26話
馬皇サイド
重力に逆らって徐々に加速する馬皇。真央たちが結界を貼りそれと何かが激しくぶつかる音が届く。
「彼女たちは大丈夫なのか?」
「不安か?」
「あたり前だ。彼女たちが強いだろうことは分かっている。クリスがあっさり捕まるぐらいだからな。しかし、戦力が分散した状態で戦っていれば我たちが戻って来るまで持つか分からんだろう」
「問題ねえよ」
ユメリアはそれでも不安なのか馬皇に愚痴をこぼす。それに対して馬皇は即答する。
「む? やけにあっさりしているな。心配ではないのか?」
「っは。俺たちが帰ってくるまであいつらは死んだりしねぇよ。サライラは俺と同じ種族だ。それに俺の娘だ。ひいき目なしであと少しすれば俺を追い抜くだろうさ」
「そうか。それにしても娘なのか」
馬皇の言葉に思っている事を口に出すと馬皇は答える。
「あぁ。面倒だからそこら辺の話はしねぇぞ」
「そうか。気になるが残念だ」
「真央はあんなんでも俺と互角に渡り合える。おっと。これは真央には言うなよ。絶対に調子に乗るからな」
「信頼しているのだな」
「そんなんじゃねえよ。俺との決着が着くまでにやられるタマじゃないだけだ」
ユメリアの言葉に馬皇は嫌そうに答える。馬皇の言葉にそれなりに納得がいったのか頷く。
「それにしても。……むぅ」
都市すら手でつかめてしまいそうなほど距離の離れたアマノハラ上空を越えた。何もない空間を馬皇たちは光源である月とユメリアの振り子を頼りに中心部へ向かってまっすぐ飛び続けていると唐突にユメリアが悩むような声を出す。
「どうかしたのか?」
「理不尽だ。どうしてこんなにも快適なんだ」
ユメリアは思っていたことを口にする。最初の馬皇に乗った時は今よりも遅い速度であったが酷い空気の抵抗も寒さも感じない現状。どころか話が余裕で出来るくらいな快適さである。
「それはあいつの魔法が便利ってだけだろう」
「それはそうなんだが……。こんな魔術、見たことも聞いたこともない」
「だろうな」
「何か知っているのか?」
「どうだろうな」
馬皇は曖昧に返事をする。なにせ異世界の魔法である。ユメリアが知らないのは当たり前なのだがその事は口に出さず黙々と目的地に向けて加速を続ける。馬皇がしばらくはぐらかしているとユメリアの振り子に変化が起きる。縦に振れていたの振り子が斜めにずれて振れる。
「馬皇。少しずれている。2時の方向だ」
「あいよ」
ユメリアの指示通りに今見えている月から右へずれる。すると振り子は先程と同じく縦に振れる。
「それにしてもすごいな。これは。俺やあいつでもまっすぐ行ったら永遠にこの世界の中心部にたどり着けないぞ」
馬皇は素直に口に出した。方向を修正したが正面に月があるのは変わらない。普通であればわずかにずれがあるはずなのにきっちりと正面に月があるのである。
「そうだな。これは方向を狂わせるだけでなく常に正面に映る様になっているのだろうな。我でなくても普通に向かって行ったら迷う」
ユメリアは答える。自分が向かっているように見えてはいるが後ろを見ると馬皇達が飛び立った国アマノハラが見える。
「それに少しずつだがこの世界も回転してるな」
「それについては我も本当に驚いた。これはこの国始まって以来の大発見だ。だが、なんで国の調査隊がまっすぐ進んで国に戻ってきたのかが理解できた。問題はどうやって証明するかだが、っと今はそれどころではないからな」
方向がずれるのは魔術だけではなかった。最初の飛び立った位置よりもずれていた。馬皇が方向をずらしたのに真後ろにアマノハラが見える。それはこの世界が動いているために戻ったように見えただけであったという事にユメリアは難しい顔をする。
「そう言っている間にそろそろ中心部だ」
ユメリアが考え込んでいる内に月が目の前に姿を現す。夜であるために太陽程はまぶしくはないが月自体が淡い光を発している。その光景にユメリアは言葉が出ない。
「幻想的だが、それと地上の月の様に地面になっている訳ではないんだな」
馬皇が目の前にある月を見てそう答える。月をよく見てみると確かに淡く光っているが足場になるような地面はなく光の強さが火の出ているときより弱いだけと言う地上の月とは全く違う存在であることがうかがえる。
「そうだな。なんてきれいなんだろう」
ようやく感想を口にするユメリア。
「だが、真央の奴に頼んでおいてよかったぜ。これは普通に行ってたら俺以外の乗ってる奴が死んでたな」
「へ?」
馬皇の言葉に思考が追い付かずユメリアは間抜けな声を出す。今の光景に死ぬという物騒な単語が理解できない。
「あ? 気づいてなかったのか?」
「ははは。冗談では?」
「あいつのおかげで今は熱さを感じていないんだろうが、今のこの周辺だけでも一瞬で水が蒸発するぐらいの熱量だからな。俺とかサライラはそもそも熱にも強いから問題ないが、人間だったら燃え尽きるだろうな」
「怖いわ‼」
馬皇の言葉をユメリアは理解してツッコミを入れる。馬皇の背を叩くが軽い音しかならない。
「そうはいってもな。これから中に入るんだぞ」
「え゛」
「安心しろ。あいつのおかげで死ぬことはない。少し暑いだろうがな。行くぞ」
「え、えぇ‼ 待って‼ 待ってぇぇぇ」
ユメリアの答えを待つことなく馬皇は光に突っ込んで行った。
次回も馬皇たち視点でお送りします。月の中であったものとは?
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