35話
鉛色の腕が馬皇の胸から生えていた。手には馬皇の心臓が。腕の主は腕を引き抜くと馬皇が倒れる。
目と鼻はなく顔の半分ほどの大きく歪んだ口が主張している。馬皇の竜人形態を彷彿させる鎧を纏ったような姿と一対の翼。体と同程度の先端が短く2つに分かれた尻尾。何よりも折れた真紅の角が存在を主張する。それは大きく後ろに跳びあがると馬皇の心臓を無造作に口の中へもっていく。
「……。CYACYACYACYACYACYA‼」
馬皇の心臓を丸呑みする音がする。呑み込みえると嗤っているような声を上げる。
「いやぁぁぁぁぁぁ‼」
「う、そでしょ……」
「お父様‼ よくも‼ よくもぉぉぉ‼」
喉を鳴らして馬皇の心臓を取り込むと嗤い声を響かせる。その様子にユメリアが悲鳴を上げ真央が呆然とする。サライラは馬皇の心臓を奪った生物に向かって行く。
「CYACYACY‼」
その生物はサライラの突撃はあっさり躱される。そして、すれ違いざまに尻尾を振われ真央たちの所へ落とされる。
「ぐっ‼」
サライラ起き上がるともう一度飛び上がろうとする。
「サライラ‼ 駄目っ‼」
サライラは翼を広げて再度突撃しようとするが真央が静止させる。
「なぜ‼」
「おや? 私の転移が分かるのですか?」
「だれ‼」
サライラは真央の声に止まると真央を怒鳴りつける。一方で真央は鉛色の何かの後ろをからスーツを着た男が現れる。
「皆月……」
「覚えていらっしゃったのですか? そうです。あなた方とそこで倒れている彼の知っている皆月です。そちらの御嬢さんは初めまして」
「なんでここにいるの? それにあれは確か屋久島があいつの細胞を取り込んだ状態のはず。跡形もなく滅ぼしたはずなのに……」
「そうですよ。あなたのご想像の通りですよ。ただし、あれの複製ですと付きますが。あの時ほどの出力は出せませんが従順で扱いやすいですよ」
皆月はのっぺりした灰色の竜の頭を撫でる。それに対して灰色の竜も抵抗せずにされるがままになる。
「それで何の用? 私たちの前に態々現れるなんて」
「お礼ですよ。お礼。この国に封じられた神とか言う存在をこれに取り込めないかと調べていたんですが、結局あの男が最後の最後で邪魔したせいで我々の協力を無駄にされたのですよ。本来ならこれに取り込ませるはずだったのですが割り込まれて本当に腹が立ちましたよ。倒してくれてありがとうございます」
皆月は本気で言っているのか丁寧にお辞儀をする。それを見て真央は睨みつける。
「あいつを狙ったのは?」
「それに関しては偶然ですよ。できればあなたの方が良かったのですがどうにも微かにあの男の事を覚えていたのでしょう」
「いけしゃあしゃあと」
「おっと‼ 私にも予定というものがありましてね。これで失礼します」
「今よ‼ サライラ‼」
「お父様の仇‼ 貫きなさい‼ リンネ‼」
真央がサライラに指示を出すと同時に相手の足を凍らせる。サライラは真央の指示を察してリンネを投げた。投げられたリンネは炎を纏って皆月へと真っ直ぐに向かって行く。
「危ないですねぇ」
しかし、皆月はそれだけ言うと3歩ほど後ろに下がる。灰色の竜が前に出るとリンネを掴んだ。勢いを殺しけれなかったのか丁度皆月の3歩分押し込まれるがそこで止まった。
「まぁ、今は気分がいいのでこの槍は適当に捨て置きなさい。行きますよ」
皆月の言うと通りにリンネを適当に放り投げると皆月が転移を使って消えた。
「っは‼ お父様‼ お父様‼」
皆月が消えてサライラは声を上げると慌てて馬皇の元へ寄った。胸元には穴が開いておりどう見ても致命傷にしか見えない。
「嘘だ‼ 嘘だと言ってくれ‼ 馬皇‼ 死ぬんじゃない‼」
サライラが動き出したのにつられて今まで動くことのできなかったユメリアとクリスが動く。ユメリアがサライラと一緒になって馬皇を揺らす。真央もどうすればいいのか分からず馬皇を見る。
「っ‼ まだ死んでない‼」
心臓を抜かれてもなお、魔力が胸の辺りから血を流さないようにしている事に気が付く。その事に真央はまだ回復させることが出来ることを確信する。回復させるための手段を整えるためにケイスケを呼んだ。
「ケイスケ‼ 手伝いなさい‼ サライラ‼ 揺らさないで‼」
サライラを邪魔にならない場所へとよけて真央とケイスケが馬皇に交互に回復魔法を使う。
「っく‼ ……次‼ ケイスケ‼」
「はい‼ ……真央様お願いします‼」
交互に馬皇の心臓の穴を再生させていく。精密な魔力の操作で馬皇の血液を開いた穴から出ないように循環させる。そして、馬皇の散った血から少しずつ心臓を再生させる。かなりの集中力を使う作業に真央は無理のない範囲でケイスケに交代する。しばらくしたらまたケイスケと交代する。
同じことを繰り返して1時間程度。心臓が半分近く再生すると馬皇の体は勝手に再生を始めた。
「うそっ‼ 何が起こってるの?」
突然、目に見えて分かるほどの速度で再生されていく馬皇の体に真央は驚く。
「私に聞かれても分かりませんよ。真央様」
「よかった。持ち直したのですわ」
「……。すまねぇ。意識飛んでた。時間はかかるがもう大丈夫だ」
完全に体に空いた穴が埋まり馬皇が目を覚ますと真央にそう言った。
「心臓が再生って。どういう回復力よ。訳が分かんないわ」
再生してすぐに意識を取り戻した馬皇にさすがの真央も安堵よりも呆れが上回った。そして、馬皇はゆっくりと起き上った。
「イシュから力を返されたからな。そうじゃなかったら今頃お陀仏だな」
「誰よ? イシュって?」
馬皇が独り言を呟く。呟いたことを聞き逃さなかった真央が聞きなれない人物の名前についてたずねた。
「お母様? 何故お母様の名前が出てくるのですか? 真央? お父様‼」
「はい? お母様? サライラ。お母様ってどういう事よ?」
「お母様はお母様ですわ」
「馬皇‼ 説明‼」
「あ~。そこら辺の説明は今は面倒だ。後にしてくれ」
ここいらで体力の限界が来たのか馬皇はまた倒れ込んだ。こうしてひとまずは事態が終結するのであった。
とりあえずここで戦闘終了です。この話と前の話は違う章への伏線の予定。
次回はエピローグ。そのあと1話はさんで次の章に行く予定です。




