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偽りの真実

 放課後になった。


 朝からあった授業なんて、まるで頭に入らない。

 それに、《梢さんが殺された》という情報も学校に侵入し、学校も勉強どころではなかった。


 靴箱で、のろのろとした動作で靴を履き替えた。そして、校門を出た時だ。


 キキーッ。


 目の前に車が止まる。 この車は見覚えがあった。


 雪のお母さん、つまり梅子さんの車だ。珍しく、雪を迎えに来たのだろうか。


 そのまま、車の前を通り過ぎようとした。

ちらっと車の方を何気なくみると、梅子さんが俺の方をみて、おいでおいで、と手招きしていた。


(俺を呼んでんのか?)


 少し冷たい風が吹く。そろそろ、夏も終盤なのかもしれないな。


俺が首を傾げてみせると、梅子さんが車からおりてきた。

「真人くん、大変だったねー。 通り魔が出たんだって? 雪から聞いたんだけど、真人くんが怪我してなくて良かったわー」


 梅子さんはそういうと、俺に車に乗るよう促した。


 俺は、車に乗り込んだ。車の中は暑くもなく涼しくもなく。 ちょうどいい感じだ。


 そして、そのあとに運転席に梅子さんが乗り込む。


「ちょっと、寄り道していい?」

 梅子さんが笑顔で聞いた。

「あ、はいっ」

頷いて答えた。


 梅子さんが寄り道するところなんて、どこだろうか。


 そんなことを考えながら、ぼんやりと窓外の風景を眺める。


 いつも通りの八百屋や喫茶店が並ぶ街の風景。いつも通りで、なにも変わらない。


 こんな風景をみると、 昨日の出来事が嘘のように思えてくる。実は、あれは母さんと父さんの冗談で、帰ったら母さんとが俺を迎えてくれるんじゃないかって、幻想のようなものを脳裏に描いてしまう。


 夜人っていう少年も、実は隠れているだけで、今から雪の家にいったら、もしかしたらいるんじゃないか、いなくなっていないんじゃないか。 そんなことも思った。


 俺は、夜人に会ったことがない。 だけど、会ったことがあるようなそんな気もするのだ。


 よく分からない。 この頃、いつも記憶がぼんやりしている。


 柊さんも……あれ? 柊さんってどんな子だったっけ。


 ピンクのクマのシャーペン持ってた子? それとも、水色のクマのシャーペン持ってた子? 髪は長かったっけ、短かったっけ。


 この頃、こんなことばっかり。 わかりそうなことなのに、考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。

 今だって、 柊さんがよくわからない。 確か、優しい子だったことは覚えてる。


「着いたよーっ」


 梅子さんの元気な声がして、俺はハッとした。


 完全に、思いにふけっていたようだ。

 何時の間にやら、知らない風景の街に着いている。

俺は、車から降りた。





 そして、先におりている梅子さんのあとを着いていく。


梅子さんが入ったのは、古い店だった。


店名は、「Almond」。


 俺が前に柊さんといった店……だったような気がする。


「ほら、入って入って」


 梅子さんに言われて、店に入り込む。木製のテーブルと椅子には、見覚えがあった。やはり、前に柊さんと来たところだった。


ここのメロンソーダを二人で飲んだんだっけな。


椅子に座ろうとすると、

「まだ奥よ。 ここじゃないわ」

梅子さんがそういった。


(なんか……?)

いつもの梅子さんと違う気がした。


明るくてさっぱりしてるけど、なんか違うような……。


 俺が本能的な危機感を感じ始めたのも、今頃だった。


だけど、危機感の根拠もわからないまま、俺は梅子さんに着いていった。


 店の奥には、煙草をふかしている男がいた。


スーツをきっちりと着こなしているその姿は、まさに紳士だった。


 梅子さんと俺を見つけると、男はニコリと笑った。優しそうな笑みだった。


 しかし、梢さんとは違い、冷たい優しさだ。言葉は矛盾しているが、 確かに冷たい優しさだった。


「こんにちは。 初めましての方ですね」


 彼が言葉を放つ。 優しい口調で、敬語で。

「はじめまして。 俺、赤崎 真人っていいます」

「君が真人くんですか。 梅子さんから話は聞いていましたよ」


(梅子さん、こいつにどんな話をしてんだよ)

 そんなことを思いながら、彼に向かってニコッと愛想笑い。ぺこりと頭を下げた。


すると、彼も、丁寧に会釈を返してくれた。

「俺は、 高川 時雨と申します。 以後、お見知りおきを」


 また、彼は微笑む。 彼の名前は高川 時雨だそうだ。


真っ黒のなんの混じり気もない黒い髪は、暗い闇のようで今にも吸い込まれそうなくらい澄んでいた。目も綺麗な黒。


体格は、細めだががっちりとした体つきをしていた。顔はもう、イケメンの一言に尽きる。羨ましいほどの紳士だった。


 それにしても、なぜ梅子さんは俺と時雨さんを会わせたのだろう。


俺が梅子さんをみると、時雨さんが唐突にいった。


「真人くん。 君は、あの伝説を知っていますか?  今からちょうど……100年程に世界を混乱させた伝説です」


 ……伝説?


なんだそりゃ、龍とかそんな感じのものか?


「私はね、 真人くんにこの話を知ってもらいたくて、呼んだのよ」


 梅子さんが、控えめに微笑む。いつも豪快な彼女にしては珍しい微笑みだった。


「知らないみたいですね。 では、ゆっくりと語りましょうかね、現実には再現不可能と考えられた、伝説を」


時雨さんも控えめに微笑んだ。




 昔々、 ある街の男が白いノートを創り出した。

 そのノートは、「未来を創造できる」というもの。

彼は、このノートを《台本》と名付けた。

ある日、 彼が街の人にこういった。

「今から、あなたのお望み通りの未来を作ろう」

と。

 街の人は、ふざけたつもりだった。

賄賂によって町人から支持を得ていた隣町の町長を殺せといった。

 台本を創り出した男はニヤッと笑って、台本に何かを書き込んだらしい。

 そして、次の日。

 その日の朝刊の一ページ目にはこう大きく見出しが書かれていた。

『隣町の町長、 謎の死!!』

 街の人は驚いた。

本当に死ぬなんて思っても見なかったのだ。

記事を読んでみると、隣町の町長は本当に摩訶不思議な死に方をしたらしい。

 首を圧迫された跡もないし、外傷もない。それに、毒物反応もなかった。

 いきなり、なんの理由もなく死んでしまったのだ。

街の人は、台本を創り出した男を問い詰めた。

「これはどういうことだ」

迫ってみたものの、男は「台本の力だ」の一点張り。

 この、科学が進歩した時代に、そんな魔法じみたことが信じられる訳がない。

野次馬の一人が叫んだ。

「今は、2050年だぞっ! 昔じゃねぇんだよ、そんな幻みたいなことあるかっ!」

 男は不敵に笑う。

「では、試してみようかな。 台本が本当かどうか。 そうだね……君の今いるところから火を出してみようか」

街の人たちには、その言葉の意味が理解できなかった。

 暫しの沈黙。

その沈黙は、先程の野次馬によって破れた。

「おうよっ、やってみろ!」

 この野次馬だって、次の瞬間には自分が焼け焦げてしまうなんて思ってもみなかっただろう。

男は不敵に笑う。そして、台本のページを三枚ほどめくった。そして、その真っ白な無地のノートにこう書き込んだ。

「9/30 坂野 勇太 燃える」

男は、単語だけ書き込んでいた。

(野次馬の名前は、坂野勇太だったと記されているけれども、それは伝説であるから正しい名前なのかは分からない。なにしろ、100年も前の物語なのだから)

 こんな変な文を書いているこの男は頭がイカレているんじゃないか、と思ったものもいたくらいだ。


一分、二分。

野次馬は燃えなかった。

それからしばらく待っていたが、燃えなかった。

誰かが溜息をついた。それを合図とするかのように、

「なんだよ、てめぇ。 騙したのかよっ!」

野次馬が男に殴りかかろうとしたその時だ。


 ボワッ。


 いきなりの、青白い燐光。

街の人たちはあまりの眩しさに皆が目を瞑ったという。




 街の人たちが恐る恐る目を開けた時、そこに男はいなかった。

そして、その一人が叫んだ。

「焼けてるぞっ!」

皆が、男の足元をみた。

その足元には、黒く焦げた何かが残っていた。


 と、いう話であった。

 皆様なら気づいたかもしれない。この男は、普通ではなかったということが。狂っていた、ということが。

 だが、街の人は信じきれなかった。

だから、「あの男は、危ない男だ」と、そんな噂が街を回っていった。

 そして2053年のある日。 男は暗殺された。 街の誰かの手によって。

だが、街の人が男の家をどれだけ念入りに探してもあのノート《台本》は、見つかることがなかった。


「って伝説です。 真人くんは信じますか?」

時雨さんがそう聞いた。

「……信じられません」

 俺のこの回答は当たり前のことだと思う。

俺は、彼から話を聞いても、まだ理解できない。

 伝説は、台本に書き込むだけでそれが現実になるってことだろ? そんなことはありえない。

 もしそんなことがあり得たら、人間の人口なんてこんなにも増えないはずだし、もっと科学も進歩しているはずだ。

だが、2050年から100年経った今でも、昔から人が夢見ていた空飛ぶ車などは作られていない。 UFOの正体も解明していない。 人口なんて増えすぎて、あちこちで残酷な殺生が行われている。

 そんな汚れた世界で、台本のようなものを人々が欲しがるのは確かに必然的なことだ。

 事実、俺もあるならばそんなものがほしい。


ーーお金持ちになりたい、恋人がほしい……そんな浅はかな願いじゃない。

俺にはもっと大切な願いがあるのだ。


 しかし、そんなのはあくまで幻想。

あり得ないことだ。

伝説なんてデタラメだろう。


「では、これはなんだと思いますか?」

 時雨さんがそう言った。

その手に持たれていたのは……白いノート。

表紙には、綺麗な字で『だいほん』と書かれていた。

「嘘だろ?」

俺は、思わず聞いた。

 時雨さんは、その質問を無視してそのノートの三ページ目を開けた。

「9/30 坂野勇太 燃える」

……。





 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 そんなのあり得ない。なんで、なんで……!

俺は、時雨さんからノートを奪い取った。

時雨さんはそれがわかっていたのか、俺からそれを取り返そうとはしなかった。

 ページをめくっていく。そこには、こんなことが書かれていた。

「3/1 隣町の町長 死」

「9/30 坂野勇太 燃える」

「10/1 時間を操るストップウォッチの創造」

「3/15 赤坂の頭にりんごが落ちる」

「3/5 白咲紫音 死」

「8/1 世界が終わるボタンの創造」

「6/10 如月霞 死」

「8/12 赤坂雄一 死」

「8/12 鈴木一斗 坂本光 死」

「8/12 白咲 葵 死」

「8/13 世界の終わりが訪れる」

「1/1 新しい世界の始まり」

……他にもたくさん。

そして、十ページ目に書かれていた言葉。

「6/17 DieApplication の創造 」

六月十七日。 それは、俺の誕生日だった。

 俺の誕生日に、Die Application はつくられたのだ。

誰かの手によって。

 次のページをめくる。 そこに最悪なことが書かれていないことを心から祈りながら。

「8/3 白野 夜人 死」

当たった、嫌な予感が。

このページを見た途端、全てを思い出した。

夜人と幼稚園で仲良くなったこと、 夜人と中学で初めて喧嘩をしたこと、高校でゲームを教えてもらったこと。 そして、俺の一番の親友であったこと。

 その親友は、8/3 に死んでいたのだ。

なんで、そんなことを忘れていたのだ、俺は!

どうしようもなくイライラした。ノートを破りたくなる。


 ーーもし、これを破ったら、俺は幸せになれるのだろうか?


 そんな考えが頭をよぎる。


「さ、分かったでしょう? 台本のことを」

時雨さんが微笑んだ。

「はい。 分かりました。 では、俺は……いつ死ぬんですか?」

 怒りを心の奥に閉じ込めて、 精一杯の平静で俺は聞いた。

すると、時雨さんは意外な回答をした。

「え? まだ決まってませんよ。 梅子さんが嫌がるものですから」

 俺は、驚いて梅子さんを見た。

梅子さんが微笑む。

「だって、嫌なんだもの。 自分の家族の親友をこのノートのせいで殺したくなかったの」

 梅子さんの目からは、光が消えていた。




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