あやかし商店街(参) 四
落ち込んでいる勇は、とりあえず放っておいて真司は菖蒲に向き直った。
「お酒って、何に使うんですか?」
「ふむ。元旦用に、少しな」
「元旦??でも、元旦ってまだ先ですよね?」
そう言うと、真司は壁に掛けられている小動物カレンダーを見た。
カレンダーは白い子兎がカップの中に入っていて、カップの中央には12月と書いてあった。
「元旦より、先にクリスマスじゃないですか?」
「何を言う!!」
バンッと炬燵を叩く勇。正確には、ペチンという軽い音がした。
「あの酒は、神に捧げる酒やで!?この時期に用意せな間に合わんっちゅーねん!まぁ、それでも今回は遅い方かもしれんけどなぁ」
「えっと…神様に捧げるお酒、ですか??」
「真司さんは、御神酒ってご存知ですか?」
膝の上でいつの間にかスヤスヤと眠っているお雪の頭を優しく撫でながら白雪は真司に言った。
「御神酒って、元旦に神社とかで貰うあれですか?」
そう答えると、白雪はニコリと微笑んだ。
「その通りです。」
「正確に言うと御神酒とは本来、神様にお供えしたお下がりのお酒の事じゃ。神に物をお供えしてお参りをすると、神の霊力がその供え物に宿ると言われておる。そして、その酒で祭りをすれば、霊力の宿ったお酒…すなわち神酒となる。」
湯呑を持ち、淡々と語る菖蒲。
真司は、初めて知った御神酒の本来の理由に
(これも、なんか深い話にだなぁ)
と思ったのだった。
すると、勇がまた自慢気に
「しかも!!これを後から頂けば、神様の霊力が直接体内に入ることになるんや!!この事から、神道の祭礼に於いて非常~に!!重要なこととなったんやで!」
「へぇ~」
「因みに、人間が洒落た言葉でいったのが"御神酒"なのです。本来は、"神酒"と呼びますね」
ふふ、と微笑みながら言う白雪。
「なんか、言い方にも色々あるんですね」
「ふふふ…まだまだ甘いで人間!」
「え?」
「神に捧げる酒は、ちゃんと決まっとるんや!」
ビシッと真司を指差しす…というか、プニプニの肉球を差し出している勇。
真司は思わず、プニプニしたくなる衝動に駆られそうになった。
「ふむ。神に捧げる酒は、四種の酒と決まっているの」
「四種ですか?」
「はい。一つは、清酒。そして、濁酒…」
「白酒、黒酒もあるぞ」
「この四種の酒が神に捧げる事が出来るんや!」
「へぇ~。色々あるんですね。それで、菖蒲さんはどのお酒に入るんですか?」
「うむ。私の所は毎年、清酒になっているの」
「それを、この俺が作っとるんや!!」
えっへん!と胸を張る勇。
「それで、今日こちらに来たのは、最終確認として菖蒲様に確認してほしいからです」
「ふむ。」
勇はそう言うと、先程から首に掛けていた、かなり小さい猫用サイズの瓢箪を菖蒲に渡した。
(あ。あれって、中身お酒だったんだ)
ずっと何なのだろうか密かに考えていた真司。
そして、菖蒲は瓢箪を受け取ると真司に
「台所から、かわらけを取ってきておくれ」と言った。
真司は、かわらけが何なのか分からなかった。
「かわらけ…ですか?」
「ふふふ。では、私が持ってきましょう」
「うぅ…す、すみません」
白雪は、膝の上にあるお雪の頭を、起こさないようにそっと床に下ろした。
そして、台所から戻ってきた白雪の手には、桜の柄が描かれている真っ白な杯があった。
「あ、これ、御神酒を貰う時の」
「うむ。かわらけというのは、これの事じゃ。また、一つ知識が増えたの」
袖を口元に当て、いつもの笑う時の仕草をする菖蒲。
「確かに一つ増えましたけど…そんなに笑うことないじゃないですか」
ちょっぴり拗ねる真司に、菖蒲はまたクスクスと笑った。
「さて、と。からかうのはこれぐらいにして、早速、勇の酒を貰おうかの」