エピローグ
「長かった……」
「長かったわね……」
「長かったですね……」
「同感ですわ……」
馬皇たちが鬼神と戦って6日目。濃密な6日間を過ごした馬皇たちは初日に通過した転移装置のある広場で馬皇たちは思い思いに口に出した。
修学旅行の日程は既に過ぎていたが帰還という訳にはいかなかった。馬皇達や鬼神の大規模な攻防。アマノハラ内でのクーデター。それに伴う人質のための集団催眠。街全体というあまりにも規模の大きな事態と被害が地上に帰るための期間を延長させていた。さらに付け加えるならその事件の後処理でユメリアがこの国の領主に即位し、ユメリアの父親を含む今回の事件で巻き込まれた者たちの黙祷を行ったのは余談である。
「俺らが眠っていた間に何があったんだろうな?」
「何でもクーデターがあって城が倒壊したとかテレビでしてたな。それでこの国のお姫様が後を継いだとか」
「それは俺も見たわ。後、売店のおばちゃんが言ってたんだけどよ。ヤバい魔物がこの街を襲ったって教えてくれたぜ」
「お前らがそんな情報を持ってきてる方が俺は驚きだよ。……ただなぁ。テレビで見た領主様。どっかで見たような気がするんだよなぁ」
「「確かに」」
さすがにあの事件に対してある程度の情報は伏せられている。しかし、火の立たない所に煙は立たない。暇を持て余した同学年の生徒たちはどこからか独自に情報を手に入れて噂話をしていた。それが聞こえてきて馬皇は呟いた。
「まさか真央の結界が悪い方に作用したとか言えねぇもんな」
「うるさい。私だけのせいにすんな。あんたが無茶苦茶したせいで影響が出たんでしょうが」
真央は効かれない範囲の声の大きさで言葉を返すと馬皇の背中を強めに叩く。
「えっと一体何があったんですか?」
馬皇と真央の言葉に由愛が顔を引きつってたずねる。
「聞きたい?」
「……いえ。止めときます」
たずねた由愛に真央が聞き返すと由愛も身の危険を感じたのか断る。真央は少し残念そうな顔をして言った。
「そう。残念だわ。ただユメリアたちのおかげで私たちの情報は流れていないから話し合った甲斐があったわ」
「あれは話し合いって言っていいのか分からんがな」
「で、でも、今日で帰れるんですよね」
真央と馬皇の不穏なやり取りを見て藪蛇にならないうちに由愛は慌てて話題を変える。由愛は途中でクリスに連れられたためにそこまで事後の事情説明をせずに済んだが馬皇たちはそうはいかない。思い切り当事者だったために馬皇と真央が特定の時間に一緒に出向いたのは知っているが何があったのかは教えられなかった。ただ、その日は妙に真央がスッキリした様子だったのを由愛は覚えている。
「まあな。ユメリアからの情報だとやっと地上への道が安定したらしいからな」
それが馬皇たちを含めて修学旅行に来た学生たちや観光に来た者たちが立ち往生している理由であった。真央の結界を通り抜けた鬼神の攻撃や蘇ったばかりの城の地下からの攻撃自体はそこまで影響を与えるものではなかった。ならばなぜ地上への道が不安定になったのかそれは真央が被害を出さないようにするために作り出した結界と光源の中で神殺しを起動する際に必要だったエネルギーが関係していた。
真央の作り出した結界はそれ単体ではここまで影響する訳ではない。そもそもたくさんの世界の相互作用の結果生み出されたこの世界を考慮してその場で真央が作りだしたため影響と言うのは皆無である。
しかし、神殺しの祭壇を起動したことにより世界の構築にわずかにずれが生じた。それ故に本来影響しなかったはずの結界がわずかに影響を及ぼし合った結果、地上との繋がりが途切れたのである。
しかも、実は神殺しを起動するためのエネルギーは光源と兼用であったのが悪い方向へと加速させる。世界を構成するためのエネルギーでもある太陽と月の両面を持った光源。緊急事態であったとはいえそこからのエネルギーが別の用途で使ったことによってわずかに世界が弱った。
それらが合わさった結果。しばらくの間、地上との連絡や移動用の転移装置といった繋がりが一度途切れたのである。
「それにしても復旧までが早いですわね」
「そうね。それに関してはユメリアたちが頑張ったらしいわ」
「そうなんですの?」
サライラが馬皇の言葉に反応すると真央が説明を始める。
「どうにもこの事態の事は想定されていたそうよ。古い巻物や資料関係に今回みたいな自体を想定した対策とか予備が有ったんだって」
「それはすごいな。それでそんな情報はどこから仕入れてきたんだ?」
真央が詳しく解説すると馬皇は気になったのか情報の入手先を聞く。
「そんなの興味があったから分身作ってささっと抜け出してこの街の陰陽術の解析ついでにユメリアたちの手伝いをパパッと……」
「真央さん……」
あのような事態が起こったために今回の宿にしばらく外出することは出来なかったはずである。それなのにその宿にはいないユメリアの所でいろいろやらかしていることを滑らせる真央。
偶に、真央との会話が成り立たない事があったのはそれのせいかと由愛は理解する。由愛のそんな言葉と共に馬皇、サライラが加わったジトッとした視線に真央はばつが悪くなる。
「うっ‼ 悪かったわよ。でも、後半は担当の人から泣いて解析を頼まれたわ。そのお蔭で今日帰れるんだから私は悪くないわ」
開き直った真央に疑わしげな視線を流し続けているとゲートが無事に復帰したのか待ち合わせていた観光客たちの列が動き始める。
「満喫は出来なかったけどこれでこの街とはお別れね」
「いろいろと満喫したかったがそれ以上に何かしら厄介ごとが結構な頻度で来てるのが明らかになったな」
「……思ってても今言わないでよ。いいところなんだから」
厄介ごとが何回も訪れることを馬皇が指摘する。真央は馬皇に水を差されたことに顔を顰めて言い返す。ある程度の観光客がはける。今度は修学旅行で訪れた生徒たちがどんどん転移装置をくぐっていくのに由愛が気が付く。
「そろそろ私たちの番ですね」
「そうだな。ただ、先生たちがなぜか「俺らは最後に」って言われたのが分からないんだよな」
馬皇が頭をかしげるが帰る直前に担任にそう告げられた。そのために列には入らずその場を眺めていたのである。
「それは我が説明しよう」
「ユメリアか‼ 何でここに?」
「皆さまをお見送りしたいと街の業務をすっぽかして姫様が抜け出してきました」
眺めている方向とは別の方向から声がして振り返るとユメリアとクリスが立っていた。
「おい。それは言うなっていっただろう」
「はて? 何のことやら」
いやらしく笑みを浮かべているクリスにユメリアはそう言うがのらりくらりとするクリス。
「相変わらず仲良いわね」
「どこがだ‼」
「いやぁ。それほどでも」
漫才のごとくユメリアがツッコみクリスが照れる。
「それよりも見送りありがとな」
2人のやり取りをなかったかのように馬皇が感謝の言葉を述べる。
「ふ、ふん。国を助けられたんだからせめてこれくらいはさせろ」
ユメリアがそう言うと馬皇は唐突にユメリアの頭を撫でた。馬皇に撫でられて気持ちよさそうに顔を蕩けさせる。が、サライラや由愛の羨ましそうな視線や真央の何をやってるんだ的な視線、クリスのニヤニヤした笑みを浮かべた視線に気が付いて恥ずかしそうに馬皇の手を掴んで頭から外した。
「む、むぅ。そう言う事を我にするなと言っているだろうが」
「おっと。悪い。悪い。ついサライラへの癖でな」
「お父様。そんなに手持ち無沙汰なら私にやってください」
サライラはそう言ってユメリアの持っている手とは反対の手を自分の頭に乗せる。
「分かった。分かった。それは帰ってからな」
「ぶぅ」
馬皇は軽く一撫でだけしてすぐに手を離す。納得がいかないのかサライラは不満げな顔をする。
「こほん。お前たちのおかげで我の国の民たちは助かった。本当にありがとう」
「それについては私からもこの街を代表して。本当に感謝いたします」
話が逸れたのを修正するようにユメリアたちが感謝の言葉を述べる。
「そうか。また何かあったら言えよ。奇しくもあいつが関わってたからな」
「……ああ。それはあそこで見た彼女の事か?」
ユメリアは光源の中にあった空間の事を思い出す。そこにいた女性と馬皇が関わりがあったという事。あの時は急いでいたために詳しいことは思い出せない。
「ああ」
「どうしてだろう? 確かに話を聞いていたはずなのに詳しくは思い出せない」
ユメリアはうんうんと唸り始める。確かかなり思いがけないことを聞いた気がするがまるで靄がかかって少しも思い出せないことにユメリアはむずがゆく感じる。
「あ‼ お母さ……」
「そんだけ考えて思い出せないならおそらく問題ない事だろう。それよりも見送りサンキューな」
サライラが思い出したかのように何かを言おうとするがそれを馬皇がさえぎる。サライラはそれに対して馬皇にジトッとした視線を送るが馬皇は無視してユメリアにそう言って誤魔化す。
「それもそうか。それともう一つ。何か困ったことがあったら我に相談しろよ。我たちも力になれる範囲で力になってやるからな」
ユメリアは手を差し出す。
「ああ。その時は頼む」
馬皇はその手を取った。
「それとやっぱり我の配下になる気はないか?」
「ない」
ユメリアがもう一度出会った時にたずねた事を聞いた。それに対して馬皇は即答する。
「ははは。そうか。そうか。残念だ。気が変わったら我に言え。最高の待遇でお迎えしよう。ついでに婿にしてやる」
「姫様‼」
「それは勘弁してくれ」
大笑いするユメリアにクリスが慌てる。軽い調子で言っているがかなり無茶苦茶なことを言ってるユメリアである。その様子に馬皇は苦笑いした。
「ほら。他のみんなは行ったみたいよ」
真央が転移装置で最後の生徒が渡ったのを確認して別れを切り出した。
「そうか。そろそろお別れだ」
「さみしくなるな」
馬皇がそう言うとユメリアが寂しそうに言った。
「そうですね。真央様には事後処理でかなりお世話になりましたからこのまま残ってもらいたいくらいですが」
「さすがにこのままここに居るのは嫌よ。私もやることがあるんだから」
「それでは仕方ありませんね。どうかお元気で」
「そっちこそ。また、私たちが来た時にでもこの街を案内してくれればいいわ」
「それでしたら最高の場所を案内させていただきましょう」
真央とクリスは和やかに言い合ってからその場を後にする。
「我と由愛は本当にそっくりだな」
「そうですね。私もびっくりです」
「そうだな。我もびっくりだ」
由愛とユメリアが鏡合わせのように手を合わせて握る。
「それには本当に驚きました。それと私と姫様で入れ換わって2人で脅かそうとしたこともありましたね」
由愛は短い期間の間で一度だけユメリアと入れ替わって馬皇たちに会いに言った事を思い出して笑う。
「むしろ、なぜ分かるのか不思議でしかないのだが? クリスは全然気が付かなかったのにな」
その計画を立てて実行したのだが馬皇と真央、サライラには効果がなかった。そのことを未だに疑問に思っているのか頭をかしげるユメリア。
「あれは楽しかったですね」
「そうだな」
「また、やりたいですね」
「そうだな。あっ‼ そうだ‼ 耳を貸せ」
「どうしたんですか?」
ユメリアは何かを思いついたのか耳を貸すように由愛に言った。由愛も乗り気なのか耳を傾ける。
「――――――で――――なんだが。―――――どうだ?」
「それはいいですね。やりましょう。それなら―――――――なんてどうですか?」
由愛とユメリアは何かをこそこそと言い合って意気投合したのかハイタッチをし始める。
「何してるんだ?」
馬皇がそうたずねると由愛とユメリアはニヤニヤと笑ってから同時に言った。
「「秘密です」」
「そ、そうか」
馬皇は割と碌でもなさそうな計画を立てている2人に顔をひきつらせる。
「サライラさん。行ましょうか?」
「お父様。先に行ってます。それと後で教えてくださいな」
「おう。分かってる。それと後で行く」
そう言って由愛はサライラを連れて転移装置の場所まで行った。
「それでは私はここで失礼します」
「どうかしたのか?」
クリスがそう言うと馬皇がたずねる。
「姫様が抜け出した分の業務は後でしていただくとして……」
「うっ」
「ここからはお2人でどうぞ。少し離れた所でお待ちしておりますので後でお話を聞かせてくださいね。姫様」
「いや。護衛とかいいのかよ?」
小指を立ててからゆっくりと去っていくクリス。その様子に呆れ顔で馬皇は呟く。
「さて、これで2人きりになれた」
「どうしたんだいきなり。それよりも護衛はいいのか?」
ユメリアがそう言うと馬皇がたずねる。
「むぅ。ここはいい雰囲気なのだから護衛とかはヤボなのだよ」
「分かった。それで? どうした? ユメリア」
「そ、それは、だな、あの、そのな」
急に悶えだすユメリア。その様子に馬皇は戸惑う。
「お、おい。どうかしたのか?」
「えい」
馬皇の目の前にはユメリアの頭があった、唇に何か柔らかいものが押さえつけられる。微かな甘い匂い共に少しするとユメリアが離れる。
「な……な……」
ユメリアの行動に馬皇は言葉が出ない。ユメリアは照れた様子で言葉を紡ぐ。
「我は本当に気に入っている者にしかそんなことはしないからな。女は結構あるが男は父上を除いて初めてだ」
顔を真っ赤にしてユメリアは言う。そう様子に馬皇は二の句も告げられなくなる。
「答えはいらん。また会おう。その時は覚悟するのだな」
恥ずかしさが極まりユメリアは背を向ける。馬皇は慌ててユメリアに別れを告げた。
「あ、ああ。またな」
馬皇の言葉を聞いてユメリアはクリスが待っているであろう場所へ走り出した。嬉しそうなユメリアを見て馬皇も落ち着いたのか軽く笑う。そして、ユメリアを見送ると馬皇も転移装置に向かって歩き出した。
予定より1日早いですが更新しました。次回は閑話と言うか後日談的なのを1話だけして次の章に入ります。次の章はシリアルが多めの予定です。ぶっちゃけ少しふざけます。
章のタイトルは何もなければ「異世界召喚(魔王は除く)‼ 召喚された生徒を探し出せ‼ 魔王たちの戯れ編」と言う章ですべてを物語っているようなノリで行く予定です(変える可能性極大)
いつも読んで下さりありがとうございます。
これからもよろしくお願いします




