25話
「魔力の波長は洋介を示している。でも、あれは何? 洋介なの?」
ユミルの体内から飛び出て来た狼を見て真央は驚愕する。見た目は完全に洋介のそれとは異なっており洋介には存在していなかった魔力と今まで感じる事のなかった謎の力を感じ取る。しかし、真央が洋介と通信するために引っ付けたマーカーはあの狼を指していて困惑するしかなかった。
『ああ。洋介で間違いない』
洋介と確信している馬皇に真央はたずねる。
「なんでわかるのよ?」
『姿が変わろうが、友が分からなくなる訳ねえだろ? これが友情の力だ』
「はいはい。分かった。分かった。友情。友情」
馬皇の自慢げな言葉に真央は胡散臭げな様子で答えると馬皇が突っ込む。
『おまっ‼ 信じてねぇだろ‼』
「ウン。シンジテルワヨー」
『ッチ。無理に言わなくてもいいぞ』
「そんな訳のわからないモン信じるわけにでしょ‼ バカ‼」
「真央っ‼ 横‼」
「あっ」
サライラの声に真央は横を見る。そこには真央に対して炎の巨人の手が目の前まで迫っていた。
「凍てつきなさい」
真央の言葉と共に巨人の腕は凍る。しかし、動きを止めたのは一瞬だけですぐに氷は融け真央に近付く。
「面倒な‼ 凍てつけ‼ 凍てつけ‼ 凍てつけぇぇぇ‼」
真央は乱発する。さすがに炎の塊となった手に何の策もなく握られれば元魔王であっても死ぬ。しかも、真央の黒太陽の魔力をふんだんに取り込んでいるのだ。熱量としては相当なものである。真央は避けることも頭によぎるが少しの間しか凍らない炎に対して意地になって炎の巨人を凍らせようと続ける。しかし、しばらくすると氷の上から炎が侵食してさらに強い炎となって真央に迫ってくる。
「うそっ‼」
真央が慌てて声を荒げたことと炎の巨人のさらに大きくなった熱量に真央の詠唱が途切れる。ここぞとばかりに迫りくる炎の巨人の腕。
「しまっ‼」
眼前に迫る炎の巨人の手に真央の思考が停止する。そして、炎の巨人は真央を握りこむ。握りこんだ手を開くとそこには何もなく炎の巨人は首をかしげた。
「何? 何が起こったの?」
真央の理解を超えていた。いつの間にか狼に乗っかっており見える先には炎の巨人が見える。狼は真央を連れて親方の作り出した壁の上に移動していた。
「洋介なのよね?」
真央がたずねるとコクリと狼は頭を縦に振る。その様子に真央は安堵のため息をつくと洋介にお礼を言った。
「助かったわ。正直、捕まったらどうなってたか分からなかったから」
洋介は「気にすんな」と言わんばかりにそっぽを向く。そして洋介と真央は馬皇を見る。そこには炎の巨人が馬皇の首を掴み引き剥がそうとしていた。サライラが空中で炎の巨人をけん制してもそれを無視して馬皇を執拗に引きはがそうとしている。
「あのバカ‼ 何で逃げないのよ‼」
馬皇が逃げないことに真央は叫ぶ。そして、気が付く。まだ、近くには勇次たちが残っていることに。
「洋介。私を馬皇の所へ連れて行って。それと帰りに勇次たちを回収してこのゲートから連れ出しなさい」
真央は洋介たちだけが通れる門を作り出すと洋介にそう促す。洋介は首をかしげるが真央は無視して話を続ける。
「今、思い出したら無性に腹が立ってるの。あそこまでコケにされて黙ってられないわ」
真央の怒気に洋介は本能的に頷くしかなかった。得意の魔法をあっさりと吸収して分身を作り出したユミルに理不尽な怒りが真央の中には渦巻いていた。そして、一度だけであるがピンチを作り出したという事についても。
「だから、私は馬皇のバカと一緒に一撃ぶつけてくるからさっさと連れてここから出なさい」
にこやかな表情で真央がそう言うと洋介はブルリと体を震わせて猛スピードで駆けだした。そして、あっという間に馬皇の頭の上に来ると真央を置いて勇次たちを回収する。洋介たちが通り抜けたことを門から感じ取ると真央は魔族としての完全な姿に戻る。
「ユリウス。役目は終わったわ。ご苦労様」
「何っ‼ 俺はまだたた……」
ユリウスがまだ戦えると言おうとするが真央は問答無用でユリウスを送還する。送還すると真央は先程までがお遊びに感じる量の魔力を込めた。
「切り刻みなさい」
魔力の籠った大きな風の刃が炎の巨人の腕を切り裂くと今度は小さく弾けた。弾けた風は炎をかき消すように様々な方向へ風を作り出す。そして、風に混ざった黒い靄が炎の巨人の再生を阻害する。それに乗じて馬皇は翼を広げると飛び出して上空からユミルを炎の巨人の居る所へ投げ落とす。
「馬皇‼ さっさと止めさすわよ‼」
『さっきまでやられそうになって癖に言うじゃねえか』
「元の姿だと魔力と一緒に出てくる瘴気で普通の人間なんているだけで死ぬから真面目には戦えても全力で戦えるわけないじゃない。それに、私には影響ないけど私より弱いのが瘴気だけで死ぬのよ。それじゃあ、魔法の意味ないじゃない」
『っは‼ そこまで大層な物でもない気がするけどな‼』
「効いてなさそうなのが腹が立つわ」
『普段だったら全く効かないが、ひび割れた鱗の隙間に入ってピリピリする程度には効いてるぞ』
「どこが効いてるのよ‼ 召喚してたユリウスでさえ死に掛けるレベルなのに‼」
『っは‼ それはあいつが未熟なだけだ』
「どんだけ理不尽なのよ。あんたは」
呆れた様子で真央が言うと残っていたサライラが真央の前に降りる。
「この魔力とても濁ってますわ」
「訂正。あんたらだわ」
『はっはっは‼ 俺の娘だからな』
サライラも若干不快そうにしているが平然としている様子に真央は微妙な表情を浮かべる。そして、馬皇は自慢げに言った。
「妻だなんて……照れますわ」
「言ってないわよ‼」
『言ってねえよ‼』
サライラの妄想に馬皇と真央は同時に突っ込んだ後、馬皇たちはユミルを見下ろす。同じように見上げる形でユミルと眷属たちは飛んでいる馬皇を見る。しかし、考える力が衰えているのか手を伸ばしジャンプするのみで馬皇たちには全く届いていない。
「ここまで知能が下がるのね」
『まぁな。それでも力だけは有るから普通だったら脅威なんだけどな』
馬皇がそう言うとあの巨体が大暴れするところを想像する真央。それに加えて人を食べれば食べるだけ強くなるのだ。普通だったら太刀打ちできないかもしれないことに真央は肝を冷やす。
「それについては議論しても仕方ないわ。さっさと止めを刺すわよ。合わせなさい」
『応よ。サライラ全力で行くぞ』
「はい。お父様」
馬皇は魔力を溜める。溜めた魔力が一部漏れ出てそれが黒い体を黄金色へと変える。馬皇が放つブレスに普段使っている魔力を込める。その横では白い竜の姿となって馬皇の余剰魔力を吸うように光を吸収するサライラ。
「……どんな威力になるのよ」
真央は冷や汗をかきながら今回は馬皇たちのブレスを底上げする魔法陣に魔力を込めて馬皇が放つ先に数珠つなぎに並べていく。それと同時進行でユミル達に瘴気を混ぜた氷の槍の雨を降らせて巨人たちを拘束する。
『行けるぞ』
「行けますわ」
「思いっきり行きなさい。増幅魔法陣」
真央の作り出した増幅魔法陣が輝きが増したと同時にその上を馬皇とサライラのブレスが放たれた。ブレスが魔法陣を1つ通るたびにその大きさと光の密度が倍加していく。やがてそれは最初に親方が作り出した壁の幅すら超えて大きくなっていきユミルとその眷属諸共を異空間の大地ごと消し飛ばした。
この章はこれで決着の予定です。次回はエピローグ。そして、新章突入です。
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