16話
「こっちだ」
ユメリアの部屋を出た馬皇たちは目的地に向かってまっすぐに走り出した。視界の端には戦闘痕や死体が所々に映し出されるがそんなことを気にしている余裕はないのかユメリアは目的の場所へと走り抜ける。
馬皇たちがたどりついたのは城の中心部。扉を開けると上と地下へとつながっている階段が2つあった。
「降りるのか?」
「ああ。何があったのか確かめなければならない」
「急ぐか?」
「出来れば手遅れになる前に」
「なら捕まってろ」
ユメリアが何かを言う前に言うと馬皇はユメリアを肩にかついだ。とっさの出来事にユメリアは暴れる。
「こら‼ 何をする‼ それにどこを触っているんだ‼ は・な・せ‼」
「おい。暴れるな‼ 舌噛むぞ‼」
「―はっむ……。いやあああぁぁぁぁぁぁ」
ユメリアを担いだ馬皇はそのまま階段の前に立つ。ユメリアを離さないようにしっかりと手を回すと大きくかがんだ。そこから一瞬で今までとは比べ物にならない力が加わってユメリアは喋れなくなる。加速を続けているのか何段も飛ばししていく。そして、それに合わせるように階段に足を引っ掛けてさらに加速してく。もはや、落ちていくといった方が合っている状態の中でユメリアの叫び声が階段の道を響かせる。
「意外と距離があるな」
全力で駆けている中で未だに底にたどり着かない長さに驚きながらも真っ直ぐ続いている廊下を駆け抜ける。長い階段を飛び下りるようにしばらく走り続けているとようやく終点らしき階段の終わりを見つけた。
「あそこか」
見つけてから数秒で階段の終わりを到着するとそこには広い空間があった。目の前には人のみでは小さすぎるとばかりに主張する大きなの扉。意匠を凝らした様子がよち存在感を際立てていた。
「ここか?」
「う、うーん?」
ショックのあまりに意識を手放したユメリアをゆすってここが目的の場所であるかたずねる。ユメリアは馬皇がゆすると意識を取り戻した。
「生きてるか?」
「生きてるわ‼ 死ぬかと思ったわ‼」
ユメリアは無茶な加速をした馬皇を睨みつけて叫ぶ。その一方で馬皇はというと心外だとばかりに答えた。
「でも早く着いたから問題ねぇだろ」
「さっきの事といいもう少し方法を考えろと言っているのだ。このバカ者‼ よもや他の者に同じことをしてるのではないだろうな」
「あ~。悪かったな」
涙目になっているのが効いたのか思う所があるのか馬皇は視線を逸らして謝る。その反応に少し落ち着いたのかユメリアは馬皇を見る。
「……むぅ。次はないからな」
「あいよ」
とりあえず許したのかユメリアはジト目を止めると馬皇は扉を見た。馬皇の視線に誘導される形でユメリアも目を向ける。階段から扉までは距離があるためか見え辛いが扉をよく見ると人が通れる程度には開いている。
「ところでこの扉はなんでこんなでかいんだよ? ってかどうやって開けたんだ?」
「詳しいことは我も知らん。だが、我が一族の当主が魔力を扉に与えると開く仕掛けになっていて引き継ぐときにだけここに来るらしい」
「そうかよ。なら扉空いてるのはマズイって事でいいのか?」
「なにっ‼ ホントだ」
ユメリアは馬皇の指摘に慌てて目を凝らす。そこには言われた通りにわずかであるが扉がわずかに開いていること思い出したかのように立ち上がる。
「行くぞ」
「おう。乗るか?」
馬皇がそう提案するとユメリアはさっきの事を思い出して頭を横に振る。
「乗らん」
「着いてこれんのか?」
「少し待て。強化系の術式は苦手でな。発動までに時間が掛かる。よし。いくぞ」
ユメリアは魔力を練り上げる。そして、5秒ほどして強化し終わったのかユメリアは感触を確かめるように地面を蹴った。馬皇がしたような加速程ではないがそれなりの速さで駆け抜けていく。1人駆けだしたユメリアに馬皇は直ぐに追いつく。2人はしばらく無言で距離を稼ぐ。
「速すぎだろう」
「姫さんが遅いだけだ。俺より速い奴は意外といるぞ」
「そ、そうか。それよりも、広いな」
ユメリアは勢いよく駆け抜けながらこの空間の広さを再確認する。一般道を走る車と同程度の速度で走っているが未だに半分。地下世界の中の地下空間というややこしい場所であるが何を想定しているのか桁違いの広さである。
近くで見ると分かりやすかった。巨大な門の前に到着すると人が通れる程度には開いていた。ユメリアはさっそく中へ入ろうと歩き出すと馬皇が手でユメリアを静止させた。
「何をする」
あと少しで目的の場所につけるというのに無理矢理馬皇が止めたことにユメリアは少しだけ苛立った様子で見る。
「物騒な奴だな」
馬皇がそう言って手を振う。手を振ると同時に地面に何かが落ちる音がする。下を見ると鉄でできた玉が落ちていた。視認できない速度で向かって来る玉を馬皇が全て払い落としたのである。ユメリアもさすがに狙われている事に気が付き顔を青くする。馬皇が止めなければその場でクナイが刺さっていたことは間違いない。それも、確実に命を落とす形で、である。
相手は馬皇の声に乗る気はないのか反応もなく馬皇は面倒そうな表情を隠さない。馬皇は手ごろな石ころを拾い上げると未だに隠れたまま門の上の方にいる相手の気配に向かって石ころは放たれた。人間が放り投げる速度を超えた石は門から見える小さな穴の横に大きな穴を作る。穴の先には手甲を使ってしっかりと構えた男が馬皇の投げた石を受け止めていた。
「そこにいるのは分かってるんだ。邪魔するならこの門ごとお前を破壊するぞ」
「おいおい。この距離でも普通なら腕を貫通する威力のパチンコ玉だぞ。確かスリングショットだったか。親方様の賜ったものの中で一番威力が高くてこの距離でもトマトのように頭を吹き飛ばせる玉を直撃でほとんどダメージ負ってないとかウソだろ。……いや、たまたまだ。たまたま。服の下に何か仕込んでいるだけだ」
「マキノ」
「知ってるのか」
「我を殺そうとしていた追手だ。うちの忍でもある」
マスクのせいで顔は良く見えないが少しだけ言い聞かせるように喋るマキノ。マキノは先程狙い撃ちに使ったスリングショットをユメリアの心臓に向けて構える。
「とりあえず死んどけ」
放たれた玉は寸分たがわず全てユメリアの急所を狙って放たれる。放たれた玉は1発が2発になり倍々に数を増やしていく。ユメリアの元にたどり着くころには鉄の玉の雨といっても過言ではないほどの数の玉が襲い掛かる。1つでも当たれば完全に必殺にあたるがユメリアの前には馬皇がいる。ユメリアの前に馬皇が立つとマキノに背を向ける。しばらく鉄の雨が降り注ぐがそれらはユメリアの体に届くことはなく終わると無傷のユメリアと服が所々破けているもののその下の肌にはほとんど傷を負っていない馬皇の姿があった。
「それだけか?」
攻撃が止んでマキノの方に向き直る馬皇。あの攻撃に対してほとんど効いていない様子の馬皇にマキノは引きつったような声を出す。
「おいおい。勘弁してくれよ。何で効いてねぇんだよ」
「そんなもん気合いだ。気合」
「我としてはそれもどうかと思うんだが?」
馬皇の答えに呆れ交じりの様子でユメリアは答えた。2人の問答など耳に入っていないのかマキノはぶつぶつと呟く。
「訳の分からねえモンに防がれた? そんな訳がねえ。お頭が用意して下さった武器が役に立たない訳がない‼」
「とりあえず、寝とけ」
「は?」
気付いた時にはマキノは吹き飛ばされていた。下から抉る様に顎に拳を入れられて振り上げられた姿が目に映る。一瞬前にはあの男はユメリアの前にいたはずだ。いたはずなのになぜ目の前にいるのか。そんな理解できない様子でマキノは門の通路の天井に激突した。
「うっし。調子はまずまずだな」
やることはやったという顔で馬皇は今の調子を再確認すると門を飛び下りてユメリアの前に戻る。
「速すぎだろ。何があった?」
ユメリアは答えた。ユメリア自身も何が起こったのか理解できなかった。辛うじてわかったのはマキノが馬皇の拳で吹き飛ばされた瞬間だけだった。それ以外の所などもはや目に追えていない。
「ただ、まっすぐ飛び出してアッパー決めただけだ。これから先の方が本番なのに余計なことしてられっか」
馬皇は至極まっとうに答える。その答えにユメリアは呆然とするがすぐに持ち直す。
「……っは。いや、なんでもない」
「そうか? 何かあるなら言えよ。それと今のは前座以下だ。こっから本番だぞ。中からは強そうな気配が結構ある。気合入れろ」
「‼ そうだな。すまない。少し緊張してた」
馬皇の指摘にユメリアはこれから起こるであろう戦いに覚悟を入れ直す。そして、大きく深呼吸すると馬皇がそれを見計らって声をかける。
「緊張が解けたなら一気にいくぞ」
「ああ」
2人はそろって門の中へと足を踏み入れた。
更新しました。次回からが戦いの本番。
いつも読んで下さりありがとうございます。
感想、批評、指摘、ブックマークなどしてくださるとうれしいです。




