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森の幼女  作者: トクサン
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私と森



本来、生命の輝きに満ち満ちている筈の森は、不気味な程静かだった。

幻想的な光景を演出する木漏れ日は雲に遮られ、森を包む風すらも弱弱しく感じる。

多くの森の住民が住処へ籠りきっている中、その中心に居るのが私と老樹だ。

ジオは「報告」を済ますと直ぐに空の彼方へと飛び去ってしまった。聞けば住処の火山へ一度戻るらしい。

人間の足なら一週間掛かる道のりを、ジオ何度も往復してくれている。

私は老樹に寄り添い、その太い幹に手を添えた。


「…戦争になるの?」


老樹からの返事は無い。

唯そよ風が老樹の葉を鳴らし、返事をする代わりに安息の音を私にもたらす。

何時もは伸びてくる蔦も無く、しばし無言の時間を過ごした。

小鳥の囀りも、虫の鳴き声もなく、沈黙が苦になるのにそう時間は掛からない。


「私…私には、何もないの」」


沈黙を紛らわすように私は口にする。寄り添う様に座り込み、膝を抱える。

温もりを掻き抱こうとしても、体は酷く冷たかった。


「この森に生まれて、まだ数日。 ジオの事もこの森の事も良く知らない。」


老樹から返事が返ってくることは無い。

それでも私は独白の様に喋り続けた。


「でも、ここは好き」


言葉はやけにすんなり出た。

そして同時に、次々と言葉は浮かんで消える。深く座り込んだまま腕に顔を半分埋める。

腕に埋まった口からはくぐもった声が響いた。


「ここは私に優しいから。 私が居て良い場所だから。

 ジオの事も、森の事も…まだ全然知らないけど…。 私、自分の事も全然知らないし…だから」


言葉は溢れ、やがて詰まった。

湧き出した言葉は多すぎて、何を口にしたら良いのかが分からなかった。口数の少ない私らしくもない苦悩。

どれも抽象的、自分でも何を言って良いのか分からなくなる。


「それで…」


紡ぎだした言葉は続くことが無かった。うまく言葉を捻り出せない自分に唇を噛む。

私は自分で言う程この森を理解していないし、私が恐れているのは沈黙だ。結局はその場凌ぎにすぎない。

自分の心に聞いてみる。自分自身はどうしたいのか、どう思っているのか、どう感じるのか。

だが返事は無い。当然だ…


私には「何もない」。


白から後付された様に魂を得た私は、限りなく白に近い存在だ。知ってる癖に知らない。知っているけど出来ない。

知識を有していても使えなければ意味は無い。

感情と言う存在を身近に持っていた筈なのに、容易く流されてしまう危険を孕んだ存在。


けど、少なくとも。

この幻想的な風景で、森の住民が居て、老樹が居て、ジオが来る森が好きである事は確かだ。

いや、正しく言うのなら「好き」と言うのは違うかもしれない。

私は「居場所」が欲しいのだ。 真っ白な自分が肯定される居場所が。

拒絶されず、否定されず、私と言う存在を受け入れてくれる場所。それが森。

この胸に燻る感情は、焦り、恐怖、この場所を失う事への負の感情。

赤子同然で、生まれたばかりの私は知らぬ内に「故郷」を求めていた。


 

「私、森の為に戦う」



無意識にそう呟いた。

それは意図して口にしたものでは無く、自然と言葉が漏れた声。老樹は何も言わず、何もせず、唯私の言葉を聞いていた。

背中に老樹の強い鼓動を感じる。熱く、強い存在感と共に。

老樹に背を預けると、心の奥から安心出来る気がした。それは例えるなら、母に抱かれる赤子の様に。

そう感じると私は「ああ、森の子なのだな」といつも思う。

この安心感が、私に妙な説得力を持たせていた。「失いたく無い」…と。


例えそれが、不純で打算に満ちた動機であろうとも。


「…」


 唐突に、老樹は私に蔦を伸ばす。


地面に体を放り出す様にして座り込んでいた私の手に、その蔦はするりと入り込んできた。

何重にも絡みつき、まるで手を繋いでいる様。いや、きっとそういう事なのだろう。

私はそっと手に力を込めた。すると心地よい圧迫感が返ってくる。

右手に老樹を感じると、胸の内から自然と笑みが零れた。 ずきり、と胸が痛みを訴える。


「晴れたね」


空を仰げば、先程まで青空を覆っていた灰色の雲は消え去っている。

老樹の覆う葉の向こうから、心地よい日光が私に降り注ぐ。木漏れ日は森を明るく照らした。


「私…頑張るよ?」


そう言って老樹に背を預けたまま見上げる、私の手を握る蔦が一層強く私の手を圧迫した。

老樹は事も無げに葉を揺らし続けている。


私にはそれが、少しだけ「穏やかな拒絶」に見えた。


「修練…してくるね」


立ち上がり、老樹を背にそう伝える。

耳に届くは沈黙だけ、普段気にも留めない木々の騒めきがやけに大きく聞こえる。

老樹は何も言わず、静かに私の手から蔦を引いた。

手から力なく抜けた蔦の感触を嚙み締めながら、私は逃げる様にその場を去った。



森の中心から離れ、ぽっかりと穴が開いた様に開けた場所。もっぱらジオとの修練場へと化しているこの場所へ私はやってきた。

修練場へ踏み入ると木々が遮ってくれていた日光が降り注ぎ思わず目を細める。

地面を見渡すとジオとの戦闘跡が未だに残っていた。彼方此方の地面が抉れている。


「…」


無言で手を翳し、地面に意志を伝える。

すると抉れた土は何事も無かったかの様に独りでに元の形へと戻っていった。

ジオとの修練である程度私は自分の能力を扱えるようになっている。それ故に戦争参加を名乗り出たのだが…


「結局、返事…貰えなかった」


項垂れる様にその場へと座り込んだ。

芝生が音を立て、上体を倒し横になると柔らかい草のベットが身を包む。

老樹は黙していた。意志疎通らしい行為と言えば、私の手を握ったことくらいだ。

戦うな…という事なのだろうか?

たとしても、老樹から決定的な否定の言葉を受けた訳ではない。結局は、宙ぶらりんの状態なのだ。


「だって私…」


森の子だもの。 と言う言葉を飲み込む。

戦いの理由を義務化する事は簡単だ。私自身、「森の子」と言う森を守護する立場に居る。

嫌でも森を守護しなければならない立場にある筈だ。でも、義務で戦いに臨むのは違う気がする。

なにより老樹はそれを危惧しているのかもしれない。


「…分かんない」


弱音を吐きながら芝生の上で丸くなる。

私自身の事すら分からないのに、他人の事など分かるわけがない。

私はこの自分の居場所を失いたくない、けど必ずしもそれは「好き」と直結しない。

森の子、それが私。でも森の子じゃない私も居る訳で…そんな私は記憶と共に消えてしまった。


「分かんないよ…」


体を掻き抱いて、震える。

寒くなどない筈なのに、どうしようも無く震える。

言葉に出来ないのがもどかしく、自分を表現できない事が悔しく、自分を知らないことが悲しい。

答えを求めて足掻く。他人に回答を求める事は幼子のする事だろうか?

だとすれば私はどうなのだろうか。生まれて数日の私は前世で一生掛けて学んだ知識を持つ。

けど記憶は無く、私が知っている事はどこか他人に無理やり押し付けられた知識の様に感じた。

知っているのに知らない。やった筈なのにやってない。「これ」は私の筈なのに「私」だと思えない。

処理しきれない感情が胸をのた打ち回る。いっその事、狂ったように喚けばこの胸の靄は消えるのだろうか。

でもそれは違う、間違っていると私の知識が指摘する。

私は私である。しかし、見知らぬ私の知恵も又私である。その単純でありそうで複雑な感情が私を掻き乱していた。


結局私は夜まで動かず、修練はひっそりと深夜に行われた。





「大丈夫か、森の子よ」


「…え?」


深夜の修練から翌日、うとうとしていた私はジオの真っ赤な瞳が間近にあることに驚いた。


「な、なに?」


寸での所で悲鳴を押し殺す。ジオは心配そうにこちらを覗き込んだまま唸った。


「いや、随分と眠そうにしていたのでな…寝不足か?」


「ええ…そんな所」


「ふむ…少し修練の内容が厳しすぎだろうか?」


ジオは考え込む様に目を閉じた。


今日私は、ジオが朝一で森に降り立つ音で起こされた。

修練のあとそのまま寝てしまった様で、微妙に湿った肌が不快でそのまま湖で身を清める。

相も変わらず老樹は沈黙を貫いていたが、ジオが来ると仮面を被ったようにいつも通りに振舞った。

そして話はラジャン進軍の件へと進んで行ったのだが、どうやら私は途中で睡魔に敗北してしまったらしい。

呆けた口から少しだけ顔を出していた涎を拭う。我ながら恥ずかしい。

見られていたであろう醜態を気にして、ジオを見てやると考えを纏めたジオはふと老樹を見た。


「老樹よ、此度こたびの戦…主は森の子を戦陣に含める気でいるか?」


私の体がびくんと跳ねた。それは正に私が老樹に聞きたくて止まなかった事。

ジオは「その返答次第で修練の密度が変わってくるのだが…」と続けた。老樹は風に葉を揺らしている。蔦は動かない。

恐らく私の聞こえない2人だけの会話をしているのだろう。ジオも動かずに老樹に視線を固定していた。

どれくらいの時間が経っただろうか。五月蠅い位鼓動を鳴らす心臓を鬱陶しく思い始めた時、ジオが大きく溜息を吐いた。


「主とは長い付き合いだ…ある程度把握しているつもりだったが…。

 なんとまぁ主らしい。 姿形は変わっても、中身までは変わっておらんか」


そう言うと視線を私に寄越した。きっと私の緊張は見え見えだろう。

私の目は暗に「なんて言ったの?」と問いかけていたが、ふいっと外されたジオの視線がそれに答える事は無かった。

 

「兎も角、ラジャンはすぐ近くにまで迫っておる。

 ある程度は能力を自由に扱える様、修練は行うからな」


そう言い、老樹に背を向けて森を去って行った。

私は追いかけるかどうか一瞬迷ったが、意を決してジオの後を追う事にした。

ふと振り返れば、老樹から木の葉が降り注いでいる。それが老樹の悲しみを体現しているようで、私は足を速めた。




「ジオ!」


歩くたびに地震を起こすジオにやっとの思いで追いつく。途中風に助力を求め文字通り疾走した。

それ程までにジオの歩幅は広く、そして早い。


「森の子か」


ゆっくりとした動作で振り向くジオ。途中尻尾が樹を薙ぎ倒さぬ様注意する姿が実にジオらしい。

走る事で少しだけ乱れた呼吸を正し、ジオの瞳をじっと見つめた。


「ジオ、私…」


「戦の事だな?」


言葉の先を言い当てられ、一も無く頷く。

そんな私を見てジオは長い首をそっと沈め、私の顔と同じ高さまで自分の視点を下げた。

まるで宝石の様に赤い眼光が私を写す。この瞳で見つめられているのだと思うと、何故だか背筋に嫌な汗が流れた。


「主は…戦いたいのか?」


そう問われ、私は首を振った。


「違う、守りたいの」


答えを聞いた途端、ジオは大きく翼を羽ばたかせた。

いきなりの突風に思わず硬直し、裾が大きくなびいた。恐る恐るジオを見る。

気のせいだろうか…そこから覗く真紅の瞳はどこか悲しそうな光を宿していた。


「守りたい…か」


そう呟くジオ。翼は何度も羽ばたき既に大空へ飛び立とうとしている。

風が徐々に強くなり、目を開けていられなくなる。待ったを掛けようとした私を、ジオの言葉が遮った。


「主らは、似た者同士なのやもしれんな…。

 いや…実際そうなのだろう、元はと言えば彼奴もまた…」


言葉は最後まで聞こえない。

体を押し出さんとする風圧に耐えながら、私はジオの去り際の一言を聞いた。




「森の子よ、主は戦いには向かん」




大きく羽ばたいて行くジオを見上げ、私の耳には最後の言葉がいつまでもこびり付いていた。




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