あいつ。
「あ、こんにちは」
俺は今、夜人の恋人の家の前にいた。
事の発端は一時間前。
雪が、俺と同じゲームの使用者がいるという事を教えてくれた。
それも、夜人の恋人らしい。
「その子からなんか情報もらえるかもな!」ということで、俺と雪でその恋人の下へいくことにした。
雪から聞いた恋人の名前は、緋崎 雛。なんと! 俺の幼馴染だった。
家も近いし……あの野郎、黙ってやがったか。
もう横にはいない夜人に愚痴を呟きながら、雛をみる。
雛は、にこにこと優しい笑顔。頭の上には、やはりヒヨコとスズメ。この子達になんの意味があるかは知らないけど、いつも乗せている。多分、こいつの相棒なんだろう。
「なぁ、お前ってさ夜人の恋人なんだ?」
俺は、単刀直入にそう聞いた。
「え、いきなり?」と雪が驚いた顔をする。
「え、なんで真人君知ってるの!?」
驚いたような雛の顔。
女はみんな、直ぐに驚いた顔をする。不思議だ。
俺は、あまり驚いたりしないのに。
「雪から聞いた」
俺は、短く言い、目を逸らす。
逸らした先には、曇天の空。
今にも雨が降りそうな黒い雲が浮かんでいる。
(この頃、天気が悪い日々が続いているな)
俺はそう思っていた。
雛は、雪に向かって「もー、なんで話しちゃうかなぁー」と赤面しながらいっていた。
「えー、だって……」
雪が口ごもる。
俺も言い難かった。
幼馴染に、お前の恋人いなくなりました、とかさ。
俺は、絶対に言えない。
「まー、いーだろ。 そーいやさ、 これ知ってるか?」
どうにか話をそらそうと、俺はスマートフォンを取り出した。
「あ、知ってる! 私もやってるよ」
そういうと、雛は赤いスマートフォンを取り出した。
赤い色は、雛の好みとはあまり合わない気がしたが、そんなことは深く考えはしなかった。「あれ?」くらいだ。
「そうか。 フレンド、ならねぇ?」
「あ、いーよー!」
それで、俺らはフレンド登録した。
あいつの名前は「ヒヨコちゃん」だった。
一瞬、「おちょくってんのか!」と怒りそうになったが、我慢した。
(名前は、自由だからな)
そう思いながら、雛のデータをみる。
ランクは……40。 俺よりも30上だった。
俺は、ゲームをダウンロードしてから四日くらいしているが、ランクはなかなか上がらなかった。
「お前、何日やってんだ?」
俺は、画面をスクロールしながら聞く。
「うーん……夜人に勧められてからだから、一年はやってるかも」
雛は、うっすらと微笑む。夜人を思い出しているんだろう。
それにしても、俺は、「真人君」なのにあいつが「夜人」なのがムカつく。
俺の方が幼馴染なのに。一緒に遊んだ17年は一体なんなんだ。なんだ、この気持ち?
この気持ちは……、娘を嫁にやる親父の気持ち、だな。
確か、俺が小さい頃に父さんが話してた気がする。
あの頃は、いいやつだったんだけどな、父さん。
雛のせいで、昔を思い出してしまった。
あまり物思いに耽るのは嫌だから、
「へぇー、そうか。 俺は、一週間くらい前から。 夜人に勧められた」
俺はそういった。
でも、それが間違えだった。
「ふぅん。 そーいや、真人君はいつも夜人と一緒なのに、今日は居ないね?」
痛い所を突かれた。やばい。
俺は、どうしても真相を話したくなかった。
なぜなら、今回のこいつの所に来た目的は、ゲームの情報を手に入れるためだからだ。
話したくない。
「あぁ、 なんか買い物だってさ。 梅子さんに頼まれたらしくて、怒ってた」
笑いながら咄嗟に嘘をつく。
「へぇー、 大変だねー」
雛が楽しそうに微笑む。 想像でもしてるのだろうか。
「なぁ、そうだろ?」雪に話を振ろうと隣をみたら、雪は居なかった。
あれ?と思って、周りを見回す。すると、視界に入った雪は、もう帰ろうとしていた。
「おい、雪! ごめん、雛。 こっちから来たけどもう帰る」
俺は、雪を追いかけながら、雛にそういっておいた。
雛に俺はなにを言おうとしたのだろう。
確か、ゲームの情報を手に入れるために雛の家に来た。
でも、結局嘘ついただけ。
俺は、スマートフォンの電源を入れる。
また、ゲームを始めた。