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必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話  作者: 紗倉 悠里
終わりと共に輝く黒いモノ
20/25

そうしたらね(梅子 視線)

(あぁ、だめだわ、私って)

……ついに、私は約束を破った。

 雪は、私に殺されてしまった。可哀想に、私に殺されてしまった。

 焦って、殺しちゃうなんて、私って本当にダメ。ダメダメ。


 そんなことを思いながら、店から出ると、スマートフォンを操作して、歩さんに電話をする。

「あ、歩さん? 今、あのカフェに居るんだけど、迎えに来てくれる?」

 いつも通りに。動揺しているのを悟られないように。

『おお、そうか。 わかった、すぐに行くよ』

 歩さんの声が聞こえた。

 私は、いつも聞いてる声を聞いて、安心した。

「ん、お願い」

 そういって、私は電話を切る。そのまま、スマートフォンをポケットに入れた。


 そして、五分くらい待った頃だ。

 黒い車が目の前に止まった。これは、間違いなく歩さんの車だ。もう、何十年も見続けているから分かる。

「迎えに来たぞ!」

 歩さんは、とても明るい声と笑顔で迎えてくれた。

「ありがとう、歩さん」

 車に乗り込むと、ふぅ、と安心してため息をついた。そして、窓からカフェを眺めた。

 ちょうど、外から雪は見えなくなっていた。我ながら、良い所で殺したものだ。

 まぁ、全く嬉しくないけどね。

 雪を殺したこと、本当はすっごく後悔してる。

 それは、自分でも分かっていた。でも、そんなことは、言えない、言ってられない。

「なんで……殺したんだろう」

 私は、小さくつぶやいた。

 それは、歩さんにも聞こえていたらしい。

「ん?」

運転席の歩さんが私の方を見た。私は、慌てて適当に話を繕っておいた。

 歩さんは、私の本当のことを知らない。

 まさか、この容姿のままの私が生き続けるなんて思っていないだろう。

 だって、夜人と雪を巻き込んで、私の誕生パーティーを開いたのも、彼なのだから。

 絶対、私は普通の人間なのだと、歩さんは信じてる。

 それに、彼は、時雨さんのことも知らない。

 彼には知らせずに、私は時雨さんと会ってる。

 これ、もしかしたら世間には、浮気って見られるのかな?

 あはは、それは面白いわ。私が浮気だなんて、面白い。


 今までと同じ、狂った思考。のはずなのに、今度はなんでか笑えない。微笑もうとしてもできない。

 笑おうとしたら、床に倒れた雪の姿が脳裏に浮かぶ。そしたら、笑えなくなる。 それどころか、涙がでそうになってくる。

 それって、おかしいよね。私は狂ってるんだから、娘の為に泣くわけがないし。

「どこにおくっていこうか?」

 私がぼーっとしていると、歩さんが聞いてきた。

「そうね。 私の家までお願い」

「りょーかい!」

 朗らかで純粋に彼の目に、雪のあの姿はどう映るのかな。

 夜人がいなくなった時のことも、まだ私は彼に話していない。「友達の家に泊まりに行くんだって。 しかも、一ヶ月」なんて、あり得ないような言い訳をしたら、彼は単純だから……純粋だから、「おう、そうか! あいつもそんな友達ができてよかったなぁ」と笑いながら言った。

 多分、事実を言ったら、彼は普通ではいられないだろうね。

 だって、夜人が生まれた時、一番喜んでたのは彼だった。病院中に響くような声で、涙まじりに叫びながら喜んでたよね。

 ま、そんなの、私からみたら滑稽な劇くらいの価値しかないけど。 

「おい、着いたぞ」

 歩さんの声が聞こえた。

 かなり、早く着いたみたい。


 私は、なにも疑わずに車から出た。それが、間違いだって気づいたのは、車から降りたあと。私は、外の光景をみて固まった。 この状況を一言で表すなら、〈時すでに遅し〉って感じかなぁ。

「梅子さん、お疲れ様です」

 聞き慣れた声がする。敬語で、優しい声。

 私が、今日、“一番”会うはずがないと考えていた人物が、今、私の目の前にいた。

「……なんで、いるのかしら?」

――そう。彼は、時雨さんだった。

「おやおや。 俺がここに存在することに、意味が必要ですか?」

 彼は、質問に質問で返しながら、面白そうにカッカッと笑った。

「……そういうことじゃないわ」

 適当に彼の冗談に返事を返しながら、私は、後ろをゆっくり振り返った。そこに最愛の人物がいないことを願って。

 でも、……居た。そこには、歩さんがちゃんと存在していた。

 現実って酷いよね。私のことも、逃してクレナイ。





「どうしたんですか、梅子さんらしくない。 いつもなら笑っているのに。 もしかして、なにか"やっちゃった"とか?」

 時雨さんの言葉が、私に刺さる。また、脳裏に雪が浮かぶ。私は、それを慌てて振り払う。

 そして、時雨の方を振り返った。

「そ、そんなわけないじゃないっ」

 その時、私は完全に動揺していた。感心しちゃうくらいに、完全動揺。笑っちゃうよね、私は動揺するなんて。

「はは、面白いです。 能無し豚は爪を出す、って言いますけど、貴方の今の状態はまさにそれ。 そうですね、貴方がなにをしたのか、俺が当てて見ましょうか。 雪さんを――」

「雪を殺した」

 時雨さんの声を遮った。

 誰かの声が。

 これって、私の声?違うよね。ってことはさ……、

「歩さん……!?」

――私と時雨さんの声じゃないなら、残りはあと一人しかいなかった。

 私は、もう動揺した状態から戻れないかもしれない。

 [歩さん、なんで知ってるの?]

 その思いが、私の心を支配した。

 ぶわぁぁっ、と頭からいろんな考えが抜けていく。考えが抜けた頭は、文字通り「真っ白」になった。

「そうそう。 歩さん、見事ですね、正解です」

 時雨さんは、楽しそうに笑いながら、拍手をした。拍手の音が、響き渡る。

 ここは、私の家の前だった。確かに、私の家の前。だけど、違う。時雨さんがいるから。

 時雨さんがいる所は、すでに普通の場所ではない。そこは、「最狂」だ。少なくとも、私は、そう思ってる。

 そして、それは私の家の前も例外じゃなかった。彼がいたせいで、家の前は冷たい雰囲気が漂っている。

 今すぐにでも、逃げたい。

 この冷たい空間から逃げたい。

 能無し豚でも、能無い鷹でもなにになってもいいから、逃げたい。

「ってことはですね、梅子さん。 貴方、契約を破ったことになるんですよ」

 コツ……、コツ。時雨さんの足音が響く。彼が、こちらに歩いてくる。

 私も、それに合わせて後ずさり。

「約束なんてものより、契約は重いんですよ」

 そして、次の瞬間。 私のほおを激痛が襲った。

 もう、痛いなんて感覚じゃない。痛感が壊れてる、そう思っちゃうくらい。脳が、痛がるのを拒否してる。

 私は、こんな暴力を受けたことが今まで一度もなかった。

 口から、じんわりと生暖かい感触が広がる。……血だ。真紅にちょっと黒が混じってるような、綺麗な赤。

 血が口の端を伝う。

 やだよね、こんなの。 もう、大怪我だよ。あーあ、メイクとか全壊だよね。

 いつもならそんなことを考えてるだろうけど、今の私は、そんな精神状態じゃない。もう、精神なんてボロっボロ。木っ端微塵になってる。

「あ、少し手加減できてませんでしたか? そういえば、前にもこんなこと、ありましたねぇ」

 時雨さんの顔が、間近に見えた。

 怖い!

 やめてよ!

 助けてよ、歩さん!

「彼女は、丸菜学園の制服を着てましたっけ? 黒い長い髪で、静かそうな子でしたよ。 最後、俺のナイフを取ろうとした時には流石に驚きましたねぇ」

 そして、彼は私を蹴った。鳩尾に、彼の足が直撃して、もう痛みで立てない。座ったまま、私は、涙目で時雨さんを見ていた。

 涙が、止まらない。

 痛くて、辛くて。





「でも、梅子さん。 貴方は、彼女よりもランクが低いですよ。 比べものにならないくらいに、です」

 時雨さんは、にこにこと微笑みながらそう私に話した。

『私の方がランクが低い』――その言葉が私の心に突き刺さる。ぐさっと、直接。

「……ぉぁ、ぅ"ぐっ」

 喋ろうと思ったら、――口答えしようと思ったら――、また蹴られる。

 もう体は打撲傷だらけ。なによ、これ。なんでこんな目に合わなきゃいけないの?私、そんなことをされる理由なんて、あるの?

「ははは、貴方はとても可哀想です。 でも、雪さんの方が、もっと可哀想なんですよ。 私が、貴方に教えて差し上げましょうか?」

 時雨さんの笑顔が艶やかに光る。

 彼は、私に質問したけど、私に回答権なんてない。

 私は、殺されるんだ。

 雪を殺したから、私は仕返しされるんだ。

「自業自得」。

 正に、それだよね。自業自得じゃん。

 なんで私、そんなことが分からなかったのかな。

 そんなことを考えている間に、時雨さんの指が私の首を絡みつく。そして、時雨さんの手の血管が浮かび上がった。

「ぅ"……ぐぁ」

 私の口から、女とは思えない汚い声が出た。

 苦しい、息ができない。嫌だ、助けてよっ!

 抵抗しようとしても、体に力が入らない。

 私は、目をつぶった。

――現実から逃げる為に。


 ある日、私は歩さんに呼ばれた。私の家の近くの、御花畑に。

 そこには、歩さんが居た。にっこりと優しく微笑んで、彼は、私の前に立っていた。

 私は、彼に抱きついた。彼は、それを迎えてくれる。そして、私に言う。

「梅子、好きだよ。 結婚してください」

 彼は、今まで私が見たことの無い赤い顔をして、結婚指輪の入った箱を私に差し出した。

 かぁぁぁ。私の顔が、真っ赤になっていくのがわかる。きっと、耳まで真っ赤っかだよね。

 恥ずかしいけど、すごく嬉しかった。

「……うん。 ありがとう」

 私は、満面の笑みでそう言った。

 あたり一面の綺麗な花と、幸せに、私達は包まれる。花は、桃色や紫色、紅色のコスモスだったから、あれは秋のことだった。

 

 でも、今。その幸せは崩れ落ちていく。

 コスモスは、萎れて、もう花の形ではなくなっていた。

 今の私を例えるならば、その枯れたコスモスかな。

 あの時の歩さん、とっても笑顔で優しくて。私の自慢の夫だった。女として、歩さんが純粋に好きだった。

 だけど、それは崩れる。私の抱いていた幸せな幻想は剥がれ落ちて、心の中には、むき出しになった“現実”だけが残った。

 違う。

 私は、そんなものが欲しいんじゃない。

 私は、幸せが欲しかったの。

 歩さんと結婚して、夜人と雪……二人の子宝に恵まれて、あの時はとっても幸せだった。

 幸せを求めて、幸せに貪欲になってた私。

 今、私の本当の姿を、“ワタシ”は知った。

 私は、歩さんが好きなんじゃなくて、夜人が好きなんじゃなくて、雪が好きなんじゃなくて、私が好きだったのは――。


 そして、その瞬間、私の思考回路は停止した。体に力が入らない。呼吸ができない、しゃべることもできない。

 意識が朦朧とする。

「さようなら」

  さようなら。

 私の人生は、そこで終わったみたい。


 私が好きだったのは――一体、なんだろう。

 もう、今はわからない。

 でも、あの時の“ワタシ”は、純粋だった。……ような気もする。




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