消失
『夜人って誰だっけ』
俺は、夜中そのことを考えていた。だから、寝られていなかった。
小さな事件は昨日の話。
雪が帰る時に見つけた写真だ。俺と、知らない少年が写った写真。雪が言うには俺の親友らしい。だけど、俺は全く思い出せなかった。
そして、今は朝。
俺は、今日から学校にいってみることにした。
夜人のことは思い出せないが、ゴリラのようなボスには勝ったのだ。
それは、中西 剛に勝てたかの様な嬉しさだった。
だから、俺は学校にいくことにした。それに、学校にいけば夜人が分かるかもしれないし。
ベットから起き上がると、ドアを開ける。久しぶりの家の一階。おれはそこを歩いていき、洗面所へ。
じゃぶじゃぶと顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。
その後で、軽く歯を磨く。
そして、リビングに行った。そこに、母と 父の姿はなかった。もう二人ともとっくに起きている時間だ。きっと、もう仕事に行ってしまったのだろう。母は……どこへ行ったのだろうか。
でも、どちらにしろ、今日もおれが引きこもると思っていたのだろう。俺のための朝ご飯などあるはずがない。
仕方なく、食パンを温めて、牛乳をコップに注ぐ。
その二品だけで俺の朝ご飯は終わった。
時計を確認すると7:00。早すぎるかもしれない。
だけど、もう学校にいくことにした。
学校に行くと、もう門は開いていた。
先生が皆に挨拶をしている。こんな早い時間なのに、皆はもうきているらしかった。
俺も門の前の先生に挨拶をして、下駄箱に行く。そして、上履きに履き替えると、自分の教室に向かった。
「おはようございます」
教室のドアを開けて入る。
すると、クラスメートがこちらの方をみた。そして、俺の方に駆けてくる。
「おい、お前。 長いこと来なかったな、心配したぞ?」
「おいおい、夜人がいなくなったからって傷心か」
クラスメートが俺の顔をみながら笑顔で話す。
だが、俺が笑顔になれるはずがない。
「夜人がいなくなった?」
俺は、二人のクラスメートに聞いた。
「あ? お前、知らねーの? 夜人、一週間前からいないんだぜ?」
嘘だろ、いなくなったのか?会えないじゃないか。
「それ、もうちょっと詳しく」
そう言おうとしたらチャイムがなった。あれ?早くないか?
教室の時計を確認。もう8:30をこえていた。
あ、家の時計が壊れてたのか。
チャイムが鳴ったから、クラスメートは自分の席に戻っていった。俺も、自分の席に着く。
「おはようございまーす」
チャイムが鳴り終わるのと丁度ぴったりに担任……ではなく、梢さんが入ってきた。
「えーっと……不幸なお知らせです。 担任の先生が通り魔にあって入院しました。 なので、僕が暫くこのクラスの臨時担任になります」
通り魔に遭った!?なんだそれ、危ねえな。あー、登校中に遭わなくて良かった。
てか、担任もさっき遭ったってことか?不幸だな、あのメガネ面も。
「あ、赤崎くん来てましたか」
梢さんが僕の方をみて微笑む。クラスメートの視線が僕に集まる。
でも、その視線は一週間前の冷たいものじゃない。暖かい、優しい視線だった。
一週間前のあれは夢だったんじゃないか、そう思うほどに。
でも、夜人は本当に誰なんだろう。 俺の親友らしいけど……なんか、そんな気もするし違う気もする。
(まず、俺に友達なんていたか?)
「赤崎くん」
「えっ、あ、ハイ!」
ビクッとして返事をする。
いきなり、名前を呼ばれてびっくりしてしまった。
「はは、元気ですね」
梢さんが微笑むと、皆が大笑いする。
その後、梢さんが皆の名前を読んでいく。どうやら、出席をとっていたらしい。考え事をしていて、周りの話を聞いていなかったようだ。俺は、自分が恥ずかしくなった。
「はい、出席も終わりましたし……席替えでもやりましょうか」
梢さんがにこにこ儚いスマイル。
「いぇぇぇえい!」「やったぁぁ!」
周りから歓声が上がる。
よく分からない。席替えなんか楽しいのだろうか?荷物持って移動するから、めんどうくさいんだけどなぁ。
でも、梢さんが担任の方がクラスに活気があるな、そう思った。
俺がそんなことを思っている間にも、席替えの準備が進む。そして、くじを引かされた。
俺の席は……1番。黒板の席が書かれた表をみると、1番は真ん中の列の一番前の席。
(最悪、めっちゃ目立つじゃん)
隣の女は誰かなぁ……。
少し気になって、1番の女を目で探しながら、前の席に「さよなら」と言っておく。
そして、席を移動すると、そこにはすでに隣の人がいた。
俯き気味の彼女。柊 春夏さんだ。
綺麗な黒髪に、黒い目。 惚れ惚れするほどの美少女。だけど、右手にはリストバンドをしていて、いつもうつむいている。
(可愛いのに、もったいないなぁ)
そう思いながら、声をかけてみる。
「こんにちは。 柊さんだよね、よろしく」
話しかけると、柊さんはほんのりと顔を赤くする。そして、
「うん、よろしく……」
と控えめに返してくれた。
柊さん、昔はもっと明るい女の子だったと思う。
中学は一緒だったはずだ。 いつも雪と仲良くしてた女の子だからよく覚えてる。
だけど、なんか中三あたりからいきなり暗くなってしまった。原因は、なんか彼氏が行方不明になってしまったらしい。
俺には彼女とか居ないから、その大切さはよく分からないけど、あの明るい彼女がこんなになるんだから、よっぽど大切な存在なんだろう。
そんなことを思いながら、荷物を片付けて、椅子に座る。1番後ろの席のときより、梢さんが大きく見えた。これぞ、遠近法。
「よし、席替えおわったかな?」
梢さんが微笑みながら聞く。その返事は様々だ。
「隣がいやだー」とか、「ここ、黒板が見にくいー」とか、他いろいろ。
「黒板が見にくい」はともかく、隣は誰でもいいだろ。
別に隣のせいで頭が悪くないこともないだろうしさ。
柊さんの方をちらっとみると、柊さんも俺の方をみていた。少し微笑みながら。
だけど、それと目が合うと顔を赤くしてさっと目を逸らす。
(なんだよ、目が合えば逸らすとか)
そう思いながら、彼女よりも奥の窓の外をみる。見慣れた風景と離れてしまって少し惜しい気もした。
(あの車がまばらに通る道をぼぉーっと見つめるの好きだったんだけどなぁ)
まあ、仕方ない。
梢さんの方に視線を戻す。
梢さんは皆の好き勝手な意見に困っていた。
あわあわと苦笑しながら皆をみている。
「まぁまぁ、一ヶ月だから。 ね?」
「隣がいやだー」といった生徒はどうしても隣を変えろ、と粘っていた。
「嫌です、変えてください」
ずーっといっている。
梢さんも、ついに折れたのか、
「仕方ないなぁ。 じゃあ、あなたの隣は今日は休みの緋崎さんにしようか」
といった。そういうと、男子生徒は嬉しそうに了承した。
緋崎は、お得意の不幸体質でお休みらしい。風邪を引いたんだってさ、夏風邪は辛いよなぁ。
(というか、あの男子生徒は緋崎の横になりたかっただけじゃねーの?)
でも、緋崎を好きになったら、後で大変なことになるぞ。と俺は直感して思った。
そして、無事席替えは終了した。
「……はぁ」
席替えが終わると、退屈な授業が始まる。
俺は、盛大な溜息を吐いた。
(ほんと、めんどくさい)
なんで、授業なんて受けなければいけないのだろう。
いつも疑問に思うが、仕方ない。
意味もなく、退屈な授業を受けるのが義務なのだろう。その証拠に、周りは、真剣に授業を受けている。
柊さんも真剣だ。 クマのマスコットが付いたシャーペンを忙しなく動かしている。
クマのマスコットがついているから、みるからに使いにくそうだが、女ってのはそういうのが好きらしい。
周りの女は、大抵そんなシャーペンを使っている。
本当、意味がわからない。
だけど、いくら退屈だからって消しゴムを投げ合ってる男たちの方がもっと意味がわからない。
「赤崎さん、この問題分かりますか?」
その時、突然の声。
梢さんが俺に質問したらしい。俺は、咄嗟に問題をみた。
「わからねぇ」
呟く。 わかるわけないだろ、高校の勉強とか。
(最低中学レベルじゃねぇと、俺にはわからねぇよ。バカにしてんのか)
そんな気持ちも込めて、梢さんを睨みつけた。
「そうですか……では、柊さん」
梢さんは、俺の視線から逃げるように目を逸らすと、柊さんを当てた。
すると、柊さんはすらすらと答えを述べた。
(なんで、こんな問題が解けるんだよ)
柊さんの横顔をみる。真剣だ。
その下にいるにっこり笑顔のクマのマスコットが俺をあざ笑ってるみたいで、無性に腹が立った。
しかし、柊さんの横顔は、今まで通り綺麗だった。
しばらくして、退屈な時間も終わり、下校時間がやってくる。俺は、鞄を持って、多分誰よりも早く下駄箱に駆け込むと、靴を替えて外に出る。
そして、俺はスマートフォンを取り出した。勿論、ゲームをするためだ。
その時、後ろから声がした。
「赤崎くん…… 、一緒に帰ろ?」
それは、柊さんの声だった。
どうしたんだろう? 今まで、……俺の記憶がある限りでは一緒に帰ったことなんてなかったのに。
俺は、心の中では首をかしげながらも、振り返るとニコッと微笑み頷いた。
すると、柊さんも安心したようにニコッと微笑んだ。
柊さんが俺の横に駆けてくる。柊さんは、本当に美少女だと思う。でも、俺は知ってる。こいつが、俺以外の奴とは喋らない、と言うことを。
こいつは、いつも一人だ。一人で、いつも俯いて本を読んでいた。女子はもちろん、男子も話しかけない。教室で、一人ぼっちなのだ、柊さんは。
「どっか、寄ってく?」
俺がそう聞くと、柊さんは控えめに頷いた。
「……うん」
柊さんもオッケーしてくれたので、俺は近くの喫茶店にはいることにした。
これでも、オシャレな喫茶店を選んだつもり。
店の名前は『Almond』という。少し古めの看板に、白い文字で描かれていた。
「へぇ……お洒落なお店だね」
柊さんが微笑む。
店の中に入ってみると、ほのかな木の匂いが広がっていた。木製のテーブルとイス。この時代になって、まだ木製だからかなり珍しい喫茶店だ。
奥の方に、女の人らしい姿を見つけた。なにかの作業をしているのかもしれない。その手には白いノートが握られていた。
「あの……」
俺が話しかけようと声を出すと、直ぐに彼女は振り向いた。白いノートをささっと引き出しに片付けていた。
「あらっ、お客さま、ご注文ですか?」
そしてそう聞くと、俺らの方へ足早に歩いてくる。
「はい。 この店のオススメはなんですか」
俺が微笑みながらこう聞くと、あちらは、
「そーですね……ここは基本的にコーヒーなんですけど、あなたたちは高校生でしょ?」
と返してきた。
(え、なんで高校生って分かったんだ!?)
一瞬、俺は戸惑ったが、しばらくしてその理由に気づく。
丸菜学園の制服だ。丸菜学園は高校だからすぐにわかるのだ。男の俺の制服はともかく、女の制服はわかりやすい。
白が主の半袖のセーラー服で、リボンの色は青い。スカートは青くて、膝くらいの丈が基本だ。
ちなみに、男の制服は白いシャツに黒茶色のズボンとベルト。……どこにでもありそうだ。
本当は、男の制服は赤いネクタイをしているのだが、俺はつけていない。ネクタイつけたら、息が苦しくなるからだ。
昔、父さんにその話をしてみたら、
「お前は、キツくしめすぎてるんじゃないか?」
と笑われたことがある。
それがなんか悲しく、トラウマになったから、もうネクタイを着けるのはあれ以来やめている。
「はい……高校生です」
俺が昔を思い出しているうちに、柊さんが答えてくれた。
「やっぱり? でもなー、うちはあんまり高校生はこないからなー、どーしよっか」
Tシャツにズボンという簡単な格好をした相手は悩んでいるのか右手を顎に当てている。
(丸菜学園にわりと近いのに、なんで高校生が来ないのだろう?)
「あ、そういえば昔きてくれた子がメロンソーダのんでたなー。 それでいい?」
相手がきいてくる。
俺はなんでも良かったし、柊さんもいいみたいだから、
「それでお願いします」
と頷いた。
「了解! じゃあ、待っててね。 いれてくるから」
相手は、俺に「適当に席に座ってて」と笑顔でいうと、奥の方に入っていった。
とりあえず、俺と柊さんで席に座る。
そして、しばらく柊さんと話していたが、俺は不思議に思うことが一つあった。
ここ、客がいない。 周りには、沢山のテーブルがあるのに、客は俺たちだけだ。
なんでこんなに客が少ないのだろう。
丸菜学園から歩いて五分ほど。そんな近い喫茶店に高校生が来ないわけないのに。
それに、年配の人もいない。
常連しか来ないような喫茶店なのだろうか。
こんな店よりも、全国チェーン店ような有名な方が良かったかもしれない。ていうか、なんで俺はこんな店を選んだのだろう。
……メロンソーダ、美味しければいいのにな。
「ほい、お待ちどうさまー」
そういうと、さっきの女の人がメロンソーダが入ったコップを木製のテーブルの上においてくれた。
「ありがとうございます」
二人でお礼をいう。その後で、飲んでみる。
パチパチする感じにメロンの味。完全なメロンソーダだ。
柊さんの顔が楽しそうに微笑んでいた。
それを見ていたら、なんかこういうのっていいなーって思った。
「美味しい?」
微笑んでいる柊さんに聞いてみると、彼女は頷いた。
「うん、美味しい」
いままでの彼女にはなかなか見れない楽しそうな笑みだった。
しばらくして、メロンソーダも飲み終わり、お金を払って店を出ることにした。
そして、そのまま二人は別れて家に向かい、少し楽しい放課後は終わった。