所詮、ゲームだよな。
ーーピーンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「……?」
(誰だろう。 またあの教育実習生か?)
梢さんが来たのは一週間前の話。それからは、誰も訪ねてこなかった。
また、一週間分の宿題を届けに梢さんが来たのかもしれない。
誰なのかを確認するために、俺は自室のカーテンを少しだけ開けた。
薄暗い部屋に明かりが差し込む。夏の真昼間だから、かなり明るかった。
「あ、雪だ」
俺は呟いた。ドアの前に立っているあの少女は、雪だ。
雪だ、と分かったから警戒することもない。俺は、窓を開けると、ドアの前の雪に言った。
「おーい、鍵空いてるからはいれー」
と。
さっき母さんは、町の会合で出かけていった。鬱気味だから、会合に言ってくれた方が邪魔にならないからいい。
そして、その時に鍵をかけ忘れて行ったのを俺は知っている。知っていたが、めんどくさかったから閉めにいかなかった。
それに、わざわざこんなところまで泥棒しにくる奴はいないだろう。そう思っていたから。
「はぁー? なんであいてるのよ。 閉めてよ、バカ」
雪はそう俺に向かって言うと、家に入って行く。
それを確認すると、俺も窓を閉めた。そして、自分の部屋のドアの鍵を開けておく。
トントントン……。軽やかに階段を駆け上がる足音がする。と、思っていたら俺の部屋のドアがあいた。
「真人ー、元気にしてるー? 学校休んでたから、心配したじゃなーいっ」
雪が笑顔で部屋に入ってくる。全く遠慮せずに。
「元気、元気。 ちょっと学校が嫌になっただけだよ」
俺は、苦笑いしながら言った。
「なにがあったわけ?」
雪が無邪気に聞いてくる。
まさか、虐められた、なんて言われるなんて夢にも思っていないだろう。
俺も、そんなことはいいたくなかった。
だから、スマートフォンを見せながら言った。
「このゲームが勝てなくてさー、 ムシャクシャしちまった」
あはは、と笑う。
すると、雪は拍子抜けな顔をして言った。
「え、そんな理由? まぁ、いーや、ちょっと貸して」
雪がまた、素早く俺のスマートフォンを取り上げる。
そして、ゲームを起動させると、すぐにゲームを始めた。
無表情だから、かなり集中しているみたいだ。声をかけるわけにもいかず、沈黙した時間が続く。
でも、暫くして俺はあることに気づいた。
「おい、いま昼だろ、学校は?」
雪はまだ学校に行ってるはずだ。なんで俺の家なんかに居るんだろう。
「梢ちゃんに行けって言われたからー」
梢ちゃん?……って、梢 悠馬だよな。教育実習生の。どんだけ親しくなってんだよ、先生にちゃん付けとか。てか、教育実習生に言われたら俺の家来ていいのか?
「担任の許可は?」
担任の、女教師のメガネ面が脳裏に浮かぶ。
「もらってないよー」
脳裏に浮かんだ担任のメガネが、怒りでキラッと光った気がした。
「いや、だめだろ、戻れ」
「やだー。 てか、いまやってるんだから黙って」
雪が、こちらを見もせずに言う。
仕方なく、このゲームが終わったら口論してやることにした。
そして……五分後。
「終わったよー、 私、見事でしたっ!」
いきなり、雪が大声を出した。
「わっ! ビクったぁ……いきなり大声出すんじゃねーよ」
俺が嫌な顔をして見せると、雪が笑う。
「そんなのいーじゃんっ! さ、見てみてっ」
雪が、俺にスマートフォンを差し出す。
受け取って画面をみると、そこには「突破成功おめでとう」と表示されていた。
今まで俺が一時間かけても突破出来なかったものが、たった五分で終わってしまった。
なんか、雪を尊敬してしまった。
「すごいな、雪」
スマートフォンの画面をみながら、雪に言う。
画面から目を離し、雪の方に視線を移してみると、彼女は自慢気に微笑んでいた。
「でしょでしょー! えへへ」
雪は、とても嬉しそうだ。
それをみながら、俺は言った。
「そうだな これに勝てたんだし、明日からは学校行こうかな」
俺はニコッと笑う。
雪も、満面の笑みになる。
「やったぁ! じゃあ、明日楽しみにしてるねっ」
「おう」
なんか、雪にここまで言われるとなんか照れ臭くなって目を逸らした。
でも、雪はずっとニコニコしていた。
暫く雪と一緒に談笑していた。
ふと窓の外をみると、空がほんのり赤い。夕方が近い。
そろそろ、雪も帰らなきゃいけないだろう。
「雪、そろそろ帰れ」
俺が言うと、雪も「じゃー、そーするっ」と笑いながら、部屋を出ようと立ち上がった。
その時、少しふらついて俺の机にぶつかった。
「いてっ」
雪が小さな声で言う。
そして、ひらひらと写真が床に落ちてきた。
「ん?」
俺は、写真を拾う。
そこには、俺と少年が笑顔で写っていた。
この少年、誰だろう? みたことあるような、ないような。
雪に聞いてみよう、と雪の顔をみる。
その少年は、雪にそっくりだった。雪に兄とか居たっけ?
「おい、雪。 この人、誰かわかるか?」
俺が写真を差し出すと、雪はそれをみて言った。
「夜人じゃん。 なによそよそしい言い方してるわけ? 親友でしょ」
雪が笑顔のままで言った。
親友?嘘だろ?俺には親友なんていないし、夜人なんて人と一緒に居た覚えなんてなかった。
でも、雪が嘘をつくとは思えない。
なら……俺の記憶がなくなっているのか?