上辺だけの
暫く、グデーッとベッドに寝転んでいた。
静かな部屋の中で聴こえるのは、木々の揺れる音だけ。
俺は、その音に耳を傾けていた。天井を意味もなく見つめながら。
しかし、その静寂は、インターホンの音によって破られた。
「あのー、こんにちはー」
いかにも軟弱そうな男の声がする。この声は確か……朝に会った奴だ。
俺は、気怠かったが仕方なく立ち上がると、玄関に行ってドアを開けた。
相手を確認する。やはり、朝会った奴だ。
「なんですか?」
敬語で無表情のまま問いかける。いちいち笑顔を作るのが面倒くさかったからだ。
「いや、宿題を届けに来たんだけど……立派な家だね、あはは」
笑いながら、相手は俺の家を見上げる。そして、紙の袋を手渡す。
家が立派?そりゃそうだ。俺の家は、すごく金がかかったらしい。家を立てた当時は、俺の家族はとても仲が良かった。そんな記憶がある。
それは置いておくとして、宿題だって?
まだ、二時間目あたりだろ。 放課後になってからでもいいのに。というか、俺は一週間分の宿題さえ、まだ終わらせてない。
「ありがとうございます」
俺は、さっと紙袋を手に取ると、礼をいっておく。勿論、上辺だけだけど。
「あ、僕は梢 悠馬っていいます。 丸菜学園高校の君のクラスの教育実習生。 よろしくね」
俺が礼を言ったあとで、相手はそういった。
梢 悠馬……どこかで聞いたことがあるようなないような。ていうか、 教育実習!? マジかよ……こんな奴で大丈夫かよ。
「よろしくお願いします。 俺は」
俺が自己紹介しようとすると、梢さんがその言葉を遮る。
「知ってるよ。 赤崎 真人くんだね。 そういえば今朝、君の机がなかったけど、どうしたの?」
優しく微笑んで、梢さんは聞いた。
……こいつ、笑ってるが、感が鋭いな。
俺は、そう思い、右手の拳を強く握りしめた。
「いえ、 掃除の時に忘れてたみたいで……」
「嘘はついていないかい? 周りがちゃんとしてるから、忘れはしないでしょ? それに、 君は欠席日数が多いね?」
やばい。やばいやばい。 こいつ、マジでやばい。
事実が分かって、どうする気だ?
剛を怒らせれば、また俺がなにかされるんだぞ。
お前の善意が、俺の苦しみに変わるんだ。そんなことも知らずに。
「……すいません」
俺は、そう言うと、ドアを無理矢理閉めた。
勿論、梢さんの力の弱さは把握している。
なら、閉められる。
……確かに、俺はドアを閉めたはずだった。
だが、ドアはしまっていない。
目の前には梢さんが居た。ドアに手をかけて、真剣な顔をして。
「な、なんですか」
ーーおかしいだろ。 力、弱いはずなのに。
「君、嘘ついてるね。 いじめられているのかい?」
ーー優しく問うなよ。 善意のつもりなのか。
「いじめられてません」
ーーそう。 俺のこの答えが正しいんだ。
「嘘だ。 僕、いじめられてたから分かるよ。 誰にいじめられてるの?」
優しい声のまま、梢さんは首をかしげた。
「……中西 剛」
俺は答えた。
彼の言葉が心に響いたわけじゃない。
ただ、……飽きただけ。 もう、この話し合いはどうでもいいや。
また、明日学校にいかなければ、いいだけ。
「中西って、一つ上じゃないか」
当たり前だろって……なんでこいつ、知ってるんだ。
教育実習生なのに。もしかして全校生徒知っているのか?
「そうです。 理由はわかりませんが、いじめられました。 今日の、朝から」
俺はそう言う。
すると、梢さんは微笑む。
「そう。 よく分かったよ、ありがとう。 じゃあね」
それだけ言うと、子供のように、手を振りながら帰っていった。
俺は、呆然と玄関に立ち尽くす。支えがなくなったドアが閉まる。
パタン、と音を立てて。
(結局、なにがやりたかったんだろう、梢さんは)
よく分からなかった。
それでも、いいや。
どちらにしろ、俺は学校へはいかない。
問題なんて、ない。
いじめも、なかったことになるはずだ。
それから、俺は毎日部屋に閉じこもってゲームをした。
「真人、出て来て?」
儚い、今にも崩れそうな母さんの声が聞こえても、
「真人。 好い加減に出て来い」
怒気のこもった、父さんの大声が聞こえても、とにかく無視。
そして、一週間。ずっとゲームをし続けていた。
だけど……あのゴリラには勝てなかった。
いくらやっても勝てないまま、俺はまた一日を部屋の中で過ごす。
部屋に積まれたポテトチップスの袋の残骸は、今にも崩れそうなほどに積まれていた。