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必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話  作者: 紗倉 悠里
終わりと共に輝く黒いモノ
21/25

上っ面だけの契約を(時雨 目線)

 ――ああ、俺は何をやっているんだろう。

 なんで、梅子さんを殺してしまったんだろう。

 こんなことをしても、なにも特にならないことはもう知っているのに。こんなことをしても、光が戻ってこないことは知っているのに。


――光、光、光! なんで、梅子さんに殺されたんだよ!

 あの時みたいに、暴れろよ! 「葵、葵!」って叫んだ時みたいにあばれろよ!どうして、死んだんだよ……。――


 そんなことばかり考えていた俺は、もう罪の意識なんてなくて。【目の前の女を殺そう】と、ただそれだけを考えてた。

 目の前の女は、俺の息子を殺した。

 いや、今は俺の息子じゃない。女の娘だ。しかし、彼女はかつての俺の息子なのだ。複雑で良くわからないって? お前も、100年も200年も生きてみろ。そしてら、それが分かるさ。

  雪は、光。光は、雪。そんな事実があって、俺と梅子は、それに忠実に生きてきた。

――『光の生まれ変わりである雪を、悲しませたり、殺したりしてはいけない』

 これが、俺と梅子の契約。だが、梅子はそれを破った。

 悲しませたのなら、俺が厳重に注意して、終わっていただろう。

 だが、彼女は罪を犯した。

 雪を、俺の大切な“光”を、殺したのだ。

 しかも、雪の感情を涙で誘導して、毒を塗った針で殺したのだ。あの綺麗な柔肌に、針を刺したのだ。

 あの綺麗な肌だから、刺した時の感触は、さぞ気持ち良かっただろうね。

 でも、俺はすっごく気持ちが悪いよ。そんなこと、考えたこともない。

 雪を殺した人間なんて、死ねばいい。


――あぁ、俺は何をやっているのだろう。

 彼女を殺して、俺は徐々に冷静になっていく。

 そして、俺は驚いた。

 今更だけど、「梅子さんは殺されてしまった」のだ。


 だが、それはあり得ないはずなのだ。

 だって、あのゲームが有る限り、俺と彼女は不老不死なのだから。しかし、事実、彼女は死んでいる。

 あの強さで首を絞めて、"普通なら"生きているはずはないから、演技で死んだふりをしている、なんてことはないだろう。

 じゃあなんで、彼女は死んだ?

 サァ。頭から血の気が引いていく。嫌な予感がした。

「さ、時雨。 楽しかったかい? 最愛の人を憎しんで殺す悲劇は」

 笑いの含んだ声で、“傍観者(ノーサイド)”の彼は聞いた。

「はい、とても面白いですね」

 俺も、笑う。

 

 彼は、いつも“傍観者”だった。

 誰の味方でもなくて、誰の敵でもない。

 ただ、他人の悲劇を見て、笑うだけ。

 それが、彼だった。

 でも、誰一人彼の存在を否定しなかった。まぁ、肯定もしなかったけど。

 彼の黒髪はとても綺麗。医者だけが着ることを許されるその白衣も、とても似合っていた。すらりとした体型に、申し分ない整った顔立ち。

 彼は、俗にいう「イケメン」だった。

 彼に好きなやつはいない。ただ、興味を持ったやつにだけは過剰な愛情を注ぐ。

 彼は、矛盾している。だけど、“傍観者”だから、許される。

 好きじゃないけど、興味を持ったから愛情を注ぐ。

 ただ、それだけ。

 彼は、興味を持ったものに愛情を注ぐ為だけに生まれた。

 きっと、そういっても過言はないだろう。


「へぇ、良かったね。 面白いのはとても良いこと。 そんなこと、僕はどうでもいいけどね」

 彼は、本当にどうでもよさそうだ。俺のしゃべりながらも、自分の前髪をいじっていた。

 そして、無表情で、下の方を見ている。

 彼に見下ろされているのは、彼が興味を示していた“梅子さん”だった。

 彼と、梅子さんはとても仲が良かった。

 結婚するって決まった時は、俺は心から祝福した。……多分。

「そうですか。 ちなみに、なんで彼女は死んだのかわかりますか?」

 俺は、首を傾げて聞いた。

「そりゃ、首を絞めたから、じゃないかい?」

 彼は、笑いながら俺に視線を向けた。

 狂った俺でもゾッとする、その笑顔を、彼は俺に向けた。

「そ、そうですか」

「当たり前だし。 それくらい、俺にでも分かるよ」

 笑いながら、彼は踵を返した。

「あのさー、僕をバカにするのも大概にした方がいいよ」

 そして、彼は手を振りながら、車に乗ってどこかに行ってしまった。颯爽と。


 バカにする?

 バカにしているのは、おまえじゃないか。俺をバカにして、騙して。

 昔からそうだろう、お前は。

 あぁ、もう、嫌になる。

 なんで俺がこんなことをしなきゃならないんだ。

 もう、疲れたよ。動く気力もない。

「はぁぁ」

 大きくため息をつく。

 梅子さんは、そこに横たわったまま。

 これ、どうしたら良いんだろう。

 死体の処理の仕方なんて知らない。





「はぁぁ」

 もう一度ため息を着く。

 仕方ない。放っていくわけにはいかないので、家にいれておく事にした。

 歩が事前にあけておいてくれた家に入ると、リビングのドアが開いていた。ちらりと見えたリビングは、とても綺麗に整頓されている。

 でも、リビングまで持って行くのは面倒臭かったから、玄関に置いておいた。

 歩は、もうこの家には戻らないだろうし、雪と夜人は死んだから、この家の持ち主はいなくなっている。

 だから、玄関でもいっか。という、楽観的な思考なのは、俺だから仕方ない。

 そして、家から出た。

 俺は、この家の鍵を持っている。

 俺が鍵を閉めると、この家は、歩が戻らない限り、二度と開かない家になった。

 そして、その鍵を適当に捨てておいた。

「こんな鍵、もういらないなぁ」

 そう、つぶやいて。


 俺は、街を歩きはじめた。

 大きなショッピングモールを通り過ぎると、寂れた街に。そして、さらにそこを通り過ぎると、大きな丸菜学園が現れる。

 ここは、昔から、ずーっと建っている。白狐川の近くに。

 葵さんが生きていた時も、真人くんが生きていた時も、建っていた。

 俺と梅子さんは、ここだけは消そうとしなかった。世界の全てを消すとしても、この学園だけは、残しておきたかった。

 いや、残さなければならなかった。

 なぜなら、“彼”が消すな、と言ったから。

 彼が言ったのなら、消してはいけない。

 きっと、消したらとんでもない天罰が下るのだろう。どんな天罰かは、想像もつかないけどね。

 だから、俺は、この学園の本性を知らない。

 この学園を誰が創設したのか、そんなことも知らない。調べたら分かるけど、それも“彼”がダメだ、という。

 “彼”は、権力者なのだ。

 俺なんかは、絶対に勝つ事ができない。だから、彼に従うしかない。


 丸名学園の門の前に立った。

 そして、校庭のサッカーゴールの近くに向かった。

 確か、――いつかは覚えてないけど――昔に、ここになにか大切なものを埋めた気がする。

 それは、なんだっけ。

 そこだけ、抜き取られたように記憶がない。

「なにだったかなぁ」

つぶやいて、土に手をかけた。

 そして、掘ろうとした時だ。

「ん?」

 俺は、土に異変を感じた。

 土が……柔らかかった。

 俺が掘ったのは、覚えてないくらいの昔の事だから、こんなに柔らかいままになることはないだろう。ということは、誰かが俺が埋めたあとにそれを掘り出した、ということになる。

「……っ!?」

 俺は、底知れぬ恐怖を感じた。本能的な、恐怖。根拠のない、本当の恐怖だった。


 そして、それは突然に起こった。


 「バンッ!!」

 何かの破裂音。その瞬間に、胸に痛みが走る。

 俺の綺麗な黒いスーツには、丸い綺麗な穴が開いていて、その穴から自分の肌が見える。ぷくぷく、と赤い蕾が膨らんだかと思うと、それが弾けた。弾けたのを合図に、赤い液体が溢れ出す。止まらない、止めようとしても止められない。

 必死に、止血しようとする。が、体に力が入らない。それでも、力を絞り出して、自分のシャツを剥ぎ取り、それを丸い穴に当てた。

 もう、痛いなんて感覚を通り過ぎていた。

 痛いというか……感覚がない。身体が痺れたようになっている。

 呼吸が苦しい。

 口の端を、少し鉄の味がする液体が伝う。それが、ポタリ。自分の服に落ちて、服を赤く染める。

「ぁ"っ……ぐっ」

 俺には分かる。 俺は、撃たれた。でも、そこまでしか分からない。誰に撃たれたのだろう、俺は。





「楽しい? ねぇ、楽しい?」

 無邪気な声が聞こえる。

「……っぁっ!」

 俺は、「誰だっ!」と聞きたかった。だが、もうそんな声も発することができない。汚い、声だけが残る。

 俺は、この声を聞いたことがある。だが、誰かと聞かずにはいられなかった。

 だって、ここに“あの人”がいるなんて信じられないから。いや、居てはいけない。

「よかったね、時雨さん。 楽しい?」

 また、“あの人”は聞いた。

 嫌がらせだろうか。この苦しむ姿を見え楽しむのはお前だ。俺は楽しくない。もう喋る気力もなくて、ただ、黙っていた。

「銃弾って、本当に綺麗だよね」

 あぁ、そうだね。

 もうそんな返事しか思いつかなかった。

 まるで、ガキに付き合ってる気分だ。

 さっさと俺の後ろから消えてくれよ。

 お前が後ろにいるのは不快だ。まぁ、俺の前にいるよりかはマシだけどな。でも、もう声が発せなくて、“あの人”にはなにも伝わらないだろう。

「あ、そうだ。 時雨さん、梅子さん死んだんだって? カワイソー」

 彼は、楽しそうに笑っている。

 そういえば、お前はそういうのが好きだったけな。人が死ぬのを見るのが好きで、人を殺す時は必ず銃を持ってて。

 確か、変な異名がついてたな。どんなのだったかなぁ。思い出せないよ。

「ま、ボクは可愛いから、そんな汚い争いには参加しないけどねー」

【ボク】。女にでも男にでも使える一人称。

 ――こいつは男だったっけ、女だったっけ?


 もう、誰がどこにいるのか分からない。前後左右が分からない。

 息ができない。姿勢が保てない。

 地面に横たわった状態で、俺は“あの人”の声を聞いていた。

 (どれだけ狂っても、やっぱりお前には勝てないなぁ)

 そう思いながら、小さく微笑む。

「あれ?  どーしたの? あ、楽しいから笑うんだねっ」

 その言葉を聞きながら、俺は目をつぶる。

「じゃあ、お疲れ様、時雨」

 彼女がそういった。

 けど、もうその声が俺の耳にはいることはなかった。





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