あやかし商店街(参ノ伍) 壱
―その後
泣き止まない勇を抱えて真司と菖蒲は、また、あの建物の隙間を通ってあやかし商店街に帰って来たのだった。
―ガラッ
「ただいま」
と菖蒲が言うと、ドタバタと走り出す音がした。
(く…来る…)
「おかえりなさーい☆」
―ドンっ
「うっ…」
案の定、やって来たのはお雪だった。
そして、これまた案の定、突進される真司であった。
(…よかった…勇さんを抱いてなくて…)
そう、このことを予想して、真司は抱いていた勇を菖蒲に託したのだった。
「ただいま。お雪ちゃん」
「うん♪」
「さて、中に入ろうかのぉ。おーい、白雪や、茶を頼む」
「はーい」
と、遠くで白雪の返事が聞こえた。
「ねぇねぇ、真司お兄ちゃん。勇どうしたの?元気ない?」
お雪は、後ろ姿からでもわかるほど落ち込んでグズル勇を見て言った。
「あー、うん。ちょっと‥‥心の傷をね」
と、苦笑する真司に首を傾げるお雪だった。
居間に着くと、勇は部屋の隅でシクシクと泣いていた。
お雪も白雪も星もルナも、お互い何があったのか分からず、キョトンとして首を傾げていた。
菖蒲は、温かいお茶が入っている湯呑を手にすると、一口飲んだ。
そして、ほぅ…と息を吐くと、キョトンとしている皆に分かるように説明したのだ。
「率直に言うとな、勇は失恋したのじゃよ」
「あらあら〜」
「なるほどー☆」
「………へぇ」
「みゃー」
それぞれ違う反応をする白雪達に、真司は苦笑したのだった。
「それは悲しいことですね」
「失恋って悲しいの?」
「……悲しい」
「みゃー」
「うーん、まぁ、辛いかな?」
「そっかー。」
真司は心配してチラリと隅にいる勇を見た。そして驚いた。
「って、え?!?!」
勇は相変わらず、壁に向かって落ち込んでいたが、勇の背後には白くて丸い…そう、ルンバがいたのだ。
ルンバは、勇をゴミと認識したのか、ひたすら勇にぶつかっている。
「る、ルンバ?!菖蒲さん、あれ、どうしたんですか?!」
菖蒲はドヤ顔で
「ふふふ。これはの、星がわざわざ私にくれたのじゃ!」と言った。
「……帰ってくる途中で…貰った」
「名前はね、ルンちゃんっていうの〜」
「雪芽が付けたのよね」
「うん♪」
ワイワイと喋り出す皆に、勇はさっきからぶつかってくるルンバにブチ切れた。
「ええい!鬱陶しいわ!俺はゴミちゃうっちゅーねん!!」
(あ、復活した)
「戻った〜」
「いつもの勇に戻ったのぉ〜」
「…うん」
「みゃー」
「うふふふ」
勇は、ペチペチと可愛らしい猫手でルンバを攻撃した。
「このっ、このっ!俺が落ち込んどるのに、お前は!!このっ!」
「元気になったみたいでよかったですね、菖蒲さん」
「うむ」
菖蒲は、嬉しそうにして茶を啜った。
そして、真司はハッとして、例の事を思い出した。
「そういえば、どうして、この商店街から一気に高槻市まで行けたんですか?」
菖蒲も、それを思い出したらしく
「あぁ、あれか」と言った。
「この商店街は、橋以外にも色んな場所に繋がっとる」
「…はぁ」
と、意味が分からず曖昧な返事をする真司。
「これも、理の問題じゃから説明は難しいが、次元は一つではないという事じゃ。」
「えぇと、それって、他にも行ける場所があるって事ですか?」
「うむ。県内であれば問題なく行けるぞ。そして、繋がっとる場所は、広い所ではあらへんの」
「あそこみたいに狭いんですか?」
「うむ。建物の隙間。電柱との微かな隙間。そういった隙間に次元は繋がっとる。一般から見れば、普通の空間に見えるが…そうじゃのぉ。お前さんなら、その空間を見分ける事も出来よう。」
「僕に?」
「うむ。空間と空間には必ず歪みがある。その歪みが、ここに繋がる道となり他に続く道ともなる。」
「へぇ。あ、なら、もしかして父さんが言っていた和風美人っていうのも、やっぱり菖蒲さんの事なんですか?」
「むむ??」
「いえ、僕の父さんが、酒蔵に見学した時に着物を着た美人に会ったって言ってましたから」
「おぉ、あれか。そうか、あれはお前さんの父だったか」
「はい。でも、何か納得しました。父さんが居た所から僕が居た所まで距離が少しあるのに、どうして同じ時刻ぐらいに僕を見つけれるのかって思っていたんで。」
「ちと、勇に用があっての。酒蔵に来たんじゃが勇がおらんしの。だから、家主とちと会話をして、勇が居そうな所を聞いたのじゃよ」
菖蒲は、チラリといまだにルンバと戦っている勇を見て苦笑した。
「あれ?勇さんはここの住人じゃなかったんですか?」
「彼は、元々は普通の猫だったんですよ」
白雪が言った。
「そうなんですか?!」
(普通の猫から妖怪になれるんだ…)




