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必要のなかった少年と世間に忘れられた少女の話  作者: 紗倉 悠里
終わりと共に輝く黒いモノ
19/25

不幸じゃん、最悪じゃん(雪 視線)

 ――私はみた。 彼の姿を。



 それは、真人と登校している最中だった。二人で仲良く談笑しながら、道を歩いてた。道端に咲いてた水色の花は、とっても可愛かった。

 「……っ!?」

 花から目を離して前を向いた時だ。なにか人影が見えた。

 そこには、二人の人間がいた。男と、女の子らしい。女の子の方は、丸菜学園の制服をきていた。男は、こんな真夏にコートを着て、まるで顔を隠してるみたいに大きなマスクをしていた。

 まさかこの時は、この男が殺人鬼だなんて考えもしなかった。

 真人の後ろについて、ゆっくりと二人に近づく。そして、女の子が誰かわかった時、私は息を飲んだ。

 キラッと鋭利な包丁が日光を反射する。この男は、丸菜学園の少女を殺そうとしていたのだ。それも、私の友達の柊さんを。

(やだやだやだやだぁっ!)

 頭の中が真っ白になる。なにも考えられない。

 こわい、逃げたい。その時、真人は、私に小さく「逃げろ」と言った。

 私は、必死で逃げた。走って、走って。どこに行こうとしてるのかわからなくて、ただただ走った。

 やっと、真人たちが全く見えないところまできて、呼吸を整えるために立ち止まった。

 何気なく周りの風景をみる。

 目の前に建っていたのは……自分の家だった。白野家の大きな家。となりには、真人の家が並んでいる。

(やっぱり、家に帰っちゃうんだなぁ、無意識なのに)

 そんなことを思いながら、家に入るために、ドアを開けようとした時だ。

「そうですか? そんなことないですよ」

お母さんの声が、庭から聞こえた。

(なんだろ……?)

 私は、不思議に思いながら、庭を覗いた。

 そこにいたのは、梢ちゃんと、お母さんだった。

「なんで梢ちゃんがいるの?」

私は、小さくつぶやいた。

 そして、一度深呼吸した。

 落ち着け、わたし。

 そして、いかにも今まで全速力で走っていたかのように息を乱す演技をする。そのまま、庭に走って行った。

「梢、ちゃんっ、はぁ、はぁ……。 まこ、とがっ! 大変なん、だよっ!」

息を乱しながら、必死で話す。これも、演技。

 お母さんは、いきなりの私の登場に驚いていた。梢ちゃんは、驚きながらも私の話を聞いていた。

 私の話をすべて聞き終わると、梢ちゃんは強く頷いて、真人たちの所へ走って行った。

「安心してください。 赤崎くんは、僕が助けますから」

彼は、優しく微笑んでいた。これが、最後にみた彼の笑顔だった。

 そして、庭には私とお母さんが残された。

 険悪な空気が漂う。

「なんでアンタ、ここに来たの」

先に口を開いたのは、お母さんだった。

「別に。 どうしようと勝手でしょ」

私は、彼女を睨みつけながらそういった。

 すると、彼女は何かを取り出した。それは、白いスマートフォンだった。そして、彼女はどこかに電話をかけたのだ。

「んー、もしもし? 私よ、私。 あのさぁ、台本に書いておいてよ。『赤崎 真 死』ってさ」

 彼女は、誰かに親し気に話していた。時雨さん相手にしては口調が明るい。誰かわからずに、私はくびをかしげることしかできなかった。

 そして、彼女はしばらく話してから電話を切った。

「ってことで、真人くんはしんじゃうから。 じゃあね、雪」

 彼女は、小さく手を振って、そのまま庭から出て行ってしまった。

 色々いいたいことはあった。だけど、私はもうなにもいえなかった。



――『真人くんはしんじゃうから』。


 なによ、それ。

 真人が死ぬわけないじゃん。あんな薄っぺらい本に負けるわけないじゃん。 あんな馬鹿らしいゲームに殺されるわけないじゃん。

 そうは思っていても、やっぱり台本が真人のことを絶対に殺す。もう、決まっていることなんだ。





 (不幸じゃん、私って。)

私はそう思った。


 あの殺人鬼の事件は、何日も前の記憶。なのに、それが鮮やかに蘇ってくる。梢ちゃんや、柊さんが死んだ所はみてない。でも、怖くて、怖くて。私のせいで、梢ちゃんを殺しちゃったんだ。そう思うと、恐ろしくて生きているのが辛くなる。

 柊さんも、梢ちゃんもとても大切だったから。

 私は、真人をもう一度見下ろす。どうみても、死んでた。苦しそうな表情をしていた。

 もう、真人と遊んだり、話したり、からかい合ったりできない。その悲しみは、とても演技で隠すことなんてできなかった。めから溢れ出る涙。耐えようとおもっても、耐えられなかった。涙が……止まらない。

「友達のために泣くなんて、健気ねぇ」

お母さんが、とても面白そうに笑っていた。つられてこちらも笑いそうになっちゃうくらいに嬉しそうで、楽しそう。

 もう、彼女はくるっちゃってて、私とは違う次元に住んでいる。

――世界を超越する存在。それが、台本。そして、それを手に入れたこの女は、もう普通じゃない。

 なんで、こんなやつから私は生まれたのだろう。咲子さんの家に生まれたら、真人と仲良く平穏に暮らせたのかな?そしたら、夜人と真人と私とで、一緒に登校できてたのかな。

 辛い、辛い。悲しい。私のせいで……私が生まれてしまったせいで。

 涙を止めようと、服の袖で涙を拭う。でも、まだまだ出てくる。 ふと袖をみてみたら、目を当てていた所は、濡れてしまってて、肌が透けて、白い服がかすかに肌色になっていた。

「ま、いいわよね。 おもしろいし」

 彼女はそういうと、白いスマートフォンを、床から拾い上げた。

 そして、器用に操作して、 ゲームの管理画面を開けた。

「さ、覚悟を決めて?」

彼女は、私に画面をむけた。

 そこには、〈白野 雪 を生贄にしますか?〉と赤字で書かれていた。

 私は、それを見た瞬間、骨の髄まで冷えたような感覚を味わった。だって、お母さんにこんなことを言われたんだもの。

 あなたはわかる?実の母親に、「死ね」と言われた少女の悲しみが。

 私は悟った。


 ――私は……殺される。


 お母さんの顔を見つめる。にこりと優しく微笑んでいた。この笑顔は、確かに私のお母さんのものだった。


 もし私が死んだら、お母さんはどうなるんだろう。真人や夜人がいなくなった時と同じように、「やった、また生き延びられるっ!」とか思うのかな? 悲しみはないのかな。

 どうせ、この女は悲しまないだろう。きっと、私が生贄になったことを喜ぶだけ。


「さ、早く。 私のためにはあなたが必要なのよ」

  お母さんが、私にスマートフォンを突きつけた。そして、パッと手を離した。

 私が受け取る直前のことだったから、重力のおかげで、お母さんのスマートフォンは床に落ちていった。

 私は、それをゆっくりと拾う。そして、優しくスマートフォンを撫でた。画面に、小さなヒビが入っていた。

「……っ」

 そのヒビを見つけた私は、慌ててスマートフォンの電源をいれる。

 すると、いつも通り起動した。壁紙は、前まで私と夜人が笑顔で写った写真だったのに、今は、時雨さんとお母さんが笑顔で写った写真だった。

 私は、無表情で、ホーム画面から管理画面に移動した。





 私が管理画面まで移動すると、お母さんが口を開いた。

「それでね、貴方が生贄になればいいのよ。 そしたら、終わるわ」

 お母さんをみる。 にこり、と笑っていた。

「……」

「……」

 長く重い沈黙が続く。


――私は、怖かった、死ぬことが。

 人間は、やがて死ぬ。それは分かってること。学校でも習ったし、そんなのは常識。

 それでも、知るのと実行するのは違う。

 笑っちゃうよね。 考えてみてよ? スマートフォンのボタンをポチッと押したら、私って死んじゃうんだよ。

 命って、そんなに軽かったっけ。

 私が生まれた時、お母さんはどんな顔をしたの?お父さんはどんな顔をしたの?

「私がこれを押したら、真人は幸せになれるの?」

 私は、お母さんに聞いた。にっこり笑ってるお母さんに。

 すると、彼女は笑ったまま答えた。

「そりゃそうよ。 貴方が死んだら、私がこの姿のままでプラス15年生きられるの。 真人くんたちの命もいれるから、120足す15で135年私がこのままの姿で生きられる計算になるじゃない? そしたら、貴方と真人くんは私の中で生きられるから幸せになれるわ」

 なんて、無理やりな理由。そんなこと、許される訳がない。135年?バカにしてるの、私のこと。

(こんな女の中で生きるなんて、考えただけで虫唾が走る)

 そう考えながら、もう一つ聞いた。

「今、私がお母さんを殺したらどうなるの?」

「そりゃ、私が死ぬのよ」

 私の問いに、お母さんは全く考えずにそう答えた。

「なによ、それっ! 散々、人の命を奪っておいて、殺されたら死ぬの!? 人の命、舐めてんの?」

「人の命なんてね、ちっぽけなのよ。 すぐに終わっちゃうのよ」

 お母さんは、にこにこと笑ったまま、真人を見下ろした。それに釣れられて、私も真人をみる。

「ほら、彼だってすぐに終わっちゃったわよ? ほんと、儚いわねぇ」 


 あぁ、もういやだ。

 なんで?

 なんでなのよ。

 なんで殺されなきゃいけないの?

 私は、真人は、自由じゃなかったの?

 なんのために彼はしんだの?

 それは、お母さんの為。

 そんなの、あり得ない。おかしい。

――狂ってる。


「……」

 私は、覚悟を決めた。

 画面に指をつける。そして、指を離す。私は、押したのだ。

――「生贄にしますか?」という質問の「Yes」という答えを。



 私が死んだら、真人と一緒になれるよね。

 そしたら、二人で恋人になりたい。

 二人で、いっぱいいっぱい遊びたい。

 そういえば、夜人もいるんだっけ?仲間外れにするのもかわいそうだから、一緒に遊ぼう。

 また昔みたいに「お兄ちゃん」って呼んだら、びっくりするかな?「お前、熱あるのか?」って、怪訝そうな顔するかな?

 それからそれから、柊さんとも遊ぼう。

 公園でかけっこしたり、かくれんぼしたり。 この頃、全くしてなかったよね。

 それに、梢ちゃんは私たちに勉強を教えてくれるの。難しい問題も、微笑みながら教えてくれるの。

 わからなくて不貞腐れてる私とか真人を苦笑いしながらなんども教えてくれるんだよね。

 皆で、バーベキューとかもするんだ。そういえば、小さい時に夜人がバーベキューの時にマシュマロを入れて怒られてたっけ? あの時のマシュマロ、美味しかったんだよなぁ。

 お母さんとお父さんが夜人を怒ったあと、お母さんが食べて、「意外と合うわね」と苦笑いしてた。お父さんも、後片付けの時に、一つ食べて微笑んでたよね?私、知ってるよ。

 咲子さんは、いつも優しく私の頭なでてくれたよね。朔さんは、「ちゃんと雪ちゃんも勉強しないと、真人みたいになるぞ」って笑ってたっけ?




 また、前みたいになりたいなぁ。

 戻りたいなぁ。


「へぇ。 度胸あるじゃないの。 ありがとね、雪」

 お母さんが笑った。そして、私に近寄る。

 私は逃げなかった。後ずさりもしない。でも、うつむいて、お母さんの笑顔だけは見ないようにしていた。もしみてしまったら、決意がゆらぎそうだったから。

 (真人たちのところに行けるんだもん!)

 逃げる理由なんてない。殺してくれて、結構。

「本当に、ありがとう」

 ふと、お母さんの声が曇った。

 私は、その声に気づいて頭をあげた。彼女は……泣いていた。

「ありがとう」

 お母さんは、そういって私を抱きしめた。

 暖かい。私は純粋にそう思った。


――泣いていた。あのお母さんが。

 涙を流していた。目の周りを少し赤くして。でも、少し微笑みながら。

 なんで、泣いたの?私なんて、必要なかったんじゃないの?

 私は分からない。なんで泣いたのか。

 でも、このお母さんは確かに暖かかった。


 その時だった。

 チクリ。

 何かが首に刺さった。

 冷たく鋭い感触で、その正体に私は気づいた。それは、……針だった。

 針が抜かれる。そして、お母さんは私から離れた。

「……」

 彼女は黙ったまま、私に針を見せた。表情は、少し微笑んでいた。

 私の血がついた針は、赤黒く光っている。

 ぼおーっと針をみているうちに、どんどん、視界がぼやけていく。そのうち、お母さんの顔も良く見えなくなった。ぼやけちゃって、お母さんが泣いてるのか笑ってるのか分からない。

 そして、膝の感覚がなくなって、私はその場に崩れ落ちた。床が目の前に見える。埃一つ見えなくて、綺麗に掃除されてるように見える、ぼやけててよく分からないけど。

 その瞬間に、私の目の前は真っ黒になった。


 こんな光景をみたことがある。確か、なにかのゲームだったと思うんだ。

 敵に倒されちゃった時に、ゲームプレイヤーは倒れる。そして、画面が真っ黒になるんだ。

 そのあと、画面に表示されるんだよ。


「【ゲームオーバー】」



 冷たいカフェには、私だけが残された。




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