放課後と失踪
学校終了のチャイムが鳴る。
俺は、鞄を持ち、校門の近くに立つ。そして、そのまま夜人を待っていた。しかし、10分、20分……30分。
スマートフォンの時計をみながら、夜人を待っていたが、あまりにも遅い。
(こいつが、今まで待ち合わせで俺を待たせたことは一度もなかったのに。)
そう思ったが、それは昔の話。
今は、クラスが離れている。だから、クラスメートと話して遅くなっているのかもしれない、あいつはお調子者だから。そう思い直し、俺はまた学校に入り、夜人の教室へ行くことにした。
だが、俺は異変に気づいた。なぜなら、静かだった廊下が夜人の教室へ近づく度に煩くなっていくのだ。
胸騒ぎがした。 もしかして、夜人になにか遭ったんじゃないか、と。教室へ行く足が自然と早くなる。
「あの、どうかしたんですか?」
夜人の教室へ入ろうとしていた先生に聞いた。確か、彼はこの学校の教頭だ。
「あぁ、君は確か赤崎君かね。実は、白野君がいなくなったらしいんだよ」
……は? 夜人がいなくなった?
なにいってんだよ、教頭!
ふざけんなっ。
と、取り乱しても夜人が居ないことには変わりない。
俺は、出来るだけ冷静に教頭に聞く。
「嘘ですよね?」
と。 冷静に、でも冷徹にはならないように。
すると、教頭は申し訳なさそうに表情を曇らせ、
「本当です。 君と、白野君の仲は知っています。 かなり仲が良かったようですね。
でも、安心してください。 まだ、死んだとかそういう訳じゃないんです。 絶対に見つかりますよ」
といった。
言い方がムカついたが、
「そうですよね」
と微笑む。 教頭にキレても意味がないからだ。
……でも、夜人は見つからない気がした。なんでかは、分からない。
暫くすると、騒いでいた生徒と、俺が夜人の教室に集められた。
そして、教頭はこういった。
「皆さん、落ち着いてください。 白野君は、午後の授業に参加せずに、校外に出て行きました。 それだけです。 いなくなった訳ではありません」
と。
その言葉で、周りは、「そっかー」「つまらねー、サボりかよー」などという声を漏らした。
そして、教頭はそれをきいて少し安心したように教室から出て行った。
皆、帰って行った。
なんで、そんな言葉で終わらせられるんだ。
いなくなったんだぞ? 夜人が!
俺は、おかしいと思った。教頭の言葉は、大人の事情からだと直感した。
廊下を歩いて行く教頭に石を投げてやりたかったが、廊下に石はなかった。まぁ、当たり前だけど。
とりあえず、自分が落ち着いてから夜人の家にいくことにした。雪の様子もみて行きたいし、なにより夜人のお母さんが狂っていないか心配だ。
夜人の家に行く途中、自動販売機を見つけた。
そういえば、なにも飲んでいなかった。
一番安いミネラルウォーターを買い、一気飲み。
そして、ペットボトルを道に投げつける。
ペットボトルが跳ね返り、近くにあった黒い車にぶつかる。そんなの、どうでもいい。
そして、そのまま夜人の家に直行。
後ろから男の怒号が聞こえた。しかし、無視。
だって、俺は不良だからポイ捨てくらい、して当然だろう。
暫くして、男の声が聞こえなくなると、夜人の家が見えた。
「よし」
俺は走って行き、玄関の前に立つ。
ピーンポーン……。インターホンを鳴らす。
家の中から、「はーい」と聞き慣れた女の人の声がした。
彼女は、夜人の母、白野梅子だ。
俺の母さんと同い年の梅子さんは、これまた美人だ。
夜人の中学3年のころ、梅子さんが参観日にきて、夜人が質問攻めになったくらいだ。そのとき、なぜか、僕も梅子さんについて質問された。
ちなみに、僕のお母さんも綺麗な方なのだが、お父さんがいつも横でしかめっ面をしているから、質問されたりはしない。
まぁ、それはいいとして、梅子さんは性格もさっぱりしているが、なによりもルックスだ。
バストもいいし、黒い長い髪がとても上品な感じだ。俺の母さんの同い年なのに、母さんよりも若い感じがする。
とりあえず、梅子さんは美人なのだ。
「どなた? って、真人君じゃない! どしたの?」
梅子さんは、狂っていなかった。 というか、普通過ぎて怖いくらいだ。
まだ、真人の失踪を知らないのかもしれない。
俺は、話そうかと思ったけど、少しでも雪に静かな時間を与えてやりたいな、とも思い、梅子さんには暫く無知の幸せを味わってもらうことにした。
「いえ、夜人から雪ちゃんが体調が悪いと聞いたので」
僕は、微笑み気味でそういう。
すると、梅子さんは笑いながら、
「あら、わざわざお見舞い? ありがとね、でも大したことないわよー」
といい、俺を家にいれてくれた。
もう何回も行ったことある家だ。俺は慣れていたから、すぐに雪の部屋にいくことができた。
「おい、雪? 入るぞー」
梅子さんの前では“雪ちゃん”だが、いつもは“雪”と呼んでいる。
「えー、入ってこないでー」
いつも通りの返事。彼女は、「いいよー」の代わりにこう答えるのだ。
「おー」
適当に答えて、部屋に入る。
そこには、漫画を読み漁っているパジャマ姿の雪がいた。
「なんだ、元気そーじゃねーか」
そう言った後、雪に近づくと、その周りに散乱している漫画を一冊つかんでそれをみる。
題名は「夏の恋ゴコロ」。 雪は性格からしてどっちかというと少年漫画が好きそうなイメージだが、彼女は少女漫画じゃないと読みたくないらしい。
「あー、とらないでよ真人!」
怒ったように俺の手から漫画を取り返そうとする雪。
でも、身長差のおかげで俺の手から漫画が取られることはなかった。
「ははっ、 お前、俺の身長に勝てるわけねーだろ!」
笑いながら、 少し意地悪く漫画を持った手を軽く振ってみた。
雪は、暫く憎らしそうに俺をみていたが、勝ち目はないとわかったのか、 俺を睨んだ後にまた座って漫画を読み始めた。
俺も、少し雪の漫画を読んでみる。
「うわー、めっちゃベタベタ。 お前、こんなのが好きなのか」
これは、別に嫌味で言ったわけじゃない。
本当に、主人公達がラブラブベタベタして、俺にとっては少し気持ち悪かった。
「何よ、悪いわけ?」
雪が漫画から目を離さないままでいってくる。
「いや、そんなことはない」
短く返事をする。
「そーいえばさ、 何の用? 真人」
雪は、漫画から目を離さないままでそういう。
その言葉には何とも言えない冷たさがあった。
「は? 何が?」
この時、俺は夜人のことを忘れてしまっていた。
あれだけ怒っていたのに、 なぜか忘れていたのだ。
だから、こう答えた。
だけど、雪からするととぼけているように見えたらしい。
「ねぇ、とぼけないでよ。 真人が、私の風邪の為だけにここにくるわけないじゃない!」
雪は、なぜか怒ったように俺にいう。
雪にそう言われて、やっと本来の目的を思い出した。
でも、雪の見舞いが目的になかったわけではない。そう言っておこうか、と思ったが、きっと「言い訳しない!」とか言われそうなのでやめた。
「あぁ、本当の目的だな。 話していいのか?」
「うん。 多分、大丈夫」
雪は、こくりと優しく頷く。
だから、俺は覚悟を決めて話すことにした。
「へぇ、そっか。 そんなことになってたんだ、夜人」
俺は、あの放課後のことを話した。
すると、雪はすごく冷静だった。俺の方が驚くほどに。
「なぁ、驚かないのか?」
「……そりゃあね、悲しいけど、驚きはしない」
雪は、俯いたままそういった。
「じゃあな、明日か明後日くらいには元気に学校来いよ」
雪が泣きそうなのが分かった俺は、そういって雪からの返事を聞かず、すぐに部屋をでた。そして、廊下を歩きながら、俺は考えた。
雪に放課後のことをいった時、俺は全てを話していない。
夜人がいなくなった事は話した。しかし、 その後の教頭の件は言わなかった。
本当は言わなければいけないと思ったが、それを雪にいう勇気が俺にはなかったのだ。
玄関までくると、リビングの方から梅子さんの「あらー、真人くん、帰るのー? ごめんねー、見送れなくて」
という声がした。
梅子さんが見送りできない理由は、どうやら電話をしているかららしかった。
「いえ、大丈夫です」
俺は、そう答えて玄関を出た。
ドアを閉める間際、「嘘でしょう、夜人が!?」という声と、受話器が床に落ちる音が聞こえた。