私の決断
本屋の駐輪場へ自転車を停め、コンビニで温めてもらったパンの最後のひと口を頬張る。
コンビニのビニール袋に食べ終えたパンの袋と、飲み干して平らに畳んだ野菜ジュースのパックを放り込み、ギュッと縛る。
風に飛ばされないようハンドルに結び付けて、私は本屋に足を踏み入れた。
目指す先は女性誌が陳列されているコーナー。
高校を卒業して、専門学校に入ったばかりである今の時期になって、やっと化粧に興味を抱き始めたのだ。
だから今の私は、まるで化粧っ気がない。男に間違われることも、少なくない。
カッコイイと言われて嫌な気はしないけれど、どうせならキレイと言ってもらえるほうが嬉しいのだ。
来年は二十歳になるのだから、そろそろ化粧を覚えなければとも思う。
春メイクと表紙に書かれている女性誌を手に取り、中をパラパラとめくって特集されているページを探した。
雑誌の真ん中より手前に、特集されている記事を見付けた。
スッピンと思わしき不細工な女性が、整形メイクと銘打ってどんどんキレイに変身している。
ここまで顔が変わる化粧方法を望んでいない。
手にしていた雑誌を元の位置に戻し、別の雑誌に手を伸ばす。
可愛くて人気の女優さんが表紙を飾るその雑誌の名前は、流行に疎い私でも知っている。
パラパラとページをめくり、数社から発売されているアイシャドウが掲載されているページを見付けた。次を開けば『奥二重さんと一重さんはこの方法☆』という文字が目に飛び込んだ。
雑誌に出ているモデルのほとんどが綺麗な二重で、頑固な一重の私には全然参考にならない。一重の人と書かれたこの雑誌は、とても親切だと思う。
アイシャドウの塗り方とアイライナーの描き方、そしてマスカラの付け方とチークの入れ方。
小さく記されている化粧品の金額を見て、自然と眉間に皺が寄る。
こんなに高い金額……お小遣いでひと月やりくりしている私には無理だ。
しかし、この雑誌で紹介されている方法はとても簡単で、化粧が初めての私でも問題なくできそうだ。
化粧品は高いけど、これは買いだ。
参考になる雑誌が見付かって気持ちが軽くなると、足取りも軽い。
折角だから店内をブラブラして、気に入る本があったら買って帰ろう。
手始めに漫画のコーナーに向かうと、立ち読みをしている男性の群れの中に知った顔を見付けた。
専門学校の同じクラスである、まだ名前を憶えていない男子生徒。
さっきも入ったコンビニで姿を見かけ、私は隠れて鉢会わないようにしていたから記憶に新しい。
向こうが私のことを覚えているかは、甚だ疑問だ。
気付かないフリをして通り過ぎようか。
そうしよう! と決意した目の前で、同じクラスの男子は漫画雑誌を平積みされている一画に戻し、私の方へ体を向けた。
視線がバチリと交錯する。
「あっ……」
やばい、気まずい。
目を瞬かせた男子の視線が、私の手にある雑誌に向いた。
「女子の格好に、興味ないのかと思ってた」
「は?」
開口一番の言葉に、私は気分を悪くする。
柄にもないと言われたようで、乙女心が傷付けられた。
「でも、似合うよね。ボーイッシュ系」
男子はポカンとする私に笑みを向ける。
「そのままでも十分けど、もう少し化粧したらキレイでさらにカッコイイと思うよ」
「……そう?」
ありがとう、とは言えなかった。妙に気恥ずかしい。
「さっき、なに読んでたの?」
話題を変えた私に、男子はバツが悪そうに頬を掻く。
「毎週月曜に発売してる少年向けの漫画雑誌だよ。月曜が祝日のときは土曜日に発売になるの忘れてて、コンビニからは撤去されちゃってたんだよね」
その漫画雑誌なら、二十歳も半ばになる兄が毎週欠かさず買っている。
「好きなの?」
「うん、続きが気になる漫画があってさ。どうしても読みたくなっちゃうんだよね」
恥ずかしさにはにかむ男子は、傍らに平積みされている漫画雑誌にポンと手を置いた。
「それ、兄貴も買って読んでるよ。迷惑じゃなかったら、貸してもいいか聞いてみようか?」
そのままあげてもいいのであれば、我が家で古紙に出す分量も少なくなる。
「マジで! スッゲー嬉しい! じゃあさ、お兄さんに聞いてもらっていいかな? 一人暮らし始めたばかりで、バイトもまだ決めてないから漫画にお金使えなくって」
心の底から嬉しそうに笑う男子は、本当に漫画が好きなのだと伝わってくる。
こんなに喜ぶ人がいるのなら、作家も本望だろう。
「だったら、来週分から聞いてみるよ」
「サンキュ! 恩に着るよ」
じゃあ、また学校で! と、手を振った男子は本屋の出入り口に向かう。
男子の背中を見送りながら小さく唸る。
さて困った。やはり、あの男子の名前が分からない。
だけど顔は覚えた。
明日学校へ行ったら、まずは名簿で名前を確認しよう。
手にする雑誌の存在を思い出し、表紙に目を向ける。
そうだ、帰りに百円ショップに寄って帰ろう。
雑誌に載っていた物と同じような、茶色いアイシャドウとアイブロー、そしてチークを買うために。
仲間内で書いているお題作品です。
今回のお題が『コンビニ』でした。