16話
「やべぇ‼ 目を覚ましやがった‼」
「う゛おぉぉぉおおおぉぉぉ‼」
大きな地響きと共に巨人・ユミルの雄たけびが上がる。馬皇たちは視認できる距離に入るものの実際にはかなりの距離が存在している。しかし、その大きさのためか地響きと雄たけびによって馬皇たちは自然と耳をふさぎ揺れに耐えるためにその場にしゃがみ込む。
「おい‼ 起きちまったぞ‼ どうするんだよ‼」
洋介は叫ぶ。その間にもユミルはいきなり起こされたことによって不機嫌そうに地団駄を踏んでこの場を揺らす。
「起きちまったのはしかたねぇがいったん離れるぞ‼ 時間は有るがこの場に居続けるのはまずい‼ 鉄先生2人をお願いします‼ 真央‼」
「分かった‼」
「分かってるわよ‼」
馬皇が指示を出すと鉄は洋介と由愛を担ぎ真央は異界から離れるために穴を開く準備をする。
「馬皇さん‼ こっちに来てますよ‼」
後ろを向いている由愛が慌てた様子で叫ぶ。真央が魔法を行使しているのに反応しているのか暴れまわっていたユミルがこちらを向く。そして、全速力で馬皇の方へと向かって走ってくる。
「慌てないで‼ ……出来た‼ 急いで飛び込んで‼」
真央がそう言うと同時に鉄が最初に飛び込む。
「馬皇も速く‼」
真央も飛び込もうとするが馬皇は何かを探すように周りを見ている。
「分かってる‼ もう少し待ってくれ‼」
馬皇は先程倒した置田を探す。緊急事態のために気絶した置田の拘束は解けてしまっているためにその場にいなくなってしまった置田がいなくなってしまっていた。そしてユミルの正面に立っている置田を見つけ馬皇は呼びかけた。
「何をしている‼ 早くこっちにこい‼ 死にたいのか‼」
「はははははは‼ 素晴らしい‼ 素晴らしい‼ あの巨体で自重など関係なく二足歩行を可能としあまつさえこうも鮮やかに走るとは‼ さぁ‼ 暴れるがいい‼ そして、私の欲求を満たしてくれ‼」
取りつかれたかのように1人喋る置田。馬皇は置田を回収しようと走り出すがユミルの方が速かった。ユミルは近くに置田がいる事に気が付くと人間が蟻を潰さない様に掴むのと同じ動作で素早く掴んだ。
「遅かったか‼」
馬皇はこれから起こるであろうことを理解して悔しそうな表情で真央の所へと走る。ユミルは置田を一飲みすると馬皇たちの方へ向かって走り出した。
「馬皇‼ 早く‼」
動きを止めたユミルを見て真央が叫ぶ。そして、同時に穴に飛び込む。2人が出ると同時に穴は塞がる。
「くそっ‼ 最悪だ‼」
安全な場所に脱出した馬皇が悔しそうに声を荒げる。真央もかなり焦っていたのであろう息を乱していたがしばらくして回復したのか無言で馬皇の腹を殴った。
「何すんだ‼」
「悔しいのは分かるけど落ち着きなさい‼ 見てるこっちがイライラするわ‼ 何が有ったのかは私も見たから知ってるけど今はそれどころじゃないんでしょ‼ 一緒に対策を立てるわよ‼」
「……わりぃ」
真央の言葉に馬皇もようやく落ち着いたのか素直に馬皇は謝る。
「それでさっきまで最悪とか言ってたけどあの男が喰われたのと関係あるの?」
「ある。あれは喰らった相手の知識を得てるんだ」
「面倒ね。つまり、あいつは食べれば食べるだけ賢くなると」
「ああ。それに大量の眷属というか下僕を作り出す。しかも、さらに厄介なのは喰らった数に応じて命をストックする」
「……ちょっと待って。じゃあ、今あの巨人を殺すには何回殺さないといけないの?」
「今のところは2回で殺し切れるはずだ。幸いなのは一度眠りにつくと永いこととストックの数がリセットされることぐらいだな。とは言っても一回殺すだけでもあのデカさじゃ相当大変なんだけどな」
馬皇は何気ない感じで答える。その馬皇の発言に今度は真央が頭を押さえる。その話を聞いていた鉄は言った。
「ちなみに聞くがあれと同じ個体を相手したことがあるのか?」
「あいつを相手した時に俺の世界を管理していた神がそう言っていた。少なくとも他にもいるらしくて神々が絶滅させたらしいんだが生き残ってたのさっき見たあれだ」
「……少し聞いてもいいかしら。神まで実在するの?」
何気なく自身も知らない情報を聞いて真央はたずねる。
「実在するぞ。この世界にもいるみたいだしな」
「そんなのが相手してる時点で私たちの手に負えるの? ってか、空間を隔離して放っておいてもよくない?」
真央はそのまま放置することを提案するが馬皇は頭を横に振った。
「正直かなり厳しい。生き物を食ってなければそれで良かったんだけどその世界の生物を食っちまうとその世界の情報を得ると同時に繋がっちまうんだ。来るぞ」
馬皇が言うと同時に地面が揺れる。
「っちょ‼ どういう事よ‼」
揺れが収まり馬皇の肩を掴んで揺らす。
「ま……て……今……い……」
馬皇は何かを言おうとするが真央が思いきり揺らしているために何も言えない。その様子に由愛が慌てた様子で割り込んできた。
「真央さん‼ お、落ち着いてください‼」
由愛の慌て様を見てさすがに冷静になったのか真央はばつが悪そうな顔をして馬皇を揺らすのを止める。
「……悪かったわね」
「……気にすんな」
他人の慌てようを見て一周回って落ち着く馬皇と真央。2人は由愛を宥めると話を戻した。
「話を戻すが、今の状況だとあっちの世界を切り離しても近いうちにこっちの世界に乗り込んでくる。だから、今のうちに向こうで倒し切るための準備をしなきゃならないんだ」
「言いたいことは分かったわ。それでタイムリミットは?」
「あの地震の規模を考えたら限界は6時間だが、想定より早くなる可能性を考えると4時間だ」
「短いわね。まぁ、それまでに策を練ればいい訳ね。馬皇」
「おう」
「戦闘の情報をよこしなさい。あの時の戦いを思い出すだけいいから」
「分かった」
真央がそう言うと馬皇は素直にうなずく。それを見た真央は鉄の方へと向く。
「鉄先生」
「なんだ」
「ええ。戦うとしたら戦力は必要でしょ。鉄先生は戦えそうな知り合いを呼んでもらえるとありがたいです。出来れば少数で捕まっても食べられないくらいの人材を」
「分かった。至急用意しよう。しばらく席を外す」
「お願いします」
真央は鉄に頼み込む。その様子を見ていた洋介が言った。
「俺にも手伝わせてくれ」
「下手したら死ぬわよ?」
真央が淡々とした口調で言う。その様子が文字通り本当に死ぬ可能性がある事を自覚して洋介は震える。
「……ああ。もしかしたら、死ぬかもしれないな」
「何もしなくても正直責められないわよ」
震えた声の洋介に真央は優しく言うと洋介はうなずいた。
「そうだろうな」
「なら」
「だけど、それだと俺が後悔するんだ。命は助かるかもしれない。知らなければ何も問題ないのかもしれない。我がままなのかもしれない。それでも俺の心に嘘をつきたくねぇ‼」
決意の籠った目で真央を見る洋介。それに合わせてじっと見る真央。そして、しばらく見つめ合っていると真央はため息をついた。
「……はぁ。洋介の決意は固いわよ。あんたはどうなの?」
後ろの方にいる馬皇にたずねる真央。そして、堪えていたものを吐き出すかのように馬皇は大笑いを始めた。
「はっはっはっはっは‼ いい‼ いいぞ‼ 洋介‼ そこまでの覚悟があるならむしろ俺からお願いしたいくらいだ‼ 問題ないよな? 真央」
「勝手にすれば。忠告はしたんだから。それと熱血するなら私を巻き込まないで」
真央はすねた様子で馬皇も言うと顔をそむける。そして、馬皇の記憶から情報を取り終えたのか途中で話しかけられない様に少しだけ距離を置く。
「ったく。こういう時のノリはわりぃんだよな」
「そうか? お前ら見てるとマジでお似合いだと思うぜ?」
「「誰がお似合いだ‼」」
「そう言う所がだよ」
洋介の言葉が聞こえていたのか馬皇と同時に真央の声まで聞こえる。その様子に洋介が言葉を返すと2人は何も言えなくなる。そして、馬皇と真央はお互いを少しだけ見てすぐににそっぽを向く。その様子に洋介はさらに似た者同士という印象を強める。
「まぁ、それはともかくよろしくな‼ 洋介‼」
「おう‼ 改めて頼むぜ‼ 馬皇‼」
2人は拳をぶつけ合うのであった。
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