をする。2人は自分の方が先だと腕を伸ばし屋上のドアにタッチする。完全に同時である。
加速した勢いそのままに屋上のドアを開き、屋上へ転がり込むと息を切らしているのか転がり込んだ真央は仰向けになる。馬皇の方は勢いを殺すために屋上で寝転がっている。
「はぁはぁ。今回は私の勝ちね」
仰向けのまま馬皇の方に顔を向けると自分の勝ちを主張する真央。声はとぎれとぎれであるが勝ちを確信しているのか自信満々である。
「いいや。俺の方がコンマ1秒速かったな。だから俺の勝ちだ」
馬皇も負けず劣らず言い返した。こちらは起き上がる気がないだけなのか息を乱している様子はない。こちらも自信満々である。横にいる真央を睨みつける。
お互いは自身の勝ちを疑っていない。そのまま両者は見つめ合うと相手を睨みつける。
「何よ。どう見ても私の勝ちでしょ」
「あん。俺の勝ちだろうが」
2人はすぐさま起き上がると同時に勝利を宣言する。お互いに顔を近くに寄せて飽きもせずにである。本来は引き分けなのだが、お互いに譲る気はなさ気であった。
しかし、2人はそんな中でも少しだけ冷静な部分があり気が付いていた。勝敗を決める審判がいないと。今のように勝負が決まらない時にらちが明かない事に。
「非常に気に入らないがこれじゃあどちらが勝者か分からん。だから、審判を要求する。それと勝負はお互いが揃ったとき。雨の日は中止」
馬皇は審判と戦いの日を要求した。真央はニヤリと笑って頷いた。
「あら、奇遇ね。雨の日は中止は賛成よ。私も濡れるのはいやだもの。めちゃくちゃ腹立たしいことだけれど確かにどこぞの脳筋魔王の言う通り審判は必要よね」
「誰が脳筋魔王だっ‼ この無い乳魔王‼」
「何が無い乳魔王よ‼」
取っ組み合いを始める二人の魔王。しばらくしてお互いにひっかき傷や打撲の跡などを残して息を荒くしながら、このままだと本当に不毛だと二人は感じていた。馬皇は再度言った。
「なあ。審判は公平を期するために今から出ようとしている奴にやらせないか? お互いの身内だと公平にならないからな」
「そうね。そうしないと誰かさんは贔屓しそうだものね」
真央の上から目線の発言に「がまんだ‼ がまん」と呟いて、掴みかかりそうになるのを抑え平静に努める。しばらくして落ち着いた馬皇は行動を始めた。
「なら、これから審判になりそうな奴連れてくるわ」
利害が一致するとそう言ってフェンスの方へ向かう。そのままフェンスを掴み軽く乗り越えた。1階の下駄箱へ一直線にダイブしたのである。真央はそのまま飛び降りた馬皇を確かめるためにフェンスの方によって下を見ると地面にぶつかる音と何事もなく着地した馬皇を見つける。突発的な出来事に真央はため息を吐いてつぶやいた。
「なによ。やっぱり脳筋じゃない」
自分が思ったままの表現が正しかったことを真央は1人納得すると屋上の扉から馬皇はどこで見つけてきたのか女の子を米俵を担ぐように肩に乗せて戻ってきた。女の子の方は担がれた状態でアワアワと暴れながら馬皇の肩の上で動揺している。抵抗してはいるが馬皇はそれを気にせずに言った。
「こいつなんかどうだ」
「お尻側だけ見て分かる訳ないじゃない。それにその姿を見るととても変態チックよ」
「おっと。それはまずいな」
真央の指摘にさすがに馬皇もそのままなのはまずいと思ったのか肩に担いだ女の子を優しく肩からおろしてフェンスに座らせた。
女の子は真央より少し大きいくらいの子だった。髪型はセミロングでくせ毛気味なのかすごくふわふわしていた。元々おっとりとしていた子だったのだろう。目元のゆるさから真央よりも可愛らしさが際立っている。しかし、胸の差は天と地ほどに開きがあった。真央は女の子と自分の胸を見て自分の胸を触る。
そして、親の仇を見るように女の子をにらみつけた。
「ふぇ? ふええぇ‼ えっと……あの?……その‼」
女の子は混乱している様子であった。というよりもものすごくおろおろしていた。いきなり担がれていつの間にか連れてこられたのもある。さらに、着いたら着いたで胸を見比べられて一緒に居た女子に睨みつけられたのである。これでは混乱してもしょうがないだろう。そんな混乱した様子の女の子に真央も自分と女の子の胸囲の格差については一旦おいておいて話しかけた。
「えっと……、大丈夫?」
真央に話しかけられて彼女は慌てたままではあったが少しだけ思考の整理がついたのだろう真央に話し始めた。
「は、はい。大丈夫です。いきなりおっきな男の人が降ってきたと思ったら、それから、それから」
馬皇のさっきの行動から大体混乱しない人いないだろうと真央は思った。まさかこんな強引な方法で連れてくるとは思ってもみなかったのだが。
「ごめんなさいね。うちの脳筋バカが……。私は真央。真田真央よ。こっちのバカは馬皇っていうの」
真央は馬皇も含めて自己紹介をする。馬皇は不満げな顔をするが真央は馬皇をにらんで黙らせた。女の子の方も少し落ち着いたのか丁寧に自己紹介を始めた。
「はう。気にしないでください。私は山田 由愛って言います」
由愛は真央に向かってお辞儀をする。真央もお辞儀をして返すと今回連れてきた訳を言った。
「それで、いきなりで悪いんだけど一つお願いしてもいいかな?」
由愛は真央のいきなりのお願いに戸惑った。
「えっと、あの……内容にもよります」
いきなり連れてこられた挙句何をさせられるか分かったものではないため、とりあえず内容を聞いてみることにしたようだ。
真央も交渉を開始する。
「分かったわ。あなたに頼みたいのはね私とこいつの勝負の審判をして欲しいの」
「はい?」
いきなり審判をして欲しいという言葉が理解できずに由愛は思わず聞き返した。その言葉を肯定と取ったのか真央は笑顔で答える。
「そう。受けてくれるの。私とこいつは前世が魔王なの。で、生まれ変わった先で魔王は2人もいらない。だから、勝負することにしたのよ」
由愛は目の前にいる人物たちの言葉を聞いてあることを理解した。あ、話を聞いてないという事に。そして、この2人は絶賛中二病中なんだという事を。彼女は思った。これ以上関わるとろくなことが無いような気がした。
「あの、ごめ……」
由愛は断ろうとした。しかし、その途中で真央は由愛の言葉の間に自分の言葉をねじ込んだ。
「断るなら断るで別にかまわないわ。馬皇。さっきの方法で山田さんを連れて行った挙げて。そして同じように別の人を連れてきて頼みましょう」
「おう。分かった」
馬皇の言葉と真央の目を見て由愛は理解した。今度は自分を連れて馬皇は屋上を飛び下りるということを。別の人で同じこと繰り返すと。脅迫だった。これはもう清々しいくらいの脅迫だった。由愛は他の人を同じ目に合わせてもいいというほど図太くはなかった。これだったらこれ以上被害が出ないように自分がと思い覚悟を決めて真央に頷いて言った。
「わ、分かりましたから。絶対にやらないで下さい。審判をやります。やらせてください」
由愛の言葉に満足したのか二人の魔王は言った。
「そう。それはよかったわ。これからよろしくね」
「おう。よろしくな」
「が、頑張らせていただきます」
彼女はこれからのことに少し不安になるのであった。