7話
黒い渦の中へ足を踏み入れると目の前には玉座があった。今は誰も座っていないがケイスケがこまめに掃除をしているのか妙にきれいである。リーグランデの泉の塔。玉座の間。全員が通り終えると最後に渡ってきたケイスケがゲートを閉じる。
「ここが真央のいた塔か。結構広いな。それにこの玉座の間の雰囲気がいいな」
「でしょ? 昔からここ好きなのよ」
馬皇が玉座の間の感想を言うとそれが嬉しかったのか真央が楽しそうに答える。
「ふぇぇぇ。広いです」
「お父様の城に比べて豪華ですわ」
「ふむ。かなり広いが他に人はいないのか」
「隠れる場所はないから視認外の不意打ちを気にしなくても良さそうだな」
思い思いに感想を述べる由愛たち。
「それにここ玉座の間の前には四天王である私の下僕たちと戦わなきゃいけないようにできてるの」
「四天王なんていたのか?」
今まで見たことない四天王に馬皇がたずねる。
「ええ。あんたが知っているのはケイスケ。ユリウスだけね。後は……」
「後は?」
真央が言いよどむ姿に馬皇は同じ言葉を続けるがしまったという顔をする。
「顔に出てるわよ。1人は途中で行方をくらませたのよ。後の1人は死んだわ」
「悪い」
戦いでは生き死にと言うのはあるものの仲間や親しい相手の死というのは答えるのを知っているだけに馬皇すぐに謝る。そんな辛気臭そうな顔をする馬皇に真央はため息をついた。
「はぁ。気にしなくてもいいわ。仇は取ったもの。それにいつまでもそんな辛気臭そうにしていると私も辛気臭くなるから止めてよね」
「そうかよ。っていうかそれならその時点で四天王じゃないんじゃ?」
「様式美よ。語呂がいいからそう言ってるだけ。だから、それは言わないお約束よ」
「お、おう」
「それから私とケイスケは少し用意をしてくるわ。街に紛れ込むときの恰好とかは私たちが詳しいし準備時間が掛かるからそれまでは自由時間よ」
「おう。それなら早速」
馬皇は鉄と親部の方を向くと鉄たちはうなずいた。
「おう。かかってこい」
「相手をしてやろう」
「おっしゃ‼」
城で待ち構える魔王のようなセリフで馬皇を煽る鉄と親部。テンションが上がっているのか今にも飛びかかろうと気合を入れる馬皇。
「今ここでしないでよ‼」
馬皇がさっそく飛びかかる直前に真央がすぐに待ったをかける。真央の静止の声に飛びかかろうとした馬皇はつんのめってから転がる。転がった馬皇は直ぐに起き上がると真央に恨みがましく言った。
「広いから別にいいだろ?」
「その前にやることがあるでしょうが‼ 物事には順序ってもんがあるの‼」
「そうだな。準備の柔軟は必要だな」
「違うわよ‼ ここは戦う場所でもあるけど本来は別の用途で使う場所なの‼ だから、使っていい部屋は別にあるの‼ それに勝手に迷われても困るから先に説明するの‼」
馬皇と鉄の言葉に地団太を踏みながら真央は段取りを説明する。
「説明って……。そんなに迷いやすいのか?」
馬皇がたずねると真央も少し落ち着いたのか軽く咳払いしてからうなずく。
「コホン。ええ。泉の塔はダンジョンであり大きな図書館でもあった場所。過去にも下僕だった奴に本を取りに行かせたことがあったんだけど迷って餓死しかけたわ」
「なかなか面白そうですわね」
「そうですか。私は怖いです」
「……大丈夫なのかよ? ここ。よく本とか盗まれなかったな」
真央が軽く説明すると各々が反応する。それぞれの反応に真央は苦笑する。
「そこの対策はばっちりよ」
「侵入者対策で許可証を持っている者もしくは歴代のここの主以外は専用の試練部屋と突破しないと本ある場所もしくは真央さまの部屋には到着できないようになっているので問題ないです。それに仮に盗まれたとしても本を持ち出した人間は分かる様にマーキングされるんで問題ないです」
「ん? 何で試練部屋があるんだ? マーキングとかするんなら必要ないんじゃ?」
真央の言葉に対してケイスケが説明すると馬皇はある疑問に行きついて口に出す。
「いえ。過去は馬皇様の言ったように主と許可証を持った配下だけが行き来できるようにしていたんですが、その小さいときの真央様が、その、お転婆でして。一度だけ勝手に部屋を抜け出したことがあるんです」
真央の思わぬ過去話を始めたケイスケに真央は慌てて話を止めようとする。
「ちょっと‼ ケイスケ‼」
「そのせいで塔内は先代の魔王様も含めててんてこ舞い。塔の外を探しても見つからない。塔内部も隅々まで探してようやく見つけたのは厳重に封印しているはずの禁書系の置いてある最奥の部屋。それに封印を勝手に解いて魔道書が暴れる始末。それ以来、真央様が勝手に入れないように実力をつけるまでの特訓部屋として作られた部屋がその後そのまま防犯用の部屋に変わったんです。まぁ、そのお転婆さについては今もさほど変わりませんが」
ケイスケが説明を終えると真央の顔が真っ赤になる。
「そのようなことがあったんですの」
「真央さんにもそんな時期があったんですねぇ」
「……もういっそ笑いなさいよ」
馬皇たち学生組はその話に思わずニマニマと笑みを浮かべる。その様子を真っ赤な顔を手で覆って覗き込むようにして真央は言った。その後も変わらず笑みを浮かべているだけであるが慰めるように馬皇が優しく肩を叩く。
「気にするなよ。俺も小さいころにやけにテンションが高い時があってうっかり格上の竜に戦いを挑んで弄ばれたことがある。それを過去の身内に笑い話にされた。だから、もう一度言うが気にすんなよ」
「そうですよ。真央様。その時のきょとんとした真央様の顔は今も忘れられないほど愛らしかったですよ」
「……あんたのっ……あんたのせいでしょうがぁぁぁ‼」
羞恥と怒りに体を震わせながら真央は限界を超えたのかケイスケのあごを正確にとらえたアッパーが決まる。
「ごふっ。……ナイス……アッパー。ガク」
綺麗に決まったアッパーにケイスケは宙を舞い1回転してから倒れる。
「はぁはぁ。すぅ。はぁ。……行くわよ」
ケイスケの屍を無視しながら荒げた息を整えると玉座の間から移動できるゲートが解放する。
「なぁ?」
「何?」
「ケイーー。いや。何でもない」
ケイスケを放っておいていいのか馬皇は聞こうとするがケイスケの名前を言おうとした瞬間に悪寒を感じて言うのを止める。
「そう。なら、簡単に説明するけど第1の間って所だったら思いきり暴れても大丈夫よ。広さはここよりも広いわ。第1の間に行くならこれを持って行きなさい。これであそこにあるゲートをくぐれば行けるはずよ」
真央はとりあえずすぐにでも戦いたそうな馬皇達の場所から説明する。そして、玉座の対面の先にある転移用のゲートを指さす。亜空間の中から金属製のプレートを馬皇、鉄、親部に渡す。
「真央。私にもそれを」
「何? サライラも行くの?」
「はい。私も思いきり体を動かしたいですわ。お父様と一緒に」
欲望ダダ漏れな後半の願望に真央は苦笑するとサライラにもプレートを手渡す。
「場所の提供感謝する」
鉄がそう言って頭を下げると真央はそっぽを向いた。
「気にしなくてもいいわ。それと由愛はどうする?」
「私は真央さんに着いて行きます。それでこの世界の服とか見させてもらえたらな、と」
「ええ。いいわよ。探すときに目立たない恰好って言ったってかわいい服がいいわよね」
「はい。それと……」
由愛はしっかりとうなずくと馬皇を見る。馬皇はたちはすでに第1の間に向かっている最中であるが馬皇が急に体を震わせて振り返る。由愛は既に視線を逸らせて真央を見ており頭をかしげる。
「……なんだ? 今の? なんかすげぇ嫌な予感がしたんだが?」
「お父様。速く。待ちきれませんわ」
「おう。分かってる。……しかし、なんだったんだ?」
サライラの催促に馬皇は先程の一瞬だけあった悪寒をとりあえず記憶から放り出して場所を移動する。
「馬皇を見てたみたいだけどどうかしたの?」
「いえ。久々に馬皇ちゃん見たいなと」
由愛の言葉に真央はうなずいた。
「なるほど。確かにそれなら彼以外はクラスの人には馬皇って分からないわね。その服も見繕いましょうか」
「はい」
由愛が明るく笑って答えると真央たちも活動を始めた。ケイスケを置いたまま。




