明かさなきゃ(雪 視線)
目の前で微笑んでいる女。忌まわしい、憎たらしい。彼女は、私の母親。なんで私は、こんな奴の子供に生まれたんだろう。本当に、不幸。
最後は死ぬって分かってる。私は、幸せな人生は送れないってわかってる。あの、アプリの存在を知ってから。
でも、私には好きな人ができた。名前は、赤崎真人。私の兄、夜人の親友だった人。私は夜人も真人も大切だった。 なのに、二人とも殺された。無惨に、簡単に。なんで二人は殺されたんだろう。 それは、あのアプリのせい。それは分かってる。なのに、信じたくない。
あのアプリと出会ったのは14歳くらいの頃だった。
あの頃から、私のわがままは許されなかった。お母さんの梅子だって許してくれなかったし、お父さんも許してくれなかった。
お父さんに至っては、もうこの家にはいない。出て行った。私に一言も声をかけずに。
最後に聞いた言葉は、「大きくなったなぁ」。 三年間あってなかった私への言葉。 そして、私の頭を撫でて、またどこかに行ってしまった。
そして、私は女手一つで育てられてきた。 お金には不自由しなかったし、普通に楽しかった。
そんなある日。 友達が家に遊びにきてくれた日だったと思う。友達と話してたらなかなか寝られなくて、下の階にいって、水を飲むことにした。周りの友達はもう寝てしまってて、起こさないように下に降りていった。
下に行くと、リビングのドアがきっちりとしまっていた。でも、ドアと壁の隙間から明るい光が漏れている。
(まだ、お母さん、寝てないのかな)
そんなことを思いながら、リビングのドアノブに手をかけた時だ。
「えぇ、そうなのよ……。 だからね」
部屋の中から、いつもよりも色っぽいお母さんの声とカサカサと紙が擦れる音がした。
音を立てないように、ドアを少しだけ開けて、中をそっと覗く。そこには、少し服のはだけたお母さんと、見知らぬ男がいた。 彼は、お父さんではなかった。
そして、母の手には白いノートがあった。表紙になにか鉛筆で書かれていたけど、遠くてよく見えなかった。
なんだか、入っちゃいけない気がして、自分の部屋に帰ることにした。
「わかった。 じゃあ、そういうことにしようか。 だけど、条件ありだ」
彼が、少し大きな声を出した。
私は、なんとなく子供の好奇心で、その条件ってものが気になってしまい、ドアから離れることができなかった。もう一度、部屋の中を覗いた。
「光の生まれ変わりである雪ちゃんは殺しちゃダメだ。 それと、彼女を悲しませてもいけない。 いいか?」
私は、驚いた。光……って、だれ?
その時、体重がかかってしまったのか、ドアが少し音を立てた。男の視線が私をちらっと見たが、お母さんは気がつかなかったらしい。相変わらず、男にくっついていた。「えぇー、それはないわよー。 雪って、私の娘でしょ?」
「当たり前だ。 それがダメなんだったら、これを作るのはやめにしよう」
いつもとは違うお母さんの色っぽい甘えるような声がする。
そんな母の声に、嫌悪感をもった。
「分かったわよ……」
母がまた一言。もうこの声が聞きたくなかった。
私は、部屋に戻った。友達はみな寝ていて、その静かな部屋がとても安心した。
しかし、そのまま、布団に横になったが、結局その夜は眠ることができなかった。
次の朝。 カーテンの隙間から朝の光が漏れている。いつもなら、爽やかな朝だ。でも、私は、とても爽やかな気分になんてなれない。
隣で寝ている友達を起こすと、「ん……もう朝? 雪、おはよ」と、普通に笑顔で挨拶してくれた。私も、「おはよう」と短く挨拶した。そして、他の子も起こして、そのまま一階に向かった。
廊下を通って、リビングのドアの前に立つ。このドアを開けるのが怖かった。もしかしたら、このドアを開けたら、みたくないことをみてしまうかもしれない。
「雪、はやく開けてよ」
でも、後ろから友達に急かされて、仕方なくドアを開けた。部屋にはいると、いつもの優しい笑顔のお母さんが私たちを迎えてくれた。
「あら、早いじゃない?」
昨日の夜の色っぽい声じゃなかった。 いつもの元気そうな声だった。
「雪に起こされちゃって」
あはは、と友達の笑う声がする。私も、一緒になって笑った。そして、朝ごはん食べて、友達を見送って。また私は一人になった。
(楽しかったなぁ)
自分の部屋にある、私と真人と夜人が写っている写真を眺めながら、そう思った。同じく部屋にあるうさぎのぬいぐるみは、1000円も使って、真人がUFOキャッチャーを使って取ってくれたもので、私の宝物。
「雪ー? ちょっと、こっち来てくれないー?」
その時、一階から母の声がした。
「んー、わかった」
適当に返事して、一階に向かうことにした。
(なんだろ……)
なんで呼び出したのかな、なんて思いながら、ぬいぐるみに向かって微笑む。そして、自分の部屋を出た。
「どしたの?」
リビングまで来て、そう言って……。そのまま私は硬直した。そこには、あの忌まわしい男とお母さんがいたのだ。
「あなたには言ってなかったわよね。 この人は、高川時雨さんよ。 ほら、挨拶」
私は、ぼーっとしたまま、頭をぺこりと下げた。でも、なにも言えなかった。
意味のわからない、突然の出会いだった。そして、これから絶対に会いたくない、と私は思った。
「こんにちは。 雪ちゃん」
時雨さんが微笑んだ。「ちゃん」付けとか、吐き気がする。やめてよ。 果てしない嫌悪感。
「……」
私は、ぷいっと顔を逸らす。お母さんがいろいろ言っていたけど、私は無視した。
「いいんですよ、梅子さん。 とりあえず、本題に入りましょうか」
時雨さんが、お母さんをなだめた後、私の方をみた。
私も、仕方なく時雨さんの方をみた、睨みつけながら。
「……なんですか、本題って」
イライラした声で聞いた。
「雪ちゃんは、これ知ってる?」
時雨さんは、スマートフォンを取り出して来て、聞いた。
(こいつ、おちょくってるわけ?私がスマートフォン知らないとでも思った?)
私は、思いっきり不満を表情に表しながら、
「知ってます」
と、短く答えた。
「そう……。 なら、話は早いな」
そして、私は長々と二時間程「Die Application」とかいうゲームの説明とかをされた。それと、《台本》とかいうものの話を。
時雨さんは、全てを話した後、こう付け加えた。
「でね、これを君に攻略してほしいんだ」
本当に、意味不明。なんで私がしなきゃいけないの。時雨さんとか、お母さんがやればいいんじゃん。
でも、そんな不満は言えなくて、
「はい。 わかりました」
と返事してしまった。
その時の、お母さんと時雨さんの嬉しそうな顔。本当、虫唾が走る。こんな顔、みたくないのに。時雨さんといる時のお母さんは変だ。
そして、高1の春になった。真人たちと同じの高校に入って、とても楽しかった。でも、それは高校にいる時だけのことだった。
家に帰ったら、“ソレ”をプレイしなければならないのだ。これは、楽しみなんかじゃない。ただの……【義務】。
このゲームの本質を知らなければ、楽しかったかもしれない。だけど、ソレの本質を知っている私にとってはちっとも楽しくない。大嫌いな人参を食べるよりも、辛いこと。
なら、やらなきゃいいじゃん。
皆は、そう思うかもしれない。でも、このゲームにはある恐ろしい機能があった。それは、《ログインボーナス》。このゲームを起動させるたびに、この機能は効力を発揮する。つまりは、お母さんたちに私がログインしたかどうか分かるってわけ。その上、プレイ情報だってあっちには分かるから、結局私はこれを毎日プレイしなきゃいけない。
もう、何日やったか。そんなことがわからなくなるくらいに、プレイした。
でも、一度も負けたことはなかったし、ランクもどんどん上がっていく。敵が血を流して倒れるのは、結構快感だった。
そんなある日。私は風邪を引いちゃった。こじらせちゃったみたいで、熱が出ていた。だから、私は学校を休むことにした。お母さんにそれを伝えると、
「へぇ、そう。 わかったわ、連絡しておくわよ」
とそっけない声で言われた。
はぁ。
心の中でため息をついて、私は部屋に戻る。体が熱くて、だるい。もうなにもしたくなくて、ベッドにグデーッと横になっていた。
その時だ。
ピーンポーン。インターホンのベルの音。そして、お母さんが玄関のドアを開ける音がした。しばらく、会話の声が聞こえた。どうやら、真人がきたらしい。……私のお見舞いのために。
私は、慌てて立ち上がると、綺麗に掃除してあった部屋に漫画を適当に散らかしておいた。そして、ベッドに持たれて、お気に入りの漫画を読み始める。
元気な私を演出するために。
真人は、私の室にきて、明るく話をしてくれた。でも、その笑顔には影がある。私には、それがわかった。なにがあったのかはわからないけど、かっと何かある。
しばらく私は、真人から切り出してくるのを待ってた。
でも、話してくれなくて。私がちょっと怒った演技をしたら、真人は話してくれた。
それは……兄、夜人の失踪の話だった。
私は、すぐにわかった。それはDie Applicationの仕業なのだ、と。
頭が痛くなる。真人の顔がぼやけて、目頭が熱くなって、何かが目から流れ落ちそうになる。それを必死でこらえる。そして、俯く。
苦しい。悲しい。辛い。なんで、なんで死んじゃったのっ!?夜人は優しくて、善いやつなのに。なんで、あんなゲームのせいで殺されるの?分からない。
確か、時雨さんは、「俺と梅子さんの意図で殺すから、勝手に生贄になることはないよ」
そう言ってた。なら、お母さんは、夜人を殺すつもりだったの?
あり得ない、自分の子供なのに。ーー私は実験台で、夜人は実験台のための実験台。
こんなことをするなんて、親として失格だ。あれは、私のお母さんなんかじゃない。あれは、悪魔だ。
私は、真人から夜人のことを聞かされたあの瞬間に、そう思った。
真人は優しくて、私の泣き顔を見ずに帰ってくれた。彼もいずれ死ぬ。
そう分かってたから、彼の優しさが無性に嬉しかった。そう分かってたから、お母さん……梅子が、無性に憎たらしくなった。